2018年12月14日15時03分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(274)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(2)「三十三年前癌に克ちたる吾なるに又も癌とは被曝のゆゑか」  山崎芳彦

 前回に続いて、福島の「翔の会」発行の季刊歌誌『翔』から原子力詠を読むが、今回は第63号、64号からの抄出である。「原子力詠」として抄出・記録させていただいているが、筆者の読み、受け止めによるものであり、作者の意図や思いに沿わない場合があることと思うのだが、「詠む」と「読む」の關係、筆者の作品の背景に寄せる思いに免じてご寛容をお願いするしかない。 
 
 歌誌『翔』を筆者が初めて読んだのは第35号(平成23年4月24日発行)であった。東日本大震災・福島第1原発事故が起こった翌月に発行された第35号には、作歌の時期、編集、制作の関係もあって、地震、津波、原発事故にかかわっての作品は、波汐國芳さんの10首が収録されているだけであったが、「大地震 大津波率て原発のある町襲ひ原発残る」、「大津波 原発の浜さらひしを残れる炉心の鬼面を見ずや」、「原発に追はるる如く知り人ら立ち退きたれば古里うつろ」、「原発の炉心溶融うつつとぞ毒へびの舌見え隠れして」、「放射能漏れに騒立つわがめぐり鷗の声も極まりさうな」その他の作品が詠われていた。 
 
 さらに、巻頭言として波汐さんは、「今何が出来るか、今何を歌うか」と題して、 
「被災県内にある我々としても、如何にあるべきか、今何ができるか、の問いかけを改めて己へ向けて発しなければなるまい。…行動の基軸としての主体確立が求められる。そのためにも自己客観化、自己を突き放して観る強靭さが求められる。このためにも、歌人としての我々は現実をしっかりと踏まえて歌作りに励むことが必要である。歌作りなどしている暇が無い、などという人がいるかもしれない。一方、歌によって救われているという人もいる。その意味で、このようなときだからこそ、歌の効用というものについての認識を新たにしなければならない。」 
 
 「私はこれまで…とくに原発への恐怖感をイメージ化するなかに詩的現実を追求して来た。原発地点を古里に持っており、絶対の安全などあり得ないと信じていたからだ。その危惧が現実化してしまったのである。作品は創造性に基づく虚構であったが、安全をひたすら願う心情が基軸であったことに変りはないので、今日の惨には憤りをおぼえ、かつ残念でならない。ここに一日も早い収束を願うと共に、大震災被害の復興に力を合せたいと思う。/そして、〈今何を〉〈如何に歌うか〉問題提起をしておきたいのである。」 
 
 このように、波汐國芳さんが、福島原発事故の直後に書かれた第35号から第64号まで、すべての号を読ませていただいてきたことになる。この歌誌『翔』をさらに読み続けさせていただきたいと、筆者は心から「翔の会」の歌人の皆さんのご健詠を願うものである。 
 
 ▼歌誌『翔』第63号(平成三十年四月発行)より 
 
煌煌と眼光鋭き満月よ地球の今を刳りて呉れよ 
                        (三好幸治) 
 
物理学者 無邪気に言ふこの宇宙に充ちてゐるのは愛なんだって 
 
人呑みし三陸の海いま穏し望み果つるほどの哀しみ生るる 
 
海が死ぬ夢を見しあさ胸ぬちに鉛のごとき塊を抱く 
                        (中潟あや子) 
 
津波禍のさらつてもさらつても尽きざるを浜昼顔の起つ心こそ 
 
雪解けの雪が跳ねるを青竹の青もて討たむ賊徒セシウム 
 
ふくしまにほんとの森が戻りつつぜんまいわらび楽奏づるや 
 
文明いま我らに夷狄 草深野福島盆地へ追ひ込み討たむ 
                        (波汐國芳) 
 
われら住むプレート下に静々と海のプレート沈みゆくらし 
 
プレートの応力の場の列島かわれらの生活その上に載る 
 
列島に活断層のひび多しわが身近なる井戸沢断層 
 
震災後の大き余震の断層を見むしといわきの森を目指すも 
 
三・一一の地震にずれし断層を見むと分け入る田人なる森 
 
震災より七年を経て断層を見たしの思ひ何故か湧き来ぬ 
 
ナビといふ位置情報は頼りなし断層たぐれず杣道たどる 
 
塩の平とふ竹の林を分け入れば井戸沢断層吼ゆるがにあり 
 
塩の平の断層まぢかの民家にて諾ひつつ聴くずれの衝撃 
 
地震多き列島なるをなまくらな吾ら鍛へる槌にあらずや 
                        (伊藤正幸) 
 
大自然に呑み込まれむか拓きたるわが山畑に笹の侵すや 
 
あたたかき陽ざしを浴びる部屋に居て遠退く山畑ひたすら恋ふも 
 
廃炉作業のロボットアームが挑みゆく容器の底ひのデブリとふもの 
                        (橋本はつ代) 
 
間近へと市街化区域せまれども土のにほひを愛でつつ生きむ 
 
「こんなごどいづまでやればいいんだべ」農産物のセシウム検査 
                        (児玉正敏) 
 
震災後高く造られし防波堤われの裡にも真向ふ何か 
 
古里の勿来の浜にひとり来て津波思ひてしぶきを浴びぬ 
                        (渡辺浩子) 
 
「この俺を知らないのか」と国会の議員バッジがゲートでごねる 
 
人の居ぬ帰還困難区域には猪群れて国道を行く 
 
次々と寄せては帰るダンプ群汚染の土をどつと置き行く 
 
猪も雉も猿もフリーパス被曝地ゲートの我が前を行く 
                        (桑原三代松) 
 
駆け抜けてどこへ行かんとする月日震災過ぎて七年目の春 
 
春の光庭に集めて福寿草除染の後の土に咲きをり 
                        (鈴木紀男) 
 
被災七年経てど山菜食べられぬ福島に未だ山は戻らず 
 
汚染土の山消えたるもその跡の怪しき気配に近寄りがたし 
 
三十三年前癌に克ちたる吾なるに又も癌とは被曝のゆゑか 
 
「われよりも先にゆくな」と卒寿をば越えし夫より鞭打つことば 
 
被曝より七年経つもわがめぐりセシウムゆゑに小鳥ら寄らず 
                        (波汐朝子) 
 
 ▼歌誌『翔』第64号(平成30年8月刊行)より 
 
わが町の仮置き場所の選定に火花を散らす科学とこころ 
 
福島に笑顔もどれど笑ひ声くぐもるやうに聞こえてならず 
 
ひそひそと用地交渉進みつつ仮置き場われのめぐりに迫る 
 
汚染土の袋埋めたるわが庭に巨大たんぽぽ生えてくる夢 
 
登校と下校時のみの開門か地域と歩む小学校は 
 
街灯切れ ごみの散乱 野鳥の死 町内会の一日は長し 
                        (児玉正敏) 
 
秋深野 歌の深野をゆくわれの遠くに光つて見えるだらうか 
 
故里やこの山川の深処より汲んでも汲んでも尽きぬ秋なる 
 
傍らの妻の寝息のさやさやと心ほぐれて胸に手を置く 
 
鬼やらひ落花生もて其を討たむ妻の内にも棲むなればこそ 
 
ふくしまに森が戻るを工房のこけしが其処でまねいたやうな 
 
うつくしまなんておだての軽さゆゑ招きましたか被曝の重さ 
 
文明よ急ぐな急ぐなましぐらに亡びへ向かふSLと知れ 
 
花火爆ず 被曝ふくしまの鬱も入れ爆ずれば涼し われのはつ夏 
 
被曝七年癒しの花火 鬱入れて爆ずるを軽くなりゆくこころ 
                        (波汐國芳) 
 
閑の字にふるさと閖上思ふなり五月の雨の音を聴きつつ 
 
ふるさとは港江の町ははそはの母の煮魚ひたすらに恋ふ 
 
津波後を帰る家なく施設にて母は流木のごとくに臥しき 
 
ははそはの母は四人の子を育て己おさへて施設に逝きぬ 
                        (伊藤正幸) 
 
福島と深き絆で結ばれしTOKIOのひとりの抱へし闇よ 
 
TOKIOなる人気グループ福島の農にかかはり広めくれしを 
                        (橋本はつ代) 
 
被曝地に七度目の春巡り来て人なき町を車窓より見つ 
 
闇の中ロボット進む核納器はつと目覚めて汗をかきゐる 
                        (渡辺浩子) 
 
震災の七年目なるこの朝に紅梅咲きて想ひ深まる 
 
こもり居の己変へむや妹と桜前線北へ追ひゆく 
                        (御代テル子) 
 
何処へゆく驕れる人間 この星はまう死にさうで苦しい息さ 
                        (中潟あや子) 
 
この空より放射能が降るといふ詩人の言葉胸につかえぬ 
                        (鈴木紀男) 
 
被曝より七年を経てやうやくにわが庭辺より汚染土消えぬ 
 
いつの日か検査通らむと残しおく枇杷の樹にして光る枇杷の実 
 
福島の山菜この春も食べれぬを長野ゆ届く笑みさへ入れて 
 
六十歳越えて短歌を始めたる吾娘の決断ほめてやるなり 
 
親友の訃報に呆然自失なる吾を支ふる強き夫の手 
                        (波汐朝子) 
 
 次回は波汐朝子歌集『花渦』の原子力詠を読みたい。  (つづく) 


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