2019年04月30日13時49分掲載  無料記事
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前川喜平著 「教育のなかのマイノリティを語る〜 高校中退・夜間中学・外国につながる子ども・LGBT・沖縄の歴史教育〜」

  今月26日、東京・文京区で日刊ベリタ主催の前川喜平氏の講演会が開かれ、筆者も話を聞きに行った。演題は「21世紀の平和教育と日本国憲法」だ。前川氏は2年前の国会で加計学園の獣医学部設置認可に官邸の文科省への圧力があったのではないか、との疑惑が浮上していた時、前文科省事務次官として懸案の文書(「総理のご意向」などと記された文書と言われる)が存在したと発言して話題になった。文科省はその当時、文書の存在を認めていなかったのだ。その報復だろう、官邸よりの報道が目立つ読売新聞から出会い系バーに前川氏が出入りしていた、といった報道をされた。しかし前川氏がバーに出入りしていたのは学費の困難な女子学生の実態調査で出入りしていた事情がのちに明らかになり、読売新聞に対する信頼は大きく損なわれることになった。 
 
  前書きが長々となってしまったが、このエピソードを振り返ったのは、講演に際して前川氏の著書「教育のなかのマイノリティを語る〜 高校中退・夜間中学・外国につながる子ども・LGBT・沖縄の歴史教育〜」を読んでみて、腑に落ちることがあったからだ。腑に落ちる、というのは前川氏が優れた「聞き手」である、ということだ。本の帯には「語る」とあるのだが、むしろ、本書を読まれた方は同感いただけると思うのだが、前川氏は優れたインタビュアーであり取材者である。 
 
  本書「教育のなかのマイノリティを語る〜 高校中退・夜間中学・外国につながる子ども・LGBT・沖縄の歴史教育〜」は対談集であり、対談相手は高校中退者の教育支援に取り組んできた青砥恭氏、夜間中学での教育に携わってきた関本保孝氏、移民や外国人の子弟への教育に携わってきた善元幸夫氏、LGBTの支援に取り組んできた金井景子氏、沖縄で歴史教育に携わってきた新城俊昭氏の5人である。それぞれが過去に実に半端でない活動を行ってきた実践家ぞろいだ。だからこそ、デテールに情報が濃密に詰め込まれていてここで簡単に要約できない。ただ、なぜマイノリティに注目しなくてはならないか、と言えばそれぞれはマイノリティであったとしても、それらを足し合わせると、大きなボリュームを今日の日本で占めているという現実である。だからマイノリティはマイノリティではない、ということを理解することが大切だ。 
 
  筆者は沖縄の歴史教育に関する対談から読み始めた。今、最も筆者の知識や想像力が及ばない領域だったからだ。中身は実に濃い。濃いだけでなくて、かなりボリュームがある。雑誌向けのちょっとした対談ではない厚みを帯びている。「琉球処分」、という形で19世紀末の明治時代に日本領に組み入れられた沖縄が、今、どのような「日本史」の授業を当地で行うべきなのか。このことは日本史だけではなく、優れた世界史のテーマでもある。沖縄の問題を深堀していくと、世界各地で共通のテーマが存在していて、沖縄を通して世界の問題に目を向けることができるはずだ。フランスにおける海外県というものとも通底するだろう。前川氏は講演で2022年に「歴史総合」という教科が始まり、そこでは日本と世界の近現代史を同時に扱うとして期待を寄せている。歴史総合が歴史修正主義によって歪められる恐れもあるのだが、しかし、それを避けられれば可能性は大きい。 
 
  沖縄の歴史以外にも本書には富の偏在や性的マイノリティへの偏見が教育現場に及ぼしてきた影響とそれに対する教育者たちの取り組みが具体的に聞き出されている。この質問力と聞き取る力を教育行政のトップだった前川氏が存分に発揮していることは興味深い。行政は通達を出したり、命令を出したりする前に、まずは人々の訴えに耳を傾ける人であるべきだという原点を感じさせるからだ。その訴えには、家庭的な事情から訴える力すら持てなかった人々も含まれる。教育は教壇から一方的に知識を与えるだけではなく、教育の受け手の意欲を高める必要がある。だから個々の生徒の実情に即して様々な工夫を求められる。生徒から、家族から話を聞くという姿勢がないと教育はできないだろうし、教育行政もできないだろう。出会い系バーで働いている女学生に対しても耳を傾ける。そこが本書を読むと腑に落ちる。前川氏には今後もルポやインタビュー集を出してほしいと思った。 


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