2018年03月10日05時00分掲載
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コラム
安倍夫妻を見誤った古舘伊知郎氏 「安倍さん、首相になってくださいよ」
古館伊知郎氏と言えばテレビ朝日「報道ステーション」のアンカーだったが、2015年に安倍政権が安保法制の強行可決を行ったことなどに対して批判的な姿勢を強めていった。そして2016年3月に番組を降板している。しかし、その際、古館氏は政権の圧力ではないとも語ったという。とはいえ、視聴者には放送局に圧力がかかったか、あるいは放送局の幹部が安倍政権を忖度したのではないか、と思っている人が少なくない。テレビ朝日のトップは安倍首相と会食をするような人物だからだ。
古館氏が「報道ステーション」に登板したのは2004年4月のことで、この年はイラク戦争終結間もない頃だった。そして、安倍晋三が自民党総裁になるのが2006年9月である。政治家としての安倍晋三は小泉純一郎首相に抜擢され、2005年に内閣官房長官として初入閣した。首相になるのがその翌年である。派閥の力学を否定し、ポピュリズムで首相になった小泉純一郎のもとで急速に出世したのである。安倍晋三のスプリングボードになったのは2002年9月の小泉首相の訪朝に同行したことである。この時、北朝鮮の金正日総書記は拉致を認めて謝罪し、国交を正常化させたいと願ったが、安倍晋三は北朝鮮に対して妥協しない強硬派議員として右傾化する市民の人気を得ていく。北朝鮮叩きは政治的実績が乏しかった安倍晋三にとって成功体験の中心にある。だからだろう、成功体験にとらわれた安倍首相はトランプ政権と北朝鮮の間で米朝首脳会談が予定されていることを全く読めなかった。とはいえ話を戻せば、タカ派の安倍晋三が若手中堅議員の中で急速に出世していったのは2005年の頃だ。
その頃、古館氏は自ら司会していた番組(報道ステーションとは別の番組)に安倍晋三と昭恵の二人をゲストに招き、大いに讃えていたのを僕は覚えている。その番組の中で、古館氏は「安倍さん、首相になってくださいよ」と言ったのだ。僕は耳を疑った。司会がそこまで言うべきなのだろうか。仮に司会者がどのような政治的志向を持ち、どのように発言しても自由だとしても、「安倍さん、首相になって下さいよ」という言葉は相当な入れ込み方の発言と取られても仕方がない。そうした言葉が視聴者を動かし、安倍一強時代を作り上げていったのである。もしかすると、そんな言葉を発する政治的に保守的な人物だったからこそ、古館氏がキャスターに抜擢されたのかもしれない。政治家としての安倍晋三を冷静に見つめるのではなく、むしろ出世する若手の待望株というキラキラしたイメージで、好感度抜群の夫婦という風に番組は演出していた。キャスターと言う存在は時代に対して責任を負っている。
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