2018年03月01日00時43分掲載  無料記事
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コラム

「日仏の翻訳者を囲んで」 翻訳家・笠間直穂子氏 ( 司会 丸山有美)

  以前、日本にはフランスの本の大半が入ってこなくなり、ほとんど鎖国状態だ、と嘆いたことがありましたが、その一方で、コツコツ優れた翻訳活動を地道に続けている人もいます。今回、日仏会館図書室が「日仏の翻訳者を囲んで」というシリーズ講演を始めると知り、第一回目の笠間直穂子氏のトークを聞きに出かけてみた。 
 
  笠間直穂子氏の訳書の核の1つが、フランスの作家マリー・ンディアイ著「みんな友だち (Tous mes amis 2004)」や「心ふさがれて (Mon coeur a l'etroit 2007)」だと知った。私は恥ずかしながらこの作家について無知だったのだが、セネガル人の父親とフランス人の母親との間でフランスで生まれた作家ということだ。2009年には「三人の逞しい女」でゴンクール賞を受けており、現在活躍中の第一線の作家である。 
 
  マリー・ンディアイの作品を翻訳するにあたって、笠間氏は作家本人が現存しており、日本語に堪能な人である、と仮想して翻訳をするのだそうだ。そして、できる限り、原書の読後感と翻訳書の読後感を近いものにしたいという。これは翻訳家には当たり前ではないか、と思う人もいるかもしれないが、中には「どうせわからないんだから」と大胆な改変をして自分の意訳で別なものにまとめてしまう翻訳者もいるのだと言う。笠間氏はそういうことはしたくないのだ、と語った。その手の甚だしい「意訳」は放送業界ではかなり横行している恥ずかしい事態でもある。だからこそ、笠間氏は作者が日本語を解する人で自分で翻訳書を読んだ時に「ああ、これは私が書いた本だ」と思ってくれたら嬉しい、という。笠間氏は非常にフェアな翻訳者であり、まずそのことが素晴らしいと思った。 
 
  フリーのライターの丸山有美氏がうまく笠間氏の話を引き出してくれたのだが、笠間氏は少女時代の6歳から10歳まで親の仕事の関係でスイスに滞在したと言う。その後、日本に帰国して英語と日本語、そして学生時代にフランス語も習得したと言う。興味深いことは単語を覚える時に単語集みたいな本で集中して単語だけ記憶する、ということができなかったそうで、必ず1つの文章を覚える形で単語を覚えていたのだと言う。また、笠間氏の翻訳は逐語訳とか1文1文を1つ1つ訳していくようなタイプの作業ではなく、一定量のまとまった文章全体を丸ごと一気に訳していくような作業をしているのだそうだ。そこにはかなりな自由度があり、結局のところ、作家の原書の文章にできる限り近づけるために単語や1文という区切りでなく、文章全体を丸ごと(描写の順番などもできる限り原書に近い印象になるように)日本語に移し変える、という作業のようだ。このような努力が認められ、笠間氏は2010年にマリー・ンディアイの「心ふさがれて」の翻訳で日仏翻訳文学賞を受賞した。 
 
   笠間氏は大学4年の頃、フローべールの「ボヴァリー夫人」を読み、古典というよりもむしろ現代の前衛作家のようなフローべールに魅かれ、卒論もフローべール論だったという。そして、笠間氏が翻訳したフローべールの「サランボー」は集英社の「ポケット・マスターピース」シリーズのフローベールの巻に収められている。ちなみに、この日仏の翻訳者の話を聞くシリーズはこれからしばらく日仏会館図書館で続けられるそうだ。 
https://www.shueisha.co.jp/pocketmasterpieces/07.html 
 
 
■「日仏の翻訳者を囲んで」第5回  ミリアン・ダルトア=赤穂さん(翻訳家) 聞き手:新行内美和(日仏会館図書室) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201809270149144 
 
■「日仏の翻訳者を囲んで」第二回 翻訳家・原正人氏 ( 司会 丸山有美 ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201803170500066 
 
■日仏会館図書室図書室「日仏の翻訳者を囲んで」 第九回 コリーヌ・カンタン氏 ( 司会 丸山有美 ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201903090146076 
 
 
■歴史家アンリ・ルッソ氏の来日講演 「過去との対峙」 〜歴史と記憶との違いを知る〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201810240710113 


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