2019年02月28日22時45分掲載
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ユルゲン・ハーバーマス著 「人間の将来とバイオエシックス」 その3
ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスの著書「人間の将来とバイオエシックス」について書いているのだが、「その2」あたりから、筆者の妄想が先走ってしまっているように思う。ハーバーマスが抱いた悪い予感みたいなものが何だったか、それを筆者なりに想像してみたのである。
理想的肉体や理想的頭脳を目的に遺伝子操作を受けて誕生した人間は、その事実を知った時、どのような心理的な影響があるかさだかにわからないが、その影響は大きいのではないか、確かそんなことをハーバーマスは書いていた。そして、この本で最もインパクトのある記載がそのことだった。ハーバーマスはドイツ人だから、当然、ナチスの優生思想や反ユダヤ主義が頭の中にあったのだと思う。つまり、新しい形のマスターレイス(優越人種)が遺伝子工学を契機に作り出される恐れはないか、ということだ。
このことが恐ろしいのは20世紀のナチズムは人間の人間に対する闘争だったが、遺伝子工学で生み出された新しいマスターレイスはすでに人間とは異なる、あるいは人間より一段階進化した種であり、そこに「人類」という類としての共通項はなく、人間とゴリラや猿が違うくらいの違いを〜客観的にはどもかく、少なくとも主観的には〜見出すのではないか、ということである。そうなると、同じ種ではないのだから、国連憲章とか、ヒューマニズムとか、立憲主義とか、そうした人類の知的構築物をすり抜けていく可能性がある。
実際のところ、人類は戦争や殺人もしているが、豚や牛や鶏にしているような食用のための日常的な大量殺戮はしていない。これは種が異なるから可能になっていることだ。しかし、もし新たなマスターレイスが潤沢な財産を持ち、様々な兵器や装置を駆使して、地球環境に最大の負荷をかけている人類を絶滅か、少なくともゴリラと同等の数まで減らそうと決意したとすると、それは人間がチンパンジーや猿にしてきたのと基本的には変わらない行為になるだろう。今でも人類は南国で類人猿たちの生息する環境を破壊して絶滅に近づけているのである。人類は今世紀中に90億人に達すると言う見込みもあるのだ。
今、政治の世界では右とか左といった対立があるがそれも狭い人間という類の世界の話に過ぎない。人類という類をあまりにも当たり前にしているがゆえに、人類が多くの他の生物を絶滅させたり、他の生物が住めないように環境を壊したり、虐待を続けたりしていても、その異常さにあまり気づかない。しかし、人類とは異なるという主観を持った非人類を主張するマスターレイスが登場した場合は、人類がこれまでに続けてきた行為を直視する可能性があるのだ。そして彼らは人間ではないのだから(何をもって人間とするかは難しいが、彼ら自身が非人類と自己定義する場合)、憲法とか、国際条約とか、世界人権宣言みたいなものには縛られない。それは人間の間での取り決めに過ぎない。ハーバーマスは遺伝子工学の進化によって、21世紀中に人類の類概念が崩壊する可能性を指摘していた。類概念の崩壊、ということは人類史上最大の変化となるだろう。今日起きている格差の拡大、というものはその前史かもしれない。
■ユルゲン・ハーバーマス著 「人間の将来とバイオエシックス」 その2
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■ユルゲン・ハーバーマス著 「人間の将来とバイオエシックス」
(2013年の記事)
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