2019年03月09日01時46分掲載  無料記事
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文化

日仏会館図書室図書室「日仏の翻訳者を囲んで」 第九回 コリーヌ・カンタン氏 ( 司会 丸山有美 )

  東京・恵比寿にある日仏会館図書室は日本でフランスの書籍や雑誌を検索したり、読んだりしたい時に必須の場所です。都心にあっても喧騒から外れていて心が落ち着ける貴重な場です。この日仏会館図書室で日仏間の翻訳に携わっているプロの翻訳家を招いてトークを行う催しが昨年から行われてきました。日刊ベリタでも何度か紹介してきましたが、それ以外にも『戦争プロパガンダ10の法則』や『海に住む少女』『椿姫』などの翻訳がある永田千奈氏、『メヒコ 歓ばしき隠喩』や『不在地主』などのフランス語訳に取り組んだ日本映画の研究者でもあるマチュー・カペル氏、『ドローンの哲学―遠隔テクノロジーと〈無人化〉する戦争』や『民主主義の発明 全体主義の限界』(共訳)、『最後のユダヤ人』などの訳書がある渡名喜庸哲氏など多彩な顔触れです。昨年は7回、今年も7回を予定しています。 
 
  「日仏の翻訳者を囲んで」と名付けられたこのシリーズには普段なかなか会って話を聞く機会のない翻訳家たちが登場し、毎回、彼らの様々な経験談や文学談義、出版に関する逸話で少なからず盛り上がっています。筆者もすでに何度か話を聞きましたが、翻訳家と一言で言っても扱う本の領域や、翻訳家になった経路、さらには翻訳するときの具体的な作業時間やスタイルなど、本当に様々だなと感じさせられます。さらに関連する催しとして、翻訳の実践講座なども特別プログラムで併設されることもあり、翻訳に関心のある人にはぜひお勧めのプログラムです。 
 
  さて、3月6日に行われた「日仏の翻訳者を囲んで」(通算で第九回)ではフランス著作権事務所のコリーヌ・カンタン代表取締役がトークを行いました。フランス著作権事務所はフランスの本の邦訳や、日本の本の仏訳など双方向で著作権交渉を行う企業です。なんと日本で翻訳されるフランス書籍の8割近くがこのフランス著作権事務所を介しているのだそうです。年間にすると150〜180冊に及ぶと言いますから、平均すると2日に1冊くらいのハイペースです。そういう意味ではフランス書籍の翻訳活動を考える人にとってコリーヌ・カンタン氏はいずれ必ずや出会うことになる人と言って過言ではありません。 
 
  実際、「日仏の翻訳者を囲んで」で話をした在日フランス人の翻訳家のミリアン・ダルトア=赤穂さんの場合も、自分で気に入った小説を初めて自主的に訳してみて、それを出版できないものかと相談に持ち込んだのがこのフランス著作権事務所だったそうです。その時、話を聞いてくれたカンタン氏が非常に親切であった、とミリアン・ダルトア=赤穂さん語ったのが今も筆者の記憶に鮮明です。実際、カンタン氏は彼女が日本の放送局での勤務の傍ら、1年かけて訳して持ち込んだ乙一の短編集の仏訳を出版してくれるフランスの出版社を探して見つけてくれたのだと言います。そうやって彼女は翻訳家としてデビューできたのですが、そんな風に翻訳家としての出発をカンタン氏にお世話になった人はフランス人、日本人に限らず少なくないのではないでしょうか。 
 
  カンタン氏が最初に来日したのは1984年と言いますから、日本での暮らしは今年で足掛け35年に及びます。もともと学生時代から日本に興味を持っていた、ということですが、合気道にも打ち込んだそうです。1987年にトゥルーズ大学ミライユ校で心理学と教育学の博士号を取得したのち、再び日本で滞在するうちにフランス著作権事務所の先代の代表取締役と出会い、最初はアルバイト的にこの仕事に携わってから、やがては自ら代表取締役になったのだと言います。そして、カンタン氏の場合、著作権交渉を翻訳家や出版社のために行うだけでなく、年に1冊か数冊のペースで仕事の傍ら、自分でも翻訳を行ってきたということです。 
 
  カンタン氏の最初の翻訳は池澤夏樹の短編集「南の島のティオ」だったそうですが、仕事の後や週末にコツコツと1週間に一話のペースで訳し、毎週、その1つの話に没入出来て非常に幸せだったと言います。最初の経験がよかったことがその後も翻訳を自らも続けていくことになるきっかけだったのかもしれません。そのほか、批評家・東浩紀の「動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会」や、大江健三郎のエッセイ、玄侑 宗久著「中陰の花」、あるいは谷口ジローの漫画の翻訳なども行ってきたとのこと(※フランス人が監督した谷口ジローのドキュメンタリー映画”L'homme qui marche" でカンタン氏も取材されています)。自分自身が翻訳する動機の1つに、自分が仕事で関わる翻訳家たちがどんな経験をしているのか知っておこう、という思いがあったのだそうです。これは素晴らしいことです。だからこそでしょう、ミリアン・ダルトア=赤穂さんの時のように翻訳をこれからやってみよう、という人々の思いや状況を想像することができて、それが親切な対応につながっているのではないかと思います。 
 
  この第九回目のトークは過去で最も話を聞きに来た人が多かった会だとのことで、会場の中には実際にカンタン氏に仕事でお世話になったという人も多数いたようでした。今回の話の聞き手は丸山有美氏。丸山氏は、翻訳家に翻訳作業のスタイルなども含めていろんな角度から具体的に話を掘り起こしていくので、そこが出版業界に詳しくない人にも話に入りやすい理由だと感じています。 
 
 
村上良太 
 
 
※ 下のリンクは谷口ジローに捧げられたフランスのドキュメンタリー映画”L'homme qui marche" 。多くの人が「遥かな町へ」を軸に、谷口漫画の素晴らしさをフランス語や日本語で語っている。谷口本人やヤマザキマリなども出演している。そして谷口漫画のフランス語版に関わったコリーヌ・カンタン氏もインタビューを受けている。これはアングレーム国際漫画祭で上映された二コラ・フィネと二コラ・アルベールによる短編ドキュメンタリー映画である。フランス人がどう谷口ジローを受けとめたかがわかる素晴らしいドキュメンタリーだ。 
http://www.slate.fr/story/137219/documentaire-hommage-taniguchi 
 
 
 
 
■「日仏の翻訳者を囲んで」第5回  ミリアン・ダルトア=赤穂さん(翻訳家) 聞き手:新行内美和(日仏会館図書室) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201809270149144 
 
■「日仏の翻訳者を囲んで」 翻訳家・笠間直穂子氏 ( 司会 丸山有美) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201803010043234 
 
■「日仏の翻訳者を囲んで」第二回 翻訳家・原正人氏 ( 司会 丸山有美 ) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201803170500066 
 
 
■歴史家アンリ・ルッソ氏の来日講演 「過去との対峙」 〜歴史と記憶との違いを知る〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201810240710113 


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