2018年02月13日00時12分掲載  無料記事
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中国

強国化する中国は脅威なのか 米中二元論から卒業したい

岡田充『海峡両岸論 第87号』http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_89.html 
 
 中国脅威論が再燃している。米政治学者は今年のリスク第1位に「権力の空白を好む中国」を挙げ、米国防総省は中国を米覇権に挑戦する「最大の脅威」と言い放った。日本の大手メディアでも「中国経済への過度の依存」に警鐘を鳴らす「経済脅威論」が目立っている。シルクロード経済圏構想「一帯一路」で、経済権益を地球規模に拡大し米国を急追する中国の強国化には確かにリアリティがある。冷戦終結から約30年、中国の破局を予測する崩壊論は「崩壊」したが、強国化する中国への新「脅威論」をどう読むべきか。 
 
<世界経済への寄与率34%> 
 中国経済が好調だ。中国国家統計局によると、2017年の国内総生産(GDP)は前年比6・9%増と7年ぶりに前年を上回った。国内消費や輸出が寄与したほか、昨秋の共産党大会に向けた景気対策も効果的だった。 
 消費動向を示す小売売上高は前年比10・2%増加し、インターネット上の売り上げが32・2%も急増したのが目立つ。「ビッグデータ」や電気自動車(EV)への先端技術投資、電子商取引大手のアリババグループなどITベンチャー企業の急速な拡大の反映でもある。 
 中国経済は、世界の景気動向を即左右する時代に入った。国際通貨基金(IMF)〔注1〕と世界銀行の推計では、2013年から16年までの四年間の中国GDPの世界経済への寄与率は平均31.6%と、米国と欧州、日本の寄与率の合計を上回って世界1位。17年の寄与率は34.6%に上る。 
 
<権力空白への危機感> 
 そんな中、マティス米国防長官は1月19日「国家防衛戦略」を発表した。中国を米国の覇権に挑戦する最大の脅威とみなし、従来の「対テロ」戦略を転換し中国とロシアとの長期的な「戦略的競争」に備える方針を打ち出した。 
 これに対し在米中国大使館報道官は「『冷戦思考』や『ゼロサム』ゲームで頭が一杯になっている人間には、世界が競争や対立に満ちたものにみえる」(19日 新華社電)と、国防戦略を「冷戦思考」と批判した。 
 政治学者のイアン・ブレマーもこれに先立つ1月2日「18年の世界は地政学的に過去20年で最も危険」と指摘し、今年の「世界10大リスク」の第一位に中国を挙げた。ブレマーはその理由として「権力の空白を好む中国」を指摘した。 
 トランプ政権は続いて2月2日、今後5〜10年の核戦略の指針となる「核態勢見直し(NPR)」を公表した。ロシアや中国に加え「北朝鮮やイランの核保有の野心や、核を使ったテロは継続的な脅威」として、新型の小型核兵器と核巡航ミサイルを導入する方針を明らかにした。 
 これに対し中国国防省の任国強報道官〔注2〕は2月4日、「中国の核能力の脅威を誇張したもので、断固として反対」との談話を発表し、中国は核兵器の「先制不使用」政策をとっているなどと強調した上で、「中国は一貫して極めて抑制的な態度をとってきた」と反論。米国に対して「自身の核軍縮の責任を適切に引き受け、中国側の戦略意図を正確に理解することを望む」と主張した。 
 三つに共通する対中認識は、米国の影響力後退によって生まれた「権力の空白」への危機感である。なんとなく1980年代のレーガン政権時代の「軍拡論」を思わせる認識である。脅威の相手は、ソ連から中国に替わったにしても、伝統的な脅威論のひな形を見るようだ。これをみて「米中新冷戦」の再来とみる識者もいるが、冷戦時代とは様相を異にする。 
 
<「ポスト冷戦後」の脅威論> 
 中国脅威論は今始まったわけではない。まず第一期は1989年の「冷戦後」に始まる。西側世界は、ソ連の消滅で敵を失った。そこでソ連に代わり90年代から台頭する中国を新たな「敵」とする脅威論が出た。1996年の「台湾海峡危機」の米中対峙は、脅威イメージを加速させた。日本では、天安門での武力鎮圧とも重なり「弱い者いじめ」のイメージが増幅された。 
 しかし当時は、米一極支配が揺らいだわけではない。「出る杭」を打つ性格が強かった。2001年の「9・11」発生で、ブッシュ政権は「対テロ戦争」を優先し、江沢民政権もこれに協力し日本はともかく欧米では、中国脅威論は影を潜めた。 
 そして第二期。2008年(リーマンショック)からの「ポスト冷戦後」の脅威論である。特に、トランプ政権誕生で米国がTPPや温暖化対策の「パリ協定」から離脱して内向きに転じると、中国がその隙間をぬって自由貿易や国際協調の旗を振り始めた。政治も経済も米国一国では決められない時代になった。冷戦後の「一極支配」は音をたてながら崩れている。 
 一方中国は「一帯一路」構想で、経済活動を国内市場から地球規模に拡大し、党大会では今世紀半ばに中国を「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする目標を掲げた。 
 脅威論の最大の原因は「大国のパワーシフト」(大国間の重心移動)にある。新旧秩序が入れ替わる時には、旧秩序を維持するために新秩序を叩こうとする力が働くのは避けられない。ある種の「通過儀礼」である。 
 
<日米中の経済力変化> 
 新たな脅威論は、米一極支配の後退に伴う「力の空白」への危機感の表れだ。しかし中国が空白を埋めようとしても、誰も止めることはできない。 
 新脅威論のもうひとつの特徴は、中国の一人勝ちを警戒する「経済脅威論」。1980年代、米国は「沈まぬ太陽」と言われた日本を脅威とみなしバッシングした。それと似ている。 
 この20年、日米中三国の経済力はどう変化したか、国内総生産(GDP)シェアの推移から概観しよう。折れ線グラフを見れば一目瞭然。日本のGDPは1994年には世界のGDPの18%を占めたが、今や5・6%にまで低下。一方の中国は、同時期の3%台から2015年には15%と完全に日本を逆転した。一方、84年に35%台だった米国のシェアは24%に低下した。中国経済の実力を裏付けるデータである。 
 それを踏まえた上で、経済脅威論の具体例を挙げたい。日本経済新聞(電子版)は1月6日、米国依存だったアジアの経済構造が変化し、30年ごろにはアジア経済の「中国化」が加速するという分析記事を掲載した。 
 記事は「中国の東南アジアや日本への経済波及効果は(30年に)15年の1.8倍になり、米国より4割も大きくなる」という専門家の試算を引用し、アジア経済の中国化が加速するとみる。的確な分析だと思う。 
 
<「中国傾斜で民主化停滞」> 
 しかし「中国化」がいったい、アジアに何をもたらすかに関する記述はいただけない。記事はミャンマーのロヒンギャ難民問題を挙げ、「中国はこの問題への対応を巡りミャンマー側に寛容な姿勢を示し、ミャンマーも中国への傾斜が鮮明」と書く。中国外交の基調は「内政不干渉」だから一理ある記述だが、中国傾斜したからアウンサンスー・チーがロヒンギャ問題に冷淡なわけではない。これは論理のすり替えである。 
 さらにあきれるのは次の下り。「強い中国の求心力が強まる一方で、米国の民主主義を促す力が低下する恐れが強い」とし、「アジアの市場経済化や民主化の流れが滞る懸念」を結論として導き出した。「かつては米国の突出した経済力がアジアの民主化を促す原動力だった」と見るのは極めつきの陳腐。 
 経済発展と民主化の関係は、実に興味深いテーマだ。米同盟国で独裁下にあった韓国、台湾、フィリピンは80年代に次々と民主化した。その背景は、経済発展が中産階級を産みだし、それが民主化を要求する内在要因になった。 
 同時に、米中和解(72年)とベトナム戦争の終結、中国の改革開放政策への転換は、共産主義勢力との対抗という冷戦期の政治・軍事優先を、国内建設優先へと転換させる外在要因になった。 
 米国は、独裁政権を支える政治的動機が薄くなり、独裁政権を支えれば中産階級の不満が米国に向く恐れがあったから見放したのだ。日経が書くように「米国の突出した経済力がアジアの民主化を促す原動力」だったからではない。 
 
<旧パラダイムへの信仰> 
 もう一つは「民主化」。米国は大量破壊兵器を保有しているとの誤った前提で、フセイン体制下のイラクを攻撃した。フセインは力ずくで打倒されたが、米国が標榜する民主化は実現されないまま現在も混乱が続く。米国は「アラブの春」に始まるアフリカ・中東での民主化要求を、リビアなど反米政権を打倒する理由に掲げた。 
 しかし米国が主張した民主化は、内戦の混乱が深まるシリアを含め実現していない。ウクライナも同様だ。所得水準の上昇が独裁システムを終わらせ、必ず民主化をもたらすという「単線的公式」は成立しない。むしろトランプ政権の誕生や英国のEU離脱で、欧米の民主制度という統治モデルそのものが、信頼を失う危機に直面している。 
 中国への求心力の高まりが「アジアの市場経済化や民主化の流れが滞る」と結論付けるのは、「アメリカンスタンダード」への信奉に過ぎない。パラダイム転換が進んでいる時は、それまでの前提自体を問い返さねば、新旧パラダイムの実相は見えないし、それに対応する回答も見つからない。安倍政権のように「安全保障環境の大変化」に対応するため「日米同盟の強化」ばかり繰り返すのは、旧パラダイムに対する無条件の信仰である。 
 
<中国への経済対抗軸とは> 
 もう一つ記事を俎上に乗せる。朝日新聞(電子版)は1月8日「日本主導『TPP11』正念場」と題する記事で「中国経済への過度の依存を避けるためにも、各国は中国以外との経済の結びつきをさらに強めていく必要がある」と、中国一人勝ちに対抗し、安倍政権のTPP11路線を支持する論理を展開した。 
 記事は「(TPPは)中国を意識した戦略でもある。世界2位である中国のGDPは、日本の倍以上。経済の相互依存も進み『中国は封じ込められる存在ではない』(外務省幹部)。ただ〜中略〜『一帯一路』など中国主導の経済圏のみが拡大することへの歯止めにはなりうる」とも書いた。 
 中国を封じ込めることはできない。だからこれまで「一帯一路」を批判してきた安倍政権ですら昨年来、協力姿勢に転じたのである。これ以上の孤立を恐れるからである。最後に記事は「アジア太平洋に、中国流の『国家資本主義』に対抗しうる地域経済圏ができるのか。TPPは、『ルール作りの主導権』をめぐる争いともいえる」と締めくくった。 
 「米国か中国か」という相変らずの「ゼロサム思考」。結論がこれでは情けない。中国との協力から共通利益を求めるために何が必要かを論じるべきなのだ。日経記事もそうだが「強い中国は脅威」という「暗黙の脅威論」を前提にした記事である。強国中国は脅威という公式からそろそろ卒業すべきだろう。 
 
<パートナーをホメ上げろ> 
 中国自身も新しい「脅威論」について敏感になっている。その中国にも提言したい。求められているのは、中国の政策が「互恵ウィンウィンの対外開放戦略の推進」(1月19日 ワシントン発新華社)にあることを、具体的に示すことである。「一帯一路」で中国と協力することが、すなわち自国の利益につながる具体例を出さねばならない。 
 例えば「日立」の幹部は昨年、広州での記者会見で「一帯一路」について「(協力は)中国の影響力拡大につながるだけではないか」との質問に対し「どの国を利するかは顧客が決める」と答えた。 
 そして、中国企業が海外で受注した高速鉄道車両に、発注元の要請で日立製の基幹部品が使われたこと。逆にリビアで受注した発電設備で、コスト削減のために中国企業を活用した例を挙げ、ウィンウィンにつながったと強調した。首相官邸が一帯一路への条件付き協力を出す前から、中国の海外展開に日本企業が協力したケースはいくつもある。 
 日本について言えば、1980年代の対中円借款が、いかに中国経済の近代化に役立ったか、その具体例を実際の経験者の話として伝えてはどうか。日本となるとすぐ身構える旧来スタイルからそろそろ脱却すべき時期だ。力の差は広がる一方だし、権力基盤をかつてないほど強化した習近平には「対日弱腰」批判を跳ね返す十分な力があるはずだ。中国はもっと自信にあふれ、悠揚迫らぬ姿勢で向き合ったほうがいい。 
 ほめられれば誰もうれしい。中国はパートナーを、ホメてホメてホメあげろ。いくらホメても損はしない。むしろ、相手側は中国にもっと協力し中国の得になる。 
 欧米企業の間では一時の対中ビジネス熱が冷え始めていると伝えられる。原因の第一は、中国企業による相次ぐ西側優良企業の買収。第二は「ビッグデータ」。中国企業はデータ収集力で圧倒的優位に立ち、西側企業に勝ち目はない。第3にスマホ、eコマース、フィンテックなどの分野での中国企業のイノベーション力―などが指摘されている。 
 「中国一人勝ち」をいかに「共同発展の新たな原動力」に転換させるか。「新脅威論」はそんなイメージを転換するチャンスでもある。 
(了) 
 
注1 IMF DataMapper 
http://www.imf.org/external/datamapper/NGDP_RPCH@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD/CHN 
注2 
http://www.mod.gov.cn/info/2018-02/04/content_4804130.htm 
(了) 
 
〔『21世紀中国総研』ウェブサイト内・岡田充『海峡両岸論 第87号』(2018.2.10発行)転載〕 
 
       ★       ★       ★ 
 
<執筆者プロフィール> 
岡田 充(おかだ たかし) 
(略歴) 
1972年慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。 
香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員 
桜美林大非常勤講師、拓殖大客員教授、法政大兼任講師を歴任。 
(主要著作) 
『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)2003年2月 


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