2018年11月02日09時28分掲載
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文化
「今日文学になにができるのか?」 日仏会館のシンポジウム その2
10月26日に日仏会館で行われたシンポジウム「今日文学になにができるのか?」の時に聴衆として1つ思ったことがあった。それはここで問われている「文学」にフィクションとノンフィクション、さらに登壇者のマリエル・マセ氏が力を入れて研究し自らも実践しているらしいエッセイの3つのジャンルのことである。登壇者のうち、小野正嗣氏を含めて2人は小説家である。そしてマセ氏はエッセイストの顔を持っている。しかし、ノンフィクション作家はこの日は登壇しなかった。
今年亡くなったアメリカの作家のトム・ウルフはニュージャーナリズムの旗手として一世を風靡したが、それはノンフィクションが今後は文学の中心となる、と宣言したことだった。ウルフの言うノンフィクションとは新聞の記事ではなく、事実をベースにしているけれどもそこに人物描写や社会風刺、あるいは社会の分析を濃密に加えて個性的な文体を作り出し、文学性を高めた文章ということになる。今年のウルフの死が象徴的に思えたのだが、「新潮45」の休刊を含めて少なくとも今日、日本においてはノンフィクションの居場所が少なくなっていてどう見てもフィクション、とくに小説の方に活気があると感じられることである。書店に行っても新聞の本の宣伝欄を見ても小説の方に勢いが感じられる。かつてならウルフに影響された日本でも沢木耕太郎氏やその他、ノンフィクション作家が競って読まれた時代があったものだ。しかし、今はそのパワーは失われている。このことは何を意味するのだろうか。「文学になにができるのか?」という問いは「読者が文学に何を求めているのか?」という問いとイコールではないけれども結びついていると思う。読者がノンフィクションではなく、フィクションを求めるのだとしたら何故なのだろうか。そして、そこにどのような展望がありえるのだろうか。
そのことをふと会場で思って発言したのだが、小野氏がその質問を受けてマリエル・マセ氏らに質問したところ、フランスでもノンフィクションの分野になかなか脚光が当たっていないようだった。小野氏はノンフィクションの活気がない理由が単純に読者の志向性の問題というだけでなく、作品が発表されうる媒体の有無という事情も絡んでいると受け止めたのだと思う。若手作家のブランディーヌ・リンケル氏も言っていたのはそうした自由に発言できる媒体が本当にない、というものだった。僕が日刊ベリタに寄稿するようになったのは2009年だったが、その頃、すでにノンフィクションライターの知人から、書ける活字媒体が減って暮らしがなりたたなくなったライターたちが転職し始めているという話を聞いていた。ノンフィクション文学市場は縮小の一途をたどっているのかもしれない。あれからもう10年近くたつ。
この問題を考える時に、フィクションが栄えて、ノンフィクションが衰退している国としてまず挙げなくてはならないのは旧ソビエトロシアであろう。あの国では検閲が盛んだったし、真実を書いたり、国家指導者を風刺したりしてばれたりするとシベリアに送られる危険もあった。ソビエト連邦国家が推奨した「社会主義リアリズム」と呼ばれたジャンルの中には優れた小説もあったが、多くは凡庸な作品だったらしい。事実に基づいたノンフィクションであれ社会主義リアリズムの小説であれ国家が指導し統制するものなら文学創造の自由も失われる。だからソ連ではあるいはロシアではノンフィクション文学よりもSFや寓話に優れた作品が生まれた。政治犯や思想犯が送られたシベリアの収容所の日々を描いたソルジェニーツィンの小説「収容所群島」が出版されたのはフランスにおいてであり、ソ連では長い間発禁だった。僕が大学に入学したころ、ゴルバチェフが登場してペレストロイカ政策を始めたけれど、大学の刑法ゼミの中山研一教授がソ連法の研究者でもあり、講義の一環で来日したソ連の現役検事が「それでもソルジェニーツィンの文学だけは許せない」と語ったのが今も思い出される。社会の真実を書こうとしたら、ソ連にはそのような媒体が存在しなかったから地下出版しかなかった。もちろん、このような事態は社会主義国家に限定されず、資本主義国家群でも独裁時代のチリやアルゼンチン、もっと遡ればヒトラーのドイツでもそうだっただろう。軍事独裁時代の韓国もそうである。そのことと今日、ノンフィクションに勢いがなくフィクションが日本でもフランスでも力があることは通底するのだろうか、それとも単なるこじつけに過ぎないのだろうか。なぜニュージャーナリズムが衰退し、ノンフィクションに活気が感じられないのか、本当にその理由を知りたいと思う。
村上良太
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