2018年02月12日20時42分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(257)朝日歌壇(2017年1〜12月)から原子力詠を読む(1)「長女去り長男されど老二人春の畑打つ再稼働の町」 山崎芳彦

 今回から朝日新聞に掲載されている「朝日歌壇」の2017年1月〜12月の入選作品から原子力詠を読む。この連載ではこれまで一年分を一巻に収録した『朝日歌壇』(朝日新聞出版、4月刊)で読んでいたが、今回は筆者のスクラップした綴りから読むことにした。毎回欠かさず同欄を切り抜きしたので、それによることにした。朝日歌壇の選者は佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏、馬場あき子の4氏で、これまでと変わらず、毎回一人10首の入選歌を選んでいるが、複数の選者の共選歌もある。膨大な投稿歌から選者が毎回10首ずつの入選歌を選ぶのだから容易ではないだろう。同歌壇に対する評価、毀誉褒貶はさまざまだが、筆者は選者各氏の個性と目配りの利いた選歌を魅力と思っている。これまで、同歌壇の作品の中から、多くの原子力詠を読ませていただいたことに感謝している。 
 
 2017年にも、心惹かれた作品が少なくなかった。原子力詠として読んだ作品のみを抄出させていただくので、同じ人の作品が目立つことにもなるが、たゆむことなく原子力にかかわるテーマで詠い続けることに、深く共感している。原子力詠以外の作品を抄出できないが、強く共感を持つ多くの歌がある。 
 
 「霜柱踏んで歩めば戦争が後から追つてきさうな音す」(朝日歌壇2017年1月16日入選歌、大和郡山市・宮本陶生 馬場あき子選)という作品がある。秘密保護法、安保法制(戦争法)、「共謀罪」法などの違憲立法を強行し、憲法9条への「自衛隊」の書き込みや「緊急事態条項」の付加案などによる憲法改悪の企み…さらに教育への介入(道徳教育)、軍事費の増強など安倍政権下で進んでいる恐るべき政治を背景にしての危機感溢れる1首だと読んだ。「大学の基礎研究費は削られて着膨れていく防衛予算」(同、三郷市・木村義煕 永田和宏選)、「背に腹はかへられぬと飛び付くな増えゆく大学の軍事研究費」(2017年2月12日、長野県・小林正人 永田選)、「民心も海も引き裂き沈めらるる二百個をこす巨大ブロック」(2017年3月6日、嘉麻市・野見山弘子 永田選)、「園児らが教育勅語を諳(そら)んずる戦前ですらなかりし異常」(2017年3月27日、名古屋市・諏訪兼位 高野公彦選)などの、時代を映す多くの歌が編まれている。 
 
 今月(2月)4日付の朝日歌壇・俳壇のページに、「うたをよむ 時代の危機を映し出す」と題して、歌人の藤原龍一郎氏が次の文章を書いている。全文を転載させていただく。 
 
     …………………………………… 
 
 民主主義の危機と戦争の不安が日に日に色濃くなっている。こんな危うい時代に生きることになるとは、何年か前までは、思いもよらなかった。短歌にもこの時代の不穏さは映し出されている。 
 
デネブ・ベガ・アルタイル在(ま)す藍の夜にかつて 
三権分立あり             佐藤弓生 
 
 この歌は短歌専門誌「現代短歌」二〇一七年八月号の特集「テロ等準備罪を詠む」に寄稿された一首。白鳥座、琴座、鷲座の一等星の並列が、下句の三権分立を呼び起こし、「ありき」なる過去形の結句の痛恨の思いが胸に迫る。 
 
日本死せりさあれ夏鳥(なつどり)よみがへれ青人草 
(あをひとくさ)の繁き叫びに      水原紫苑 
 
 歌集『えぴすとれ!』のこの一首にも「二〇一七年六月十五日/共謀罪法案超強行採決」なる詞書が付いている。一六年の新語・流行語大賞にも選ばれた「保育園落ちた日本死ね」というブログの悲痛な言葉を受けての「日本死せり」という第一句。そこから想起される日本の現状を「死せり」と言いおおせている。 
 政治、経済、人倫の荒廃。まさに「日本死せり」と言うしかいうべき言葉はない。「青人草」とは民衆の意。その繁き叫びとは理不尽な横暴・愚行・欺瞞を繰り返す権力者への怒りであろうか。 
 春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかね差す召集令状   塚本邦雄 
 昭和前期、国家の全体主義は肥大し、国民は同調圧力にがんじがらめにされ、戦争へまっしぐらに進んで行った。 
 気がつけば、ある朝召集令状が届けられる、それが現実になりっこないとは、もはや誰にも断言できない。 
 
    ………………………………………… 
 
 まことに藤原氏の歌人としての以上の文章には、詠う者の一人である筆者として、また、つたないけれど、この連載をしている者として背中を打たれる思いがする。 
 
 原子力詠を読むうえでも、時代の危機をしっかりと見据えていくことが必要であると思っている。そのつもりで、朝日歌壇の原子力にかかわる作品を読んでいく。 
 
  *2017年1月 
被爆直後写真の秋の診療所小菊が飾られひとは暮らし居り 
          (長崎市・竹井留美子 佐佐木幸綱選) 
 
福島のひとつひとつをていねいに旅して歩く人として当り前 
           (函館市・武田 悟 佐佐木選) 
 
これよりは線量高き町ゆえに車窓閉めよと警告さるる 
           (いわき市・馬目弘平 佐佐木選) 
 
三千億かけて廃炉にするためにもんじゅと人の哀れなること 
           (茨木市・三田村弘 佐佐木選) 
 
武器を売り原発を売り初詣彼らは何を願うのだろう 
           (函館市・武田 悟 佐佐木選) 
 
きれいだと眺めるものか電飾の原爆ドーム青く煌(きら)めく 
           (広島市・上原敏舟 永田和宏選) 
 
  *2017年2月 
二万年前のラスコー壁画見て核の処分の十万年想う 
           (三鷹市・大谷トミ子 高野公彦選) 
 
イシガレイやっと解禁六年目のいわきの海に春の匂いす 
           (福島市・美原凍子 馬場あき子選) 
 
六年目原乳出荷許されし牛飼いの目の奥にある奥 
           (福島市・美原凍子 佐佐木選) 
 
天気予報の後に線量測定値流れています六年目の今日も 
           (福島市・美原凍子 高野選) 
 
教え子の賀状に二行太き字で「除染の現場でがんばっております」 
           (仙台市・土生博子 佐佐木選) 
 
近づけば一分足らずに死亡とうデブリを抱く〈ふくしまの鬱〉 
           (下野市・若島安子 馬場選) 
 
フクシマの被災地は帰還せまられる果てしなき廃炉と同居をせよと 
           (東京都・松崎哲夫 馬場選) 
 
  *2017年3月 
二、三日のつもりが六年過ぎてなほ原発避難はさらに五年と 
           (国立市・半杭螢子 佐佐木選) 
 
「六五〇シーベルトのデブリ」とふ紙面静かにめくる雪の朝なり 
           (福島市・美原凍子 馬場選) 
 
妻どこに!娘どこに!七歳の孫と迎える七年目の春 
           (福島市・加藤哲章 佐佐木選) 
 
国立の青澄みとほる空見れば唯に恋しき福島の家 
           (国立市・半杭螢子 佐佐木選) 
 
古稀超ゆる平和アパート壊すとぞ峠三吉住まひし部屋も 
           (静岡市・安藤勝志 佐佐木選) 
 
馴染めない女将の訛り聞きながら廃炉作業の後の酒盛り 
           (安芸高田市・菊山正史 佐佐木選) 
 
二号機のそばで働くこはからむ一分弱で死に到るそばで 
           (北九州市・嶋津裕子 高野選) 
 
独り身の仮設暮らしの年寄りを原発孤老と誰が呼びしか 
           (福島市・加藤哲章 高野選) 
 
あてどなき、よるべなき、また後のなき、「なき」を生きゆく身にふる霙(みぞれ) 
           (福島市・美原凍子 高野選) 
 
「来世はこの地に生まれてくるなよ」と被曝牛舎に老婆の声が 
           (いわき市・鈴木愛子 永田選) 
 
「みちのくの真野の草原(かやはら)」線量計立ちて春めく光浴びをり 
           (三鷹市・増田テルヨ 永田選) 
 
原子炉にとじこめられてロボットは前進ならず後退できず 
           (摂津市・内山豊子 永田選) 
 
幾つものさよならにふる三月の雪はほろほろひらがなでふる 
           (福島市・美原凍子 永田選) 
 
  *2017年4月 
東電の賠償金の空しかりそれから払ふ電気料金は 
           (国立市・半杭螢子 高野選) 
 
暗闇の大熊町に光れるは東電寮のみ 六年を経て 
           (長岡京市・田原モト子 高野選) 
 
冷却水注げは汚染水となる閉じ込め破綻した炉が三つ 
           (郡山市・柴崎 茂 永田選) 
 
戦車型ヘビ型クモ型サソリ型ワカサギ釣り型がんばれ廃炉ロボ 
           (名古屋市・福田万里子 永田選) 
 
被災後の牛の悲惨な死を越えて蛭田牧場原乳出荷す 
           (福島市・櫻井隆繁 馬場選) 
 
コウナゴを六年ぶりに運び上げ請戸(うけど)の髯(ひげ)の漁師破顔す 
           (福島市・青木崇郎 佐佐木選) 
 
九日ゆ身にひそむ死を最後なる被爆者として死ぬるを欲りき 
           (埼玉県・酒井忠正 佐佐木選) 
 
蕗(ふき)の薹(とう)は故里の畑に芽の出(い)でず土の除染に根を奪はれて 
           (平塚市・三井せつ子 高野選) 
 
さくらさくら待つるさとへ帰る人、帰れない人、帰らない人 
           (福島市・美原凍子 高野選) 
 
親分が核を持つから被爆国なれどもそれを禁止せぬとう 
           (三原市・岡田独甫 高野選) 
 
核禁止に反対もせず病んでいる国を哀しむ白き折り鶴 
           (石川県・瀧上祐幸 馬場選) 
 
長女去り長男去れど老二人春の畑打つ再稼働の町 
           (薩摩川内市・川野雄一 馬場選) 
 
きらきらと雪どけ水の流れ来て行く先はあの原発の海 
           (福島市・加藤哲章 馬場選) 
 
春を呼ぶ吾妻に映える雪うさぎ人無き里に桜綻ぶ 
           (福島市・安藤勝夫 馬場選) 
 
 次回も「朝日歌壇」から原子力詠を読む。      (つづく) 


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