2018年04月13日10時50分掲載
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検証・メディア
TV番組制作プロダクション群の沈黙の5年
第二次安倍政権が2012年暮れに発足してから、5年が過ぎ、その間にTV報道の劣化が進んだ。実際に報道の自由度で日本は世界の72位になり、大きく後退したことが数値で示されている。これについて、NHKでも民放でもそれぞれ批判される対象となるのはいつも放送局だが、事はもう少し複雑だ。
放送局は民放もNHKもともに番組のかなりの割合が外部の番組制作プロダクションや、それらからの派遣労働者によって制作されている。つまり、現実の労働のかなりの割合が放送局員ではない人々の手になる。こうした力学を考えれば、当然ながら大きな疑問に突き当たる。放送局に政府・官邸から圧力がかけられ、政府・与党に与するように放送内容を制限されたり、表現で指示を受けたり、あるいはもっと単純に恫喝されたりした場合にこれらの番組制作会社群が結束して抗議を行ったことが一度でもあったのだろうか、ということである。とくに存在感の大きな番組制作会社こそ、こういう場合に前に立って行動で示すべきではなかろうか。
10数年前くらいまでなら、たとえばTVの世界でやらせ問題が発覚したりすると、たとえばテレビマンユニオンという制作会社の知名度の高いプロデューサーが新聞などで発言していたものである。だが、最近、TV番組の制作会社群ではそうしたことはほとんどなくなった。ひたすら沈黙を守っているかのようである。その背景に何があるかと言えば、2008年以来、日本の景気後退が著しく、番組制作会社は経営の観点から生き残りを図るためには放送局とできる限り、良好な関係を保たなくてはならなくなったことだ。この変化は第二次安倍政権の言論統制を下支えしたものではなかったろうか。
NHKに関して言えば、リーマンショック以後、民放の報道部門がニュースの特集などの外注を控えるようになり、その結果、多くの番組制作会社がNHKに企画を集中する傾向が強まったのである。2008年と言えばすでに10年前のことだ。小耳に挟んだ話ではNHKは企画募集を多数の出入りしている制作会社にかければ企画書の山ができる、というのである。NHKの企画提案書は紙1枚ということだから、いかにそこに多くの制作会社が群がっているか、また群がらざるを得ないかがわかるだろう。NHKは企画募集をかけるだけで無料で大量の番組制作のための生きた情報を得ることができるのだ。こうした状況は権力を握る側にとっては好都合である。
TVの番組制作会社は番組を作るだけでなく、報道にもタッチしていることから、これらの会社が結束して政治の圧力に声をあげることは大きな意味を持つはずである。ところが過去5年間、そうしたことは起きなかった。番組制作会社は互いにばらばらで、孤立し、怯えている。大きな権力に対して連帯して闘う、という精神に極めて乏しい。声を上げたら仕事にありつけなくなる、と恐れているのだ。番組制作会社同士でも、そしてまた社内のディレクターやプロデューサー同士でも互いにライバルになり、疑心暗鬼でバラバラなのが実像だろう。
メディアにとって危険であるはずの特定秘密保護法や安保法制、そして共謀罪についても、声をあげたのはフリーのジャーナリストやキャスターたちだった。このことは何を意味するか、と言えばTVの番組制作会社の人々が自分が行っている放送が大きな政治的な意味を持っていることを自覚できていないことである。と同時に、自らが大きな力を持ちえることも気づいていない、ということである。TVの衰退はここでも明らかだ。TV番組の制作者自身がTVの可能性に目を見開くことができないからである。
村上良太
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