2018年07月23日13時56分掲載
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自著を語る(1) 「正義の戦争」支持による「平和国家」の解体 政府とメディアの〝共犯〟を分析 『「ポスト真実」と対テロ戦争報道──メディアの日米同盟を検証する』 永井浩
戦争という人間の愚かな行為がなくならないかぎり、戦争報道は旧くて新しいテーマであり続けるだろう。そこで問われている核心は、戦争の真実をどのように伝えるかであり、ジャーナリストの役割と姿勢である。そしてそれがいかに困難な作業であるかは、初めて従軍記者が登場したクリミア戦争からベトナム戦争まで一二〇年間の世界各地の大きな戦争の報道を検証した、フィリップ・ナイトリーの大著のタイトル“The First Casualty”に示されている。これは、米国が第一次世界大戦に参戦した一九一七年に同国のハイラム・ジョンソン上院議員が語った“The first casualty when war comes is truth”(戦争が起これば最初の犠牲者は真実である)から採られたものである。(邦訳は『戦争報道の内幕』として中公文庫に収められている)
◆戦争報道のメディアリテラシー
なぜ真実が犠牲となるかといえば、政府は戦争勝利のために自国に有利な情報だけをメディアをつうじて意図的に流し、目的に合わない情報を国民の目から隠そうとしがちになるだけでなく、ときには情報のねつ造や誇張を行うからである。またメディアも、権力が国民を間違った方向に導いていかないようにする番犬役というジャーナリズムの使命を忘れ、国益優先を理由に、そのような政府の情報操作の片棒をかつぎがちになる。ジャーナリストは、戦場で遭遇するさまざまな出来事の中から国益に合致するとおもわれる事実だけを拾い上げて愛国報道を競い、戦争美談をつくりあげていく。不都合な事実は、戦争の真実を国民が理解するためにいかに重要であっても、無視される。英国紙サンデー・タイムズの老練記者であったナイトリーはこの本で、膨大な資料の渉猟と多数の関係者へのインタビューによって、このような戦争報道の悲しむべき実態を次々に明らかにしている。
アジア太平洋戦争における日本の新聞、ラジオ、雑誌なども例外ではなかったことはよく知られている。ナイトリーによれば、「日本人特派員は、戦争努力の片腕としての自分の役割については何の引け目ももたず、祖国の勝利につながらないことは何一つ記事に書かなかった」。メディアは政府や大本営の発表を垂れ流すだけでなく、みずからも国民を「聖戦」に駆り立てるフェイク情報を伝えた。聖戦の実像は報じられず、マスコミは約三〇〇万人の日本国民と数千万人のアジアの人びとの生命を奪い、社会基盤と自然と文化を破壊する過ちに加担した。
ナイトリーの労作がいまも不朽の名著として読み継がれているのは、戦争報道の仮面をはぎ取ってみせたからだけではない。彼は、多くの記者が権力への迎合的報道をつづけるなかで、政府の情報操作や検閲に抗して戦争の真実のすがたを国民と世界の人びとに伝えようと奮闘するジャーナリストの存在も忘れない。そしてこの基本的状況は、同書が出た一九七五年以降も変わっていない。つまり本書は、たんなる戦争報道の内幕暴露ではなく、それぞれの国の運命と無数の人びとの生命を左右する重大な出来事がその実態とはかけ離れたかたちで伝えられがちだとすれば、一人ひとりの読者、視聴者は戦争報道にどう向かい合うべきなのかという問題提起、すなわち近年重要性が叫ばれているメディアリテラシーの大切さを訴えるものと言える。
二一世紀の幕開けの年に米国が開始し、いまや終息の展望が見えないまま戦線が世界各地に拡散している「対テロ戦争」は、戦争報道をめぐるこうした問題点をあらためて私たちに突きつけた。日本はこの戦争の戦闘行為には直接かかわってはいないものの、日本の政治へのその影響力はきわめて大きい。小泉、安倍の両政権がブッシュ政権のいう「正義の戦争」を積極的に支持し、「国際貢献」「人道復興支援」の旗印のもとに「戦時」のインド洋、ついで「戦地」のイラクへの自衛隊の海外派兵を強行することで、憲法で禁じられた集団的自衛権行使の事実上の突破口をひらいたからである。アジア太平洋戦争の敗戦の教訓のうえに築かれた「平和国家日本」は「戦争ができる国」へと急速に変貌させられてしまった。
では日本の今後の運命を左右しかねない歴史的な政策転換の過程を、日本のマスコミはどのように報じたのか。正義の戦争の真実を国民に正しく伝えるジャーナリズムの責務を果たしたのか。そうでなかったとしたらなぜなのか、が検証されなければならないだろう。拙著はそのためのささやかな試みである。(続く)
(永井浩 神田外語大学名誉教授 元毎日新聞編集員 本紙主筆)
『「ポスト真実」と対テロ戦争報道──メディアの日米同盟を検証する』(明石書店、二〇一八年)
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