2018年01月18日00時06分掲載
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映画「ドリーム」 二重の壁を実力で超えた女性たち 木村 結
1960年代は米国とソビエト連邦にとって戦いの時代だった。1962年キューバ危機、1963年米英ソ部分的核実験停止条約に調印、1964年ケネディ暗殺、1965年米国北ベトナム爆撃開始、1966年中国文化大革命、1967年第三次中東戦争。
米国とソ連の超大国の主権争いの時代。それは、この2大国間の宇宙の覇権争いでもあった。ソ連が、1957年10月4日人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、立て続けに同年11月には犬を乗せた2号を、そして翌年5月には3号を打ち上げた。米国始め世界にスプートニク・ショックが広がった。バンガード計画が失敗続きだった米国のショックは大きく、スプートニク1号成功からわずか2日で、スプートニクの軌道の計算が開始され、新世代の技術者を養成するため、国家防衛教育法など様々な教育計画が開始された。この中でもっとも注目すべきは初等教育における算数教育を根本から改革し集合論や十進法以外の位取りなど抽象的な数学的構造を早い年齢から導入したことである。米国は1958年には航空宇宙局(NASA)を設置し宇宙開発競争に突入して行き、1969年のアポロ11号の月面着陸の成功で米ソの宇宙競争は幕を閉じる。
ソ連との宇宙覇権戦争に勝つため、初等教育の現場に人種を超えた数学の英才教育を持ち込んだことでこの映画の主人公の黒人女性たちの活躍の舞台が整うのである。
<あらすじ>
1961年、アメリカはジム・クロウ法など人種隔離政策が色濃く残り、公民権運動が盛んな時代。NASAラングレー研究所の西計算室は黒人だけが集められ、そこに勤務する3人の女性たちが主人公。
キャサリンは、幼い頃から数学の才能を見出され、周囲の献金で大学も卒業し、ハリソン率いる宇宙特別本部に配属されるものの計算のチェックをするにも国家機密を扱う部署の書類は黒塗り。自分がどのような構造の計算をしているのかも不明。ドロシーは、黒人の計算室のリーダー格ではあるものの、黒人の管理職は置かないと冷たく昇格を拒まれる。そしてキャシーは、希望の技術部に配属されるも技術者になるには、白人高校の技術者養成プログラムを取得しなければならない。3人の主人公にはそれぞれに大きな壁が立ち塞がっている。
キャサリンの部署の建物には白人専用のトイレしかなく、彼女は40分もかけて遠く離れた有色人種用のトイレに書類を持ったまま駆け込まざるを得ない。彼女の長時間の離席を咎めた上司ハリソンに彼女は遠いトイレに行かざるを得ない状況を訴える。ようやく気がついたハリソンは、白人専用のトイレの看板を外し「NASAの職員の小便は同じ色だ」と怒鳴り、職場のカラード専用と書かれたコーヒーポットも撤去します。
キャサリンは、計算のチェックだけでなく次々と機転を利かせて失敗続きだったNASAが直面する問題を解決していくが、決定の会議に出られない。出ることができればその場で問題を解決できると信じるキャサリンは、「会議に参加させてください」と申し出るが、ハリソンは「女性が会議に参加した例はない」と。キャサリンはくじけず「男性が地球の周りを飛んだ例もないわ」そして、発言しないことを条件に出席を許されるも、その場で回収ロケットの着水地点を割り出し、宇宙飛行士の信頼まで勝ち取ります。ソ連に遅れをとっていた米国が初の地球周回軌道飛行の発車間際、コンピュータの計算と人の計算に誤差があると知った時、飛行士のグレンは「あの女の子に計算させて」と。特別本部に残ることができずに計算室に戻っていたキャサリンが計算し直し、発射司令室の扉は彼女に開かれます。一度閉められた扉がハリソンによって開けられ、入館証を渡されるシーンは感動的です。
ドロシーは、NASAに運び込まれたIBMのコンピュータを見て、計算チームの仕事を奪われると直感し、白人専用の図書館に堂々と入り、追い出されはするもののコンピュータの専門書を盗み出します。白人の担当者たちが接続すらできずにお手上げ状態だったコンピュータを動かすことに成功すると同時に、計算室の女性たちに使い方も伝授し、自らは管理職を、そして黒人女性たちにはコンピュータ室の仕事を確保するのです。
キャシーは、白人専用高校の技術者養成講座を受けさせて欲しいと裁判所に申請を出し、「前例がない」と却下しようとする判事に、判事が道を切り開いてきた数々の功績を挙げ連ねて「今日の審理の中で、歴史に残る判例になるものがあるとしたら、私の事案だ」と迫り判事の頑なな心を溶かします。更に白人とは闘うべきだと主張していた夫はキャシーの闘いではなく共存を模索する彼女のサポートをするようになるのです。
<黒人差別を描く映画>
これまで、多くの黒人差別を告発する映画が作られ、日本でも話題になった映画はたくさんありますが、その中からいくつか印象的な映画を。
「アミスタッド」は、19世紀半ばの貿易船「アミスタッド号」のキューバ沖での遭難に端を発した事件を扱う。アフリカで捕らえられた勇者シンケは、船の遭難を機に乗組員を殺害するも捕らえられ米国で裁判にかけられる。それに遡る1808年に連邦議会はそれ以降の奴隷の輸入を禁止。新しい奴隷は合衆国にいる奴隷の子孫のみとされ、他国からの輸入も禁じられていた。船の所有者であるスペイン女王が奴隷の所有を主張する中、元米国大統領ジョン・クインシー・アダムスは弁護士として彼ら39名の自由を勝ち取る。スペイン大使が発した言葉「法廷を統治できずに国家の統治を?」に米国大統領は「司法の独立が自由を保証するのです」安倍氏に聴かせたい言葉でもある。
「ミシシッピー・バーニング」は1964年、フィラデルフィアで黒人1人白人2人の公民権活動家が行方不明となった事件。調査するFBIの捜査官は地元の保安官やKKKの妨害を受ける中、事件を解決し、人種差別主義者を追い詰めて行く。警官の「親父の本当の敵は(黒人ではなく)貧乏だった」の言葉が印象的だった。
黒人の人権や自由を白人たちが闘い取る時代から、黒人自身が団結して行く象徴として描かれるのが「グローリー/明日への行進」これは、キング牧師が中心となって進めた1965年のアラバマ州セルマからモンゴメリーへの行進を題材としている。州兵による暴力を報道するテレビ局。当時急速に普及したテレビの前に民衆は釘付けになる。「1800万人が見ているんだ」興奮して語る記者たち。テレビを観た人々は駆けつけ2度目の非暴力の行進は成功する。団結し独自の運動を創り出して行く黒人たちを白人は応援するようになって行く。
本題からは逸れるが、この映画では、当時のジョンソン大統領もアラバマ州知事同様迫害主義者として描かれているが、事実は公民権法制定の積極的な推進者であり、真逆に描かれた映画に批判が殺到した。
「ヘルプ」は、1960年代前半、白人家庭の家政婦として働く黒人女性たちを描いた作品。彼女たちは自分の子を親などに預けて差別の中で働くが、自らも黒人家政婦に育てられたライター志望のスキーターによって白人からの差別が暴かれて行く。新聞記事を書くスキーターに体験を話すことで自らの仕事も失いかねない状況の中、子どもの進学費用を借りることができなかった家政婦が窃盗で逮捕されたことをきっかけに勇気ある告発が始まる。ここでは、美味しい料理を作り、家を清潔に整え、そして育児放棄をする親に代わって子どもたちをポジティブに育てる黒人女性たちの自信に溢れた姿が描かれている。この流れが、実力で道を開いて行く「ドリーム」の黒人女性の姿に繋がる。
<会話集>
映画をみる楽しみにウイットに富んだ会話がある。いつも映画館で覚えたつもりでも後で書くとどこかが違う。今回は、モロッコに行く飛行機の中で観ることができ、原稿を書くためにもう一度観たので、何とか書き出すことができた。もちろん翻訳なので翻訳者の力量が大きい。彼女らが頭の回転が早い女性であることを示す素敵な会話をいくつか。
キャサリン、彼女に好意を示す軍人が「女がNASA?」と訝ると「私は女だから雇われているわけではないの。眼鏡をかけているからよ」
ドロシーは自らの管理職への希望を拒否する白人女性が「私は偏見を持っているわけではないのよ」と言うとすかさず「知ってます。あなたがそう思い込んでいるのは」と返します。
キャシーは職場で「君が白人男性なら、エンジニア志望かね?」と聴かれ「別に。(白人男性なら)もうエンジニアですから」とシレッと答える。
初登校の日、遅刻して教室に入ったキャシーは、「非白人の席はないようだから好きな処に座るわ」と、最前列の真ん中に悠然と座る。キャシーは「私たちが成功しそうになる度に壁ができる」とも。キャシーは最も血気盛んで口数の多い女性として描かれているため、機微に富んだ会話がふんだんに出てくる。
黒人女性3人が乗って登場するピックアップトラックはティファニーブルー。ティファニーは安価な銀なども扱い庶民をもターゲットにした宝石店。「ティファニーで朝食を」でもオードリー・ヘップバーンが10ドルで買い物をするシーンも。黒人の収入でも買えるティファニーの美しいブランドカラーのブルーを使う粋な演出を最後に伝えたい。
木村 結
(季刊「現代の理論」からの転載です)
※映画ドリームのtrailer
https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=Go1PPh1iT74
■福島原発事故刑事裁判の争点は何か?
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