2019年01月01日22時50分掲載  無料記事
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コラム

黄色いベスト、立ち上がる夜、そして日本

  今、フランスで起きている「黄色いベスト」という反政府の抗議デモはその戦闘的なシーン、機動隊との衝突などのセンセーショナルな部分ばかりが中心に報道されている傾向はないだろうか。一方、本質的には共通する根を持つ反政府の抗議運動だった「立ち上がる夜」の場合は徹底的な非暴力運動だったが、これについては日本のほとんどのメディアが報道しなかった。このことは日本のメディアのあり方を改めて考えさせる機会となった。 
 
  今年の11月に始まった「黄色いベスト」も2016年3月に始まった「立ち上がる夜」も、その底流には政治だけでなく、今の経済システムのあり方への疑問がある。さらにその根を突き詰めていけば2008年のリーマンショックと、そのあとに続いた欧州通貨危機がある。であるからこそ、フランスで起きている抗議運動はデジャビュ感がある。それはバブル経済が崩壊した後のギリシアの抗議デモ(2010年)によく似ているのである。ギリシアはアテネオリンピックなどが契機となったバブル崩壊で積みあがった対外債務が返せなくなり、欧州連合から受ける金融救済の代わりとして「改革」を強いられていた。年金改革や公務員の削減などだが、今、フランスでマクロン政権が行っている改革も、そのラインと考えてよいだろう。 
 
 「立ち上がる夜」ではパリの共和国広場に毎晩、市民が数千人集まり、政治経済社会など様々な問題を自由に話し合った。この時、ギリシアの元財務大臣、ヤニス・バルファキスも広場を訪れて人々に向かって話をしたことも問題が欧州に共通の根を持つことの証であろう。そもそもギリシアがバブル経済に至ったのはギリシアが欧州連合に加盟し、欧州通貨ユーロを導入できたからだが、それを可能にしたのはアメリカの金融機関ゴールドマンサックスの入れ知恵だったことはすでに歴史となっている。 
 
  フランスで2007年のBNPパリバのショックの後に起きた金融バブル崩壊は100年に一度の恐慌と言ってもおかしくない性質のものである。だからこそフランスもまた長い冬を経験している。フランスではバブル崩壊後に農業金融も余波を受けて農民に貸し渋りをしたため、多くの酪農家が自殺して問題になった。欧州連合の政策のもと、酪農家たちは輸入される安価な牛乳とも厳しい競争を強いられた。これもまた日本人にはデジャビュ感がある。農民たちの多くは静かに死んでいったようだ。日本ではアメリカやフランスに先行して1991年にバブル経済が崩壊して10年ならぬ、20年にもおよぶ長い冬を経験したのである。(いったい冬は終わったのだろうか?) 
 
  日本でもバブル崩壊後に「グローバルスタンダード」というキーワードを持つ経済改革が強いられた。派遣社員もその頃から大量に生まれた。日本の護送船団方式は時代遅れの非効率な経済システムだと否定され、米政府から毎年、日本に構造改革を迫る「年次改革要望書」が突きつけられた。今やフランスの労働法や手厚い社会保障制度も硬直した時代遅れのシステムだと欧州連合を動かす政財界のエリートたちから批判されているのである。つまり、フランスで起きている構造改革は日本が1990年代にアメリカの圧力で強いられたものに似ている。エマニュエル・マクロン大統領とエドゥアール・フィリップ首相のコンビはかつての小泉純一郎首相と竹中平蔵経済財政政策担当大臣のタッグを彷彿とさせる。しかし、日本ではフランスのような大規模な市民の自発的な抗議デモは起きなかった。テレビが大衆に政府の政策を刷り込む上で果たしてきた役割は小さくなかったと思う。 
 
  フランスでは人々が集まって語り合ったり、抗議デモを行ったりしている。こうすることで、自殺は少なくとも減らせるのではなかろうか。失業や不安定な仕事などで経済的な苦難にあるとき、あるいは日々の支払いも楽ではないとき、あるいはいつか工場が空洞化して自分もリストラされるのではないかと不安な時、一人で部屋にこもらず、人と会ったり、話をしたりすることは精神の健康を守るうえでよいことだ。「黄色いベスト」は決して暴力行為だけをしているのではない。各地の交差点に週末に集まって集会も開いているのである。一方、日本の場合は毎年3万人が自殺をした。戦後を支えた日本社会の底にあった信頼関係が壊されてしまったのだ。 
 
 
 
村上良太 
 
 
■フランスの現地ルポ 「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」(社会評論社) 
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■マクロン大統領と金融界   マクロン大統領の政権の本質を理解するには本山美彦著「金融権力」が不可欠 
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