2018年12月05日21時10分掲載
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欧州
まだまだ続く、巨大デモ「Gilets jaunes(黄色いベスト)」 Ryoka ( 在仏)
事情があって日刊ベリタに記事が投稿できなかった間に、フランスではマクロン政権に対するデモが暴徒化し、治まる気配がない。
2018年11月17日から開始したデモは、SNSなどを通して10月初旬ごろから入念に準備され、初日の17日だけで2000カ所、28万人が参加した。シンボルは、すべての車に備え付け、道路上でのやむを得ない乗降の際に着ることが義務付けられている蛍光がかった「黄色いベスト」。それにちなんで参加者やデモそのものを「Gilets jaunes(ジレ・ジョーヌ=黄色いベスト)」と呼ぶ。
初日からデモの多くが主要道路を塞ぎ、通り抜けようとする車両の運転手らと口論やもみ合いになるなど、各地で暴徒化。ここ数週間で負傷者だけでなく、死者も出ている。首都パリでは、日本でも報道された通り、シャンゼリゼ通りを中心に、あちこちで火の手が上がり、パリ警察でお馴染みの「Casseurs(壊し屋)」数百人が逮捕された。
※2016年の“デモ”にも登場した「壊し屋」に関する記事
↓
https://ovninavi.com/809apropos/
パリはもとより、地方都市でもデモは毎日続いていて、毎週土曜日になると規模が拡大する、ということがここ数週間繰り返されている。
筆者の近所でも、ロータリー交差点に「黄色いベスト」たち100人前後が車両の行く手を阻む行為を繰り返している。ある者は止まらない車両に卵を投げつけ、ある者は運転手に挑発的な言葉を発し、ある者は発煙筒を発射する。その交差点を通り抜けたい場合は、ダッシュボードに「黄色いベスト」を見えるように置くことと、クラクションを押すことが、いつしか暗黙の了解事項になった。他国からやってくる運転手も、いまでこそ「黄色いベスト」の存在を知っているが、最初のうちは、その多くが足止めをくらっていた。車両が大型になればなるほど迂回もできず、今もフランス各地で運搬や輸送が大幅に遅れている。
また、中心街の入り口となるロータリーが通り抜けにくくなっているせいで、中心街の商店の売り上げも土曜日になる度に落ちこんでいる。クリスマスシーズンの書き入れ時に、思ってもみなかった損害だろう。
一方、近所に住む私たちは、一日中クラクションの音を聞かされるという、騒音被害を被っている。中学校がロータリー交差点の目と鼻の先にあり、授業に支障がでるほどだ。
興味深いのは、デモがこれほど暴力的で不条理極まりないというのに、大多数のフランス人が「Gilets jaunes(黄色いベスト)」を支持していることだ。
Odoxa-Dentsuの世論調査によると、デモ前日の16日の時点で78%のフランス人がこのデモを支持していた。その支持率は、デモが暴徒化する様子がメディアで報道されても、下がっていない。
https://www.francetvinfo.fr/economie/transports/gilets-jaunes/gilets-jaunes-72-des-francais-soutiennent-le-mouvement-malgre-les-violences-selon-un-sondage_3082487.html
なぜ「黄色いベスト」は支持されるのか?
まずは、デモの発端となったガソリン税などの増税が、ほぼすべてのフランス人に関係しているからだ。特に、今回の値上げ措置で最も高騰しているディーゼル車用の軽油は約7割の自家用車に使用され、他の欧州諸国に比べても、利用率が突出している。
シャルリー・エブドの関連記事によると、1924年にドイツのメーカーが発明したディーゼル車は、1980年代にはフランスの乗用車保有台数の6%に留まっていた。しかし、日本車の世界進出に焦った政府は、国策同然にディーゼル車を推すようになったという。フランスのディーゼル車はその後着実に増え続け、90年代に33%だった保有台数は、2000年には50%、2008年に78%に到達した。そして10年たった今日も7割以上の保有率を保ったまま、ディーゼル人気は定着している。
それほど普及している軽油を、マクロン政権は発足以来、一リットルあたり31セント(約40円)値上げしただけでなく、来年1月には更に6,5セント課税することが衆議院で可決された。ちなみに、ガソリン(レギュラーとハイオク)の値上げは軽油の半分強に留まっている。
それを受けて準備されたデモが、まるで国民一揆のように暴徒化し、規模が拡大したのは当然だと言える。
そしてもう一つ、フランス国民が一丸となった理由がある。それは、マクロン政権が左でも右でもないことだ。何かと左派と右派に別れやすいフランスでは、どこかで誰かがデモを始めても、「あれは右派寄りの集団だから」とか、「あのデモは左過ぎる」などと、反対派が躊躇したくなる政治色が、必ずと言っていいほど現れていた。それが今回のデモでは「対マクロン」が掲げられ、政治色はないに等しい。先の大統領選の第一回投票でマクロン以外に投票した人たちが、左右ごちゃまぜに寄ってたかってマクロン大統領を批判していると見ることもできる。
ただ、これだけ大規模なデモが続いても、フィリップ内閣が折れる気配はない。
なぜマクロン政権が国民の大多数を敵に回すことを承知で、軽油を始めとする燃料税をこれ見よがしに引き上げるのかというと、政府筋の言葉をそのまま借りれば、それは「環境保護のため」だという。
ディーゼルエンジンから出る排気ガスの有毒性は、声高に言われることが少ない。しかし、様々な研究で呼吸器系に悪影響を及ぼし、肺がんなどを誘発することが明らかになっている。2012年には世界保健機構によって発がん性物質に指定された。スイスやデンマーク、スウェーデンなどでは、軽油に25%課税し、ハイオクとほぼ同価格にする措置を取ることでディーゼル車の数を減らしてきた。
https://www.sciencesetavenir.fr/sante/les-particules-emises-par-les-diesels-classees-cancerogenes_25736
ディーゼル車を減らす努力をすることは、環境を保護すると同時に私たちの健康を守ることに直結する。
ただ、実際にフランスのガソリン税増税が「環境保護」に繋がるかどうかは懐疑的だ。
まず、これだけ普及したディーゼル車が増税で簡単に減るとは考えられない。そして当のマクロン大統領は、2014年、オランド政権で経済大臣に就任した際、「ディーゼルはフランスの産業政策の主軸だ」と断言していた。その後考えを改めたにしても、彼は日頃から産業界を擁護する言動が後を絶たない。そもそもが、環境大臣だったあのエコロジスト、ニコラ・ユロNicolas Hulotがマクロン政権に愛想を尽かせたことがすべてを物語っている。
「環境保護のため」というのは恐らく口実にすぎない。それがあからさまなだけに、デモ参加者の怒りが収まらないのは理解できる。
とはいえ、ガソリンに課税するほうも、それに抗議するほうも、今更という気がしてならない。ここまでディーゼル車の割合が増加する前にフランス政府は手を打つべきだった。そして消費するほうも、目先の利益、つまりは燃費の良さにとらわれずに将来を見据えた購買行動をとるべきだったのではないか。
フランス各地で今も続いているデモは冒頭でも述べたように、平和的ではない。
それだけにとどまらず、「黄色いベスト」の代表者たちは、40項目に及ぶ申請事項を公開するなど、ガソリン税以外にも、ありとあらゆる課税や生活そのものに不満があるとして、しぶとく続ける覚悟を決めているようだ。
そんな中、12月4日、フィリップ首相と「黄色いベスト」の代表者が対話をしたと各メディアが伝えた。同日、フィリップ首相は、一部の増税の延期を決定。それを聞いて失望し、怒りを露にするデモ参加者の様子が、夜のニュースに映し出された。増税の撤回ではなく延期では、デモを続けてくださいと言っているようなもの。解決に向けた第一歩が踏み出されるのはまだ先になりそうだ。
Ryoka ( 在仏)
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