2018年10月14日01時00分掲載  無料記事
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重信メイ著 「『アラブの春』の正体 〜欧米とメディアに踊らされた民主化革命〜」 その1

  重信メイ著「『アラブの春』の正体」(角川Oneテーマ21)は「アラブの春」が当初メディアで拡散されたようなものではなく、その背後には欧米やサウジアラビアやカタールなどが政治的に利用していたことが暴かれている。本書が世に出たのは2012年10月と巻末に記されている。 
 
  「アラブの春」はチュニジアで始まったとされるが、それは2010年暮れのことであり、翌年はリビアにも飛び火し、夏場にかけて内戦が拡大し、最後はカダフィ大佐が殺される事態になった。当時、英字紙で時々刻々と行方を見守っていた筆者はリビアの行方を見るうちに次第に「アラブの春」への懐疑が募っていった。2011年10月にリビアの兵器が野放しになって拡散されたことが報じられ、一説によると闇市場で北アフリカの周辺地域やシリアなどにもわたったとされた。さらに、欧米の軍事力を借りてカダフィ政権を倒したリビア反政府勢力の国民評議会のアブドルジャリル議長がリビアにシャリア法を導入すると発表したことも「アラブの春」への疑問を深める結果となった。 
 
  確かにカダフィ率いるリビア政府には腐敗もあっただろうが、カダフィのやってきた政治には決して悪政とばかり言えない、むしろ進歩的な要素が少なくなかったと言われていた。日刊ベリタに寄稿している平田伊都子氏はカダフィに単独インタビューをした人だがその著書でも、決して悪政ばかりではないことが書かれていた。だから、リビアでの「アラブの春」の行方を見るうちに、チュニジアで始まった当初は改革運動だったかもしれないが、次第に湾岸の周辺国や欧米諸国によって利用されているのではないか、という風に見えてきた。実際、リビアはその後、内戦で国が疲弊し、イスラム原理主義勢力も入り込み、民主化とか再建どころか、液状化してしまった。 
 
  前置きが長くなってしまったが、重信メイ氏の「『アラブの春』の正体」はそれを裏受ける内容で、筆者の知りえないアラブ世界の情報がたくさん書かれていて、直観で感じていただけの「アラブの春」への疑問に対して、豊富なデテールを提供してくれた。たとえばアルジャジーラがカタール政府を批判できないことだ。 
 
 「しかしアルジャジーラにもタブーはあります。その1つがカタール政府への批判です。実際、アルジャジーラはカタールのことをほとんど報道しません。批判もしなければニュースにもしない。カタールの批判になるようなトーク番組やニュースを意図的に放送しません。そのことについて問われると、アルジャジーラの幹部は『カタールは小さい国だから報道すべきことがない」と答えています。・・・国民がデモで国内の表現の自由をもっと認めることを要求していることも報じません」 
 
  「先述したようにサウジアラビアは世界最大の原油埋蔵量を誇ります。サウジの政情が安定していることは、石油に依存するすべての国にとって重要なことです。サウジアラビアが不安定になり、石油の輸出が滞るようになれば、石油の価格は高騰します。石油に依存するすべての産業が大打撃を受けることになるのです。そこで、サウジアラビアの影響下にあるアラブのメディアだけでなく、欧米のメディアも国民を煽らないようにサウジアラビアの反政府勢力については見て見ぬふりをしているのが実情です」 
 
  実際、「アラブの春」でも反政府運動が大量に世界に報じられたリビアやシリアのような国々と、サウジアラビアやバーレーンのような親米の国々でほとんど反政府運動が報じられなかった国々とであまりにも差が激しかった。これ1つ取っても随分異常だと感じられた。アルジャジーラが「アラブの春」を煽っていた背後にはそのスポンサーだったカタールがイスラム原理主義を広めたい思いがあると当時フランスのジャーナリストから聞いたことがある。 
 
  「カタールはカタールで自分たちの政策があり、アルジャジーラはその政策を実現するための道具として使われています。決して、自由なメディアではありません。ハマド首長がアルジャジーラを設立するときに投じた資金は1億3600万ドル、年間3000万ドル程度の補助金を出していると言われています」 
 
  実は日刊ベリタも初期、このアルジャジーラと提携しようとした時期があったそうだ。その頃、アルジャジーラは欧米のメディアとは異なるアラブの視点のニュースとして注目され、讃えられていたものだが、今となってはアルジャジーラも国益を背負った媒体という意味では決して欧米よりマシなどとは言えないだろう。ただ、アラブ世界で生まれたメディアとしての意味はあるとしても、イスラム原理主義国家をスポンサーにしていたメディアということを忘れてはならないだろう。 
 
  重信メイ氏の本書はアルジャジーラにとどまらず、アラブ世界の矛盾が多数、記されていて興味深い。母親が日本人、父親がパレスチナ人というだけあって、両世界のことを知りうる立場にある。日本人ジャーナリストには見えにくいことも、彼女ならよく見えることも少なくないのではなかろうか。最近、非常に活躍しているニューヨークタイムズ東京支局長のリッチ素子氏も日本人の母とアメリカ人の父を持つジャーナリストだが、こうした人たちの仕事が今後、ますます注目される。 
 
村上良太 
 
 
●重信メイ著 「『アラブの春』の正体 〜欧米とメディアに踊らされた民主化革命〜」 その2 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201810141147060 
 
 
■イラン包囲網 〜5ヵ国の合同作戦が仏誌で報じられる〜(2010年12月13日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201012132316461 
 
■リビア西部の町で反政府軍が略奪  ヒューマンライツウォッチが非難声明(2011年7月14日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201107141301134 
 
■カダフィ派53人と見られる死体がホテルから見つかる 処刑の可能性  イスラム主義の影響力が強まる(2011年10月26日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201110260058583 
 
■カダフィの死をめぐるニュース  フランスの新聞・雑誌から(2011年10月21日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201110210905105 
 
■バーレーンの選挙(2011年10月10日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201110100310551 
 
■FNの大統領候補、マリーヌ・ルペン氏がリビアに軍事介入したサルコジ大統領を非難(2011年10月27日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201110272048224 
 
■続く「アラブの春」〜バーレーンの民主化運動〜(2012年4月22日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201204220423410 
 
■フランス大統領選 サルコジ氏とカダフィ政権の癒着が暴露(2012年5月4日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201205042115505 
 
■カタールがマリ北部のイスラム原理主義勢力を支援?フランスメディアが疑惑を報じる マリーヌ・ルペンFN党首もカタールを非難(2013年1月20日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201301201223110 
 
■故カダフィ大佐からサルコジ元大統領への賄賂疑惑の捜査が始まる 関係者宅へ家宅捜査(2013年1月20日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201301201004540 
 
■カトリーヌ・グラシエ著「サルコジとカダフィ〜機密の裏切りの物語〜」(2013年9月20日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201309200631325 
 
■サウジアラビアがムスリム同胞団をテロリストに指定 〜「アラブの春」の波及を恐れる王室〜 カタールとの確執も(2014年3月8日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201403082029196 
 
■「アラブの春」とフランスの大手メディア(2015年2月14日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201502142218276 
 
■燃え上がるリビア 「アラブの春」の果てに(2016年2月20日) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602201728226 


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