2019年04月04日18時14分掲載
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コラム
輸入される思想と日本 暮らしと切り離されて箪笥の底に眠っていないか
日本に入ってくるフランスの思想や哲学というと、デリダとか、ドゥルーズとか、フーコーなどがすぐに挙げられると思います。しかし、こうした思想はどれだけ日本の大衆に影響を与えたか、というとほとんど知られていない気もします。こうした哲学は時々で流行りすたりのあるファッションに似て、その時の主流に多くの人がついていこうとするのも無理からぬような気もします。
一方でフランスの社会の豊かさの基盤にある社会民主主義的な思想というと、前述の思想・哲学ほど日本に紹介されなかったのではないか、という気がします。僕の見過ごしでしょうか?そうかもしれません。でも、もう何十年もフランス文化を見ていて、日本に入ってくるものに偏りがあるような気が否応なしにするのです。
社会民主主義的な思想と言うと、たとえば国立大学が基本的に無料であることです。あるいは出産、住宅その他に様々な手当てが手厚くつくことです。難解なデリダやドゥルーズに懸命に力を入れる反面、こうした公共政策の基盤にある「思想」の紹介にはあまり力を入れてこなかった理由はどこにあるのでしょうか。難しいものを無暗にありがたがる傾向が日本人に強くあるのではないでしょうか。
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