2019年02月28日15時08分掲載  無料記事
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検証・メディア

報道機関への弾圧に抗おうとしないマスメディア  Bark at Illusions

 東京新聞の望月衣塑子記者の質問を「事実誤認」だとか「問題行為」と決めつけて「問題意識の共有」を記者クラブに要請した首相官邸に対して、日本新聞労働組合連合(新聞労連)が2月5日に抗議声明を発表して以来、安倍政権に対する反発が広がっている。しかし報道機関の萎縮を懸念するメディア関係の労働組合や弁護士・市民らが抗議の声を上げる一方で、マスメディアの報道からは、言論統制を試みる独裁的な政権に対して抗おうとする姿勢が感じられない。 
 
 官邸側が事実誤認と主張しているのは、昨年12月26日に菅義偉官房長官の定例記者会見で沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設工事に関連して、望月記者が「埋め立ての現場では今、赤土が広がっている。琉球セメントは県の調査を拒否し、沖縄防衛局が実態把握できていない」、「赤土の可能性が指摘されているにもかかわらず、国が事実確認をしない」と述べた質問だ(東京19/2/20)。 
 
 しかし東京新聞(同)によれば 
 
「十二月十四日に土砂投入が始まると海は一気に茶色く濁り、県職員や市民が現場で赤土を確認した。県は一週間後に『赤土が大量に混じっている疑いがある』として、沖縄防衛局に現場の立ち入り検査と土砂のサンプル提供を求めたが、国は必要ないと応じていない。代わりに防衛局は過去の検査報告書を提出したが、検査は土砂を納入している琉球セメントが二〇一六年三月と一七年四月の計二回、業者に依頼して実施したものだった。そのため県は『検査時期が古く、職員が現場で確認した赤土混じりの土砂と異なる』として、埋め立てに使われている土砂の『性状検査』結果の提出を求めているが、これも行われていない。……官邸側の『事実誤認』との指摘は当たらない」 
 
 この他、官邸報道室長・上村秀紀が望月衣塑子の質問開始から「わずか数秒」で「質問は簡潔に」とせかすなど、「1分半ほどの短い質疑」で何度も質問を遮ったり、望月の質問の順番を「常に最後」に回して質問数も限定するなど(東京 同)、望月衣塑子を記者会から排除しようとする動きが問題になっている。 
 
 マスメディアの報道を疑いたくなる理由のひとつは、この問題をニュースにしたタイミングだ。首相官邸が記者クラブに要請を行ったのは昨年の12月28日だから、マスメディアは新聞労連が抗議声明を発表するまでの1カ月以上にわたって報道機関への弾圧に対して沈黙していたことになる。 
 また東京新聞・望月衣塑子の質問が「事実誤認」だという安倍政権の主張について、ほとんどのマスメディアが明確に否定していないことも問題だ。 
 
 例えばNHKニュース7(19/2/12)は、「特定の記者の質問が事実に反しているなどとする文書を出したのは、取材の自由を封じることにつながるのではないか」との指摘に対する菅義偉官房長官の次のような国会答弁を伝えるだけでニュースを終えている。 
 
「事実に基づかない質問が行われ、これに起因するやり取りが行われる場合は、内外の幅広い視聴者に誤った事実認識を拡散をされる恐れがあると思ってます。ですから記者会見の意義が損なわれ、まずこの懸念であります、主催者である内閣記者会に対して正確な事実に基づく質問を心がけていただくよう協力をお願いをしたということであります」 
 
 ニュース7は望月衣塑子の質問が「事実誤認」であることが前提になっており、言論統制を試みる安倍政権に正当性があると伝えているに等しい。 
 また朝日新聞や毎日新聞は、政権が記者の質問を制限することは批判しても、望月衣塑子の質問が事実誤認かどうかはほとんど問題にしていない。問題にした場合でも、埋め立てに赤土が使用されているというのは事実であるということを、東京新聞や新聞労連などの「主張」として伝えるだけで(例えば朝日19/2/7、毎日19/2/6、19/2/21、19/2/24社説)、「事実誤認」だという政府の主張を明確には否定していない。政府にとって都合の悪い質問をする記者を排除しようとすることは記者の質問が事実か否かにかかわらず重大な問題であるから、望月衣塑子の質問が事実誤認かどうかはあまり重要ではないということなのかもしれない。しかし望月の質問を「事実誤認」と決めつけて一方的に菅義偉の弁明だけを伝えるニュース7ほどではないにしろ、明確に否定しなければ、安倍政権の主張にも正当性があると考える人が一定程度いるのではないだろうか。 
 
さらに安倍政権が2月15日に「内閣官房長官の定例記者会見における特定の記者の質問を制限する発声等に関する質問に対する答弁書」を閣議決定したことについて、朝日新聞(19/2/19)や毎日新聞(19/2/16)は答弁書の内容について、記者クラブへの要請は「『記者の質問権のみならず国民の知る権利をも侵害する行為』であるとの指摘は当たらない」とか、「東京新聞記者に官房長官記者会見で簡潔な質問を促したことについて『会見は内閣記者会主催で、政府として一方的に質問を制限できる立場になく、その意図もない』」と述べていると伝えるだけで、答弁書が望月記者の質問を「誤った事実認識に基づくものと考えられる質問」だと断定していることについては言及がない。言論弾圧への批判に対して居直る安倍政権の態度が問題なのは当然だが、政府が決めたことが事実だと言わんばかりの安倍政権の独裁的な態度は問題にしなくていいのか。 
 
 朝日新聞や毎日新聞などは社説やコラムでこの問題を取り上げて記者の質問を制限しようとする安倍政権の姿勢を批判してはいるけれども、上記のような理由から、それは形だけのものではないかと疑いたくなる。 
 毎日新聞(19/2/13夕刊)の専門編集委員・与良正男は「新聞・テレビは今、国民の『知る権利』に応えているだろうか。私たちの甘い姿勢が官邸の増長を許してきたのではないか。そうした反省が私にはあるのだ」と言いながら、 
 
「一方で望月記者をスター扱いするような一部の風潮には私はくみしない。もてはやし過ぎるのはかえって本人にプレッシャーとなると思うからだ」 
 
などと呑気なことを言っているが、問題は望月記者が「スター扱い」されることではなくて、望月記者のようにジャーナリストとして当たり前のことをするだけで「スター扱い」されるようなマスメディアの報道姿勢が問題なのだ。なぜ、安倍政権の独裁的なやり方を徹底的に追及する記者が官邸記者クラブには東京新聞の望月衣塑子ひとりしかいないのか。 
 
安倍政権の独裁はとっくに始まっている。沖縄の民意などお構いなしで、米軍の新基地建設を強行するために行政不服審査法の悪用や条例違反を繰り返し、反対する市民は弾圧する(座り込みを阻止するための予防拘禁や、微罪を理由にした異常な長期勾留など)。沖縄で行われていることは、まさに独裁政治だ。 
マスメディアはマルチン・ニーメラーの有名な言葉 のように、後から後悔することはできない。 
マスメディア諸君。沖縄の次に、君らが今、弾圧されとるんや。 


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