2019年03月14日01時34分掲載
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コラム
フランスの口頭試問 村上良太
最近、フランスの口頭試問を描いたユニークな2分の短編映像を見た。口頭試問というのはあまり日本人にはなじみのない試験方式ではなかろうか。思い出す限りにおいて筆者が学生時代に受けた試験はすべて筆記試験なのだ。さて、その短編はエリートを輩出するパリ政治学院(Science Po )の入試という設定で、何やら古ぼけた屋敷で3人のいかめしい男女の試験官が一人の若者に口頭試問を行う。3人がそれぞれものものしい言葉で試験の意義を語ったあと、女性の試験官が「それでは恋愛について10分で語りなさい」と言って、砂時計をひっくり返す。
若者は意外な課題に度肝を抜かれ、しばらく言葉も出ない。「この試験は地政学でしたよね・・・・」とひ弱に語るが、沈黙の中、刻々と時間が過ぎていく。試験官たちは「時間が過ぎていきますよ」と圧力をかける。そんな中、若者にどこからか不思議なささやきが聞こえてきて、突然、彼は啓示を受けたかの如く、恋愛について堰を切ったように、とうとうと語り始める。・・・・若者の論述が終わり、砂時計の砂がなくなったあと、教官は去っていこうとする若者に「アムールについて教えてあげましょう」と語り始める。それはシベリアを流れる大河、アムール河のことだったのだ。若者はアムールをすっかり恋愛のことと、勘違いしてしまったのだった。
これを見て昨年、僕も生まれて初めてフランス人たちの口頭試問を受けたことを思い出さずにはいられなかった。齢54にして、フランス語の弁論大会に出場したのである。ライバルの多くは日本の大学生たちである。そんな中に混じって「フェイクニュース」という課題についてフランス語で話をしなくてはならないのだが、持ち時間は一人7分。これを原稿を見ることなく、暗記しないといけない。もし原稿に目を落としたらその都度、減点されていくシステムである。さらに、7分間のスピーチの後、前に並んでいる日仏の審査員たちの浴びせるフランス語の質問にフランス語で5分間答えなくてはならないのだ。
この日仏会館が主催する弁論大会決勝に備えてフランス語で作文した原稿を毎日、出勤する前、昼食時、帰りの電車の中で、という具合に1日3回、ストップウォッチを使いながら練習した。最初は原稿を見ずに話してみると11分もかかってしまった。次第に覚えてくると時間は短縮できるがそれでも限界があり、日々、原稿を短く詰めていった。本番でどんな風にあがるかわからない、ということもあり、そこでのロスタイムが何秒かわからないが、できるだけゆとりを持っておこうと、最終的に6分から6分30秒で語れる原稿に縮めていた。最初の原稿から30%くらいカットしたのではないかと思う。3週間、準備をして本番に臨んだが、演壇に立って審査員を前にすると、緊張もするし、さらに恐れていたことが・・・最初はうまく話し始められたと思ったが、急に一瞬、頭が白くなり、言葉が全然出てこなくなってしまった。ここでのロスタイムが何秒だったか思い出せないが、主観的にはずいぶん長い時間に思えた。心臓もどきどきしていた。
この経験をしてみると、先ほどの短編作品がリアルに理解できた。おそらくパリ政治学院だからといって今どき、このような漫画的な厳格な口頭試問をやっているとは思えないのだが、テーブルの上にデーンと置かれた巨大な砂時計は実にリアルだ。限られた時間で論を展開してまとめなくてはならないのだ。しかも、原稿を読まずに。僕はこの弁論大会(一応、上級コースですぞ)で残念ながら入賞できなかったのだが、口頭試問を経験できたことは非常に面白かった。何しろ、日本で僕が受けてきた授業や講義では一度も経験がない。原稿を読まずに話す、というのは訓練なんだということもわかった。僕は54歳だったわけだが、もし僕が18歳とか20歳だったら、こうした経験は将来、ずっと大きな役に立ったのではないか、と思う。それにしても人生は砂時計と同じく、あっという間に過ぎ去っていく。
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