2018年06月30日23時28分掲載
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国際
「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」というトリック Bark at Illusions
米朝首脳会談の共同声明に「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」という文言が盛り込まれなかったことから、朝鮮の非核化を疑問視する声が依然として根強い。しかしCVIDについては核の専門家からも短期間での実現は困難だと指摘されており、現実的な解決策として段階的な非核化が提案されている。もしも合衆国政府が朝鮮の経済制裁を解除する条件として今後CVIDに固執するようなことがあるなら、朝鮮の核問題を本当に平和的に解決する意志があるのかどうか、逆に合衆国政府を疑うべきかもしれない。
合衆国のロスアラモス国立研究所の所長も務めた世界的な核物理学者ジークフリード・ヘッカー・スタンフォード大学教授らは、5月28日に発表した「北朝鮮非核化への技術ロードマップ」と題された報告書で、朝鮮の非核化には最長で10年かかるとの見解を示し、
「米政府が掲げる『完全かつ検証可能で不可逆的な非核化』を短期間で追求するのは非現実的だとして段階的な取り組みを提案」(毎日18/5/31=共同配信)
している。
また、毎日新聞(18//5/28)が指摘しているように、
「核物質や核関連施設の申告から、国際原子力機関(IAEA)による査察、核兵器の国外搬出、検証の期限……。CVIDに至る過程は北朝鮮にとって『武装解除』といえ、抵抗感が強い」。
元公安調査庁部長の坂井隆氏は、
「敗戦国でもない北朝鮮にだけ、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)を一方的に求めるのはそもそも無理だったのです」(朝日18/6/13)
と指摘している。
ましてや、CVIDを達成した段階で制裁を解除するという手法を取ったリビアでは、その後合衆国などの軍事介入によって政権が崩壊し、国が荒廃している。その教訓からも、合衆国のそのような要求は、朝鮮政府にとって受け入れられるはずがない。
それにもかかわらず、朝鮮に対する制裁解除の条件としてCVIDを求めるというなら、合衆国政府にはどんな思惑があるのだろう。
まず考えられるのは、合衆国政府が外交的解決を望んでいない可能性だ。合衆国は、戦争を始めるために相手国に対して決して呑むことのできない条件を出すことがある。例えば1999年、当時のユーゴスラビア連邦(セルビア共和国とモンテネグロ共和国からなる。コソボは当時セルビア内の自治州)のユーゴスラビア・セルビア当局とコソボ解放軍(コソボ独立を目指すアルバニア人の武装勢力)の紛争を巡る和平交渉では、合衆国はユーゴスラビアが主な政治的提案に合意した後、交渉期限のぎりぎりになって、ユーゴスラビア全域での北大西洋条約機構(NATO)による実質的な軍事占領(NATO軍のユーゴスラビア全土への展開・訓練・作戦行動・作戦行動に必要なあらゆる施設の使用、犯罪の訴追や課税の免除など)を要求するなど主権国家であれば到底受け入れられない条件(ランブイエ合意・付属文書B)を突きつけ、ユーゴスラビアがそれを拒否したためにコソボを空爆した。セルビア国民議会は、欧州安全保障協力機構と国連に平和的な外交決着の仲介を求め、コソボの広範な自治・全ての市民と民族集団の平等の保障・ユーゴスラビア連邦の領土に関する政治的合意を目指した交渉を提案したが、無視された。合衆国は空爆後に付属文書Bを含むユーゴスラビア側が反対していた要求を取り下げて交渉を行いユーゴスラビア側との最終的な和平合意に達していることから、空爆なしに外交的な解決が可能だったと推測できる。付け加えておくと、冷戦終結から間もない当時、合衆国にはソビエト共産圏に対する軍事的同盟だったNATOの今後の役割を世界に示す必要があった。
また、仮に朝鮮政府がCVIDを受け入れて外交的な解決が図られた場合でも、イラク戦争の時のように、朝鮮はいくら誠実に査察に応じても隠蔽していると疑いをかけられ、大量破壊兵器を保有しているという情報を捏造されて侵略されるかもしれない。
つまり、これまでの合衆国の侵略の歴史を考えると、朝鮮政府が受け入れようが受け入れまいが、CVIDは合衆国が朝鮮を侵略するための口実として利用される可能性がある。
幸いにも、今のところ合衆国のドナルド・トランプ大統領は朝鮮戦争の終結と平和協定の締結に向けて積極的で、朝鮮の核問題を平和的に解決しようと努めているように見える。朝鮮侵略を意図した「挑発的」な米韓合同軍事演習の中止を決めたことも評価できる。
マスメディアは、こうしたトランプの姿勢を「前のめり」になっているとか「妥協しすぎだ」などと批判し、「体制の保証」という表現を用いることによって、「保証」されるのがキム一族による独裁体制の維持であるかのような印象を与えているけれども、朝鮮政府が今まで求めて続けてきたのは朝鮮を侵略しないという保証であり、首脳会談でトランプが約束したのも「朝鮮民主主義人民共和国への安全の保証」の提供(provide security guarantees to the DPRK)だった。朝鮮に住む人々の平和と安全は、何かの「見返り」として合衆国から与えられるものではない。キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が主権国家として受け入れられないような条件を受け入れるまで2500万人の朝鮮人に対して軍事的な脅威を与え続けるというのは、国際法に反するだけでなく、人道的・道徳的観点からも間違っている。
段階的な非核化が朝鮮の「時間稼ぎ」に利用されるとの疑念は、「北朝鮮が合意を反故にしてきた」という事実と真逆の幻想(日刊ベリタ 18/3/12)を根拠にした単なる思い込みに過ぎない。合衆国が朝鮮を侵略しないと約束して平和協定を締結し、非核化の段階に合わせて制裁を解除していくというのが、専門家も指摘している通り合理的で最も現実的な方法ではないだろうか。
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