2018年05月10日19時16分掲載  無料記事
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中国

「統一」は経済・社会基盤の融合から――「以経促統」は意識変化をもたらすか

岡田充『海峡両岸論 第90号』 http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_92.html 
 
 70年近く分断統治下にある二つの政治実体が「統一」する ―― 軍事的な統一はイメージし易いが、これほどコストパフォーマンスの悪い選択はない。中国にとって台湾統一は、帝国主義列強によって分断された国土を統一し、「偉大な中華民族の復興」を実現する建国理念である。歴史的経緯や国際法上は、主張に理はある。しかし、9割以上が統一を望まない住民の意思を無視した統一にどんな意味があるだろう。 
 そんな中「統一せずして統一する」、まるで孫氏の兵法のような統一論が、中国法律学者から提起された。 
 
<武力威嚇との両にらみ> 
 提起したのは、天津の南開大学の李暁兵・台湾香港マカオ研究センター執行主任。 
 米国の華字ニュース「多維新聞」のインタビュー「『不統而統』蔡英文は北京の底力を見くびっている」という記事で詳述した。その主張をまとめると、次のようになる。 
 
 両岸関係は政治的には対立が続くが、経済一体化は深まる一方。経済・貿易の相互依存関係の深化だけでなく、多層的で日常的交流が進み、労働市場や生活条件が融合・一体化すれば、政治的にはともかく「統一したも同然」の社会基盤ができるという論理。 
 
 中国は4月中旬、台湾海峡で3年ぶりの実弾演習を実施したほか、空母「遼寧」から戦闘機の離発着訓練を初めて実施。5月1日にはカリブ海のドミニカ共和国が台湾と断交、中国と国交樹立するなど、蔡政権への圧力を強めている。今回の攻勢は「台湾旅行法」を成立させ、米台交流を格上げするなど「台湾カード」を切る米トランプ政権への「報復」と見せしめの意味が強い。 
 こうした圧力は独立の「手足を縛る」上では有効だとしても、台湾住民の意識が統一支持に変わるわけではない。統一に向けた北京の戦略を単線的にとらえてはならない。武力威嚇で独立の動きを縛る一方、経済・社会両面から両岸の融合を深め、実体的な統一環境作りを進める「両にらみ」である。 
 目新しいアイデアではない。経済的利益を与えて統一促進のバネにしようとする「以経促統」の最新版と言っていいだろう。 
 「以経促統」は、両岸交流がなかった時代には、台湾資本と技術を大陸に引き込む役割を果たした。李登輝政権と陳水扁政権時代には、政治的対立とは裏腹に、両岸経済の一体化が進んだ。そして最新版は、中国の圧倒的な経済的優位を求心力に、中国市場を台湾に全面的に開放して人材と企業を取り込み、時間をかけて台湾人の統一への認識も変えようという息の長い政策である。 
 その具体例が2月末に中国政府から示された。 
 台湾人の大陸での学習、起業、就業、生活に対し、大陸中国人と同等に処遇する31項目の台湾優遇政策(「両岸経済文化交流協力促進に関する若干の措置」)である。 
 労働市場や生活条件を一体化すれば、多くの若く有能な台湾人材が大陸に吸収される。これに対し、蔡英文総統に近い台湾政府高官は、筆者に対し人材流出や“洗脳”に深刻な懸念を表明し、有効な対応策を講じる必要を強調した。台湾側は3月半ばに「就学・就業の改善と人材つなぎ留め・誘致の強化」を図る措置を打ち出したが、人材流出に果たして歯止めはかかるだろうか。 
 
<イノベーションで青年引き付け> 
 李暁兵・台湾香港マカオ研究センター執行主任の主張を多維新聞の記事から紹介しよう。 
 
 Q)中国は2月末、台湾人と台湾企業向けの31項目の優遇政策を発表した。 
 A)習近平は19回党大会で、大陸で創業、就職、学習、生活する台湾同胞に同等の待遇をすると提起した。これは中国の発展に対する信頼の表れである。かつては台湾人を「お客」として特別待遇した。 
一方、台湾の若者の就職には多くの困難が表れている。賃金上昇はにぶく、就職口も減っている。このため多くの台湾人は台湾の外に就職先を求めている。大陸の発展の勢いは激しく、高度技術や創新などの領域で台湾青年を引きつけている。 
 
<統一の固定観念打破を> 
 Q)(両岸関係は)建国百年の2049年と現代化強国を実現する35年が節目になる。 
 A)統一の時間表を議論するとき、私は「統一せずして統一する」という視点を出している。両岸交流が始まって30年。国家統一について認識上の誤解があると思う。結局どの程度になれば統一になるのかということだ。 
台湾の友人が言うのだが、現在は事実上の統一とどれほどの違いがあるというのか。両岸の相互活動は頻繁で、多層的な相互活動と交流がある。 
 だからこの現実と統一との差はそれほど大きいわけではない。政治上の態度表明がないだけだ。両岸が政治協定に調印しても、それは紙に書いた一枚の政治的確認に過ぎない。統一問題では誤解される面がある。両岸は結局どのような状況下で統一できるのか、恐らく一連の制度上の垣根の下の統一になるだろう。一度に制度上の障害を取り払うことはできない。香港とマカオに内地から行くのは便利になったが、かつては大変だった。主権を完全に回復しても、自由な往来は漸進的に開放されるのと同じだ。 
 だから国家統一問題でも固定観念を打破しなければならない。35年に両岸人民の生活水準が接近し、各方面の交流が深化するなかで感情面でも理性的になれば,はっきりとした統一が実現できなくても、実際上はすでに統一が実現していることになる。 
 大陸のような大経済体と台湾のような小経済体の間では、摩擦や衝突があっても、簡単には中国の求心力から離脱できない。地政学からも経済発展の面からも、台湾は大陸から離脱し独立した存在にはなれない 
 大陸の軍事力が発展し、米日が軍事力で独立や分裂を作り出せないようになった。かつて軍事力は統一の支えにはならなかったが、今や自然の流れになっている。もちろん大陸の軍事力発展は台湾に直接向けたものではないが。 
 
−−以上が李暁兵の「統一なき統一論」の概要である。 
 言わんとすることは理解できる。しかし北京が主張する「一国二制度」による統一国家では、「中央政府」が主権はもちろん国防と外交を一元管理する。北京が内戦を終結させる平和協定や、統一の政治表明抜きの「実体的統一」で満足できるとは到底考えられない。李暁兵はもちろん、それらが不要と言っているわけではない。統一実現と同様の社会・経済基盤の融合を進めるべきという主張である。それは台湾社会にどんな衝撃を与えるだろうか。 
 
<人材引き留めが課題> 
 台湾側がそれをいかに深刻に受け止めているか。先に引用した蔡政権高官のインタビューの内容を紹介する。 
 
 Q)31項目の台湾向け政策をどう受け止めているのか? 
 A)半分は元々あったものだ。今回は若者を引き付けようと狙っている。中国は台湾南部の果物など台湾産品を買うことによって、台湾人の気持ちを引き付けられると考えたが役に立たなかった。そこでやり方を変えたのだ。 
 どの国でも優秀な若者は、よりよい発展空間を世界に求めている。前は米国であり、ある時代には日本になり、今は中国になった。いま中国に行けば確かに経済的な吸引力はある。賃金はもっともらえる。だから誘因はある。 
 こうした状況に直面し効果的な政策を強化する必要がある。人材流出をくい止める有効策、つまり人材を引き留めることだ。国外に出るべきではない人材を引き留めること、これはわれわれが努力しなければならない政策だ。 
 
<20代の対中認識は変化> 
 かつて中国は台湾を武力威嚇してきた。30〜40代の台湾人の中国の印象は「脅威」だった。なぜなら陳政権時代に中国の軍事威嚇を経験したからである。今注意しなければならないのは20代の若者。かれらの目に映る中国は、保守な昔の共産党ではない。繁栄し進歩し近代化した中国だ。 
 中国の印象は世代によって変化している。友人が大陸で高給の仕事をしていれば、発展した印象を抱くだろう。これらの人が社会の主流になった時、台湾はどうなるだろう。20代の若者の民進党支持率は低く、30〜40代の支持率は高い。20代の若者の意識がどうなるか観察しなければならない。 
 
 Q) 「天下雑誌」の最新調査では、大陸で就職を希望する若者は59%に上った。 
 A) 経済発展と就職面から見れば、中国にはチャンスがあふれている。しかし政治的な角度からみれば、彼らは民主を支持している。中国の政治環境を好きなはずはない。だから、仕事は仕事、政治は政治と割り切っているのではないか。この世代の多くは米国に行っているがアイデンティティとは関係ない。その環境が好きなら留まるだろうし、嫌いなら台湾に戻る。生活環境に慣れなければ台湾に戻るだろう。中国に職を求めるのも同じだと思う。統一支持とは別問題だ。 
 ただこの問題は注意を払う必要がある。彼らの心も奪われないように。台湾人の多くは米国や中国、東南アジアに限らず海外に出ているが、心は台湾にあらねばならない。我々が懸念するのは、台湾と中国の将来の構造的変化である。当然だが、後の世代もこの構造を変えないよう支持してほしいのだ。 
 
 人材の大陸流出は今始まったわけではない。ことし1月、台湾大学の新学長に当選した台湾大経済学者の管中閔教授(元経済発展委員会主任委員)は、2005年から厦門大学で兼任教授を務めたほか大陸数大学で教職に就き、公務員の中国での就職を禁止する両岸関係条例に違反したと指弾された。与党系の「自由時報」の報道によると、彼のほかにも台湾大機械系の教授が、厦門大から一ヶ月の集中研究指導で、日本円にして170万円の報酬を持ちかけられたが、教育部の許可が得られなかったという。 
 
<台湾と福建を同じ経済圏に―海西区構想> 
 「統一したと同様の社会・経済基盤」とは具体的にどのようなものだろう。 
 あの広大な中国全体からイメージするより、台湾海峡を隔てて向き合う福建省などの地域ブロックで考えた方が明確なイメージが掴めると思う。 
 北京は、台湾および福建、浙江、広東、江西各省を一つの経済圏にする「台湾海峡西岸経済区(海西区)」構想を既に進めている。福建省政府が2004年に提起し、2005年の中共第16期5中全会で第15次5カ年計画に入った。習近平は厦門副市長(1990年4月)をはじめ、福州市党委員会書記や福建省長(1998年3月〜2002年1月)を歴任し、台湾ビジネスマンと幅広い交流経験を持っている。海西区構想にも深く関与したはずである。 
 福建省は軍事対立の時代、台湾との最前線だったため、鉄道建設を含めインフラ建設が他の沿海地域と比べると遅れていた。 
「海西区」の目的は、珠江デルタ(広東省)と長江デルタ(上海、江蘇省)の間に挟まれ、発展が遅れた福建の開発を推進するのが第一である。第二に台湾の資本、人材を吸収し、台湾と同じ経済・生活圏を作って「統一」に資することにある。31項目の優遇政策が、台湾人と企業に内国民待遇を与えた措置を先取りする内容でもあった。 
 経済圏は浙江、広東、江西省を含む広大な地域に1億人の人口を想定。具体的には1・4兆円を投資して、遅れた鉄道網の整備をするほか、高速道路網の建設などインフラ建設を進め、投資を呼び込もうとしている。多くの台湾人の故郷は福建省にあることから、福建と台湾で共通する地縁、血縁、文縁、商縁、法縁の「5縁」を利用して、台湾の資金、技術、人材、マネジメントを吸収しようというのである。その中心地は、福建省福州市の中心部から70キロにある平潭島の「平潭総合実験区」。人口40万人、面積324平方キロで、厦門島の2.5倍に相当し。2009年に国務院から総合実験区に認定された。 
 
<健康保険の相互利用が可能に> 
 「海西区」の内容をもう少し詳しく見ておこう。 
2010年に発表された「海峡西岸都市群発展計画」によると、中台双方の4省20市を段階的に統合する。中国は福州、廈門など6都市が、そして台湾側は台北、高雄、台中の3都市が入っている。さらに平潭島を両岸が協力して、2020年までに国際的な観光・貿易特別区に発展させる試行地点にするというものだ。これは何を意味するのだろうか。 
 2010年ごろ、厦門で生活する台湾ビジネスマンは一時、廈門での新車購入を手控えるようになった。馬英九政権下で両岸当局が、車のナンバープレートの「相互認証」計画を進めることに合意したため、近い将来台湾で使っている車がそのまま福建省で使えるようになるから、買い控えたというのだ。福建省には約20万人の台湾ビジネスマンが常駐しているが、彼らには大陸の健康保険制度の恩恵は及ばない。そこで福建省は、福建と台湾の健康保険を相互利用できるシステムを検討したという。31項目の優遇措置に盛り込まれた、台湾の医師、弁護士、修士・博士学位の認証にはこうした狙いが込められている。 
 
<両岸関係律する3規律> 
 具体例を挙げれば、中国側が考える「統一」のイメージが、おぼろげながら浮かんでくると思う。 
 台北や高雄の街を、中国ナンバーの車が走り、廈門では台湾ビジネスマンの家族が、台湾の国民健保証を手に、病院で診察を受ける。両岸の人が、同じ生活圏で暮らし利便を共有するようになれば、元に戻すのは大変だ。利便に与っている人たちはまず反対するだろう。人の往来自由化も同様の効果をもたらす。蔡政権の登場で北京が台湾向け観光を減らす政策誘導をすれば、台湾側が一定の経済打撃を受けるのは避けられない。 
 31項目の優遇措置は、北京の経済、社会、文化統合を促進する戦略の表れである。両岸関係を支配する「規律」がある。 
ー詑屬鮴莵圓畦念は後から、経済優先、政治は後、A何陛展開 ―である。 
 この方程式を援用すると、第一段階は、相互利益に基づく関係改善(経済・社会統合という「実態先行」)。第2に、政治協議と平和協定締結は後から構わない。「柿が熟して落ちる」ように、ゆっくりと(「漸進的」)時間をかけねばならない。 
 交流深化は果たして「中華民族」への意識統合につながるのか、それとも「台湾共同体意識」(台湾アイデンティティ)を逆に強める作用をもたらすのか。「一国両制」による統一は、香港という「負の先例」が重くのしかかる。グローバル化と意識の変化という普遍的なテーマは、ここでも試される。(敬称略) 
〔『21世紀中国総研』ウェブサイト内・岡田充『海峡両岸論 第90号』(2018.5.8発行)転載〕 
 
       ★       ★       ★ 
 
<執筆者プロフィール> 
岡田 充(おかだ たかし) 
(略歴) 
1972年慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。 
香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員 
桜美林大非常勤講師、拓殖大客員教授、法政大兼任講師を歴任。 
(主要著作) 
『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)2003年2月 


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