2019年05月08日11時48分掲載
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スポーツ
「村上、がんばれ!」 作家の村上春樹さんが同姓のヤクルト高卒2年目、村上宗隆選手に熱いエール
プロ野球は開幕から一か月、ファンがひいきチームの活躍に一喜一憂するなか、作家の村上春樹さんはヤクルトスワローズの同姓の高卒2年目、村上宗隆内野手に「村上、がんばれ!」と熱いエールを送っている。19歳の若武者は、7日時点で打率こそ高くないものの、本塁打はセリーグ3位タイの9本、打点は25とリーグトップでチームの主砲のバレンティンに次ぐ堂々の活躍。大のヤクルトファンである村上さんが、神宮球場で「村上、がんばれ!」の大きな声援が上がると「僕の励みにもなる」と言いながら、宗隆くんに「大柄なエッジのある打者になってもらいたい」と期待を込めた一文を紹介するとともに、世界的人気作家とヤクルトとの浅からぬ関係を振り返ってみる。(永井浩)
「村上、ばんばれ!」は、東京ヤクルトスワローズの公式ホームページにファンクラブの名誉会員である村上さんが毎年寄せているエッセイの最新号。
https://www.yakult-swallows.co.jp/pages/fanclub/honorary_member/murakami
この激励エッセイにたいして、村上選手は村上作品を読んでいるかどうかわからないが、「すごい人ですよね。お礼にサインを書きました」とデイリースポーツ紙で報じられている。
村上春樹さんとヤクルトと神宮球場の関係については、私はある米国人ジャーナリストが書いたルポをだいぶ前に読んではじめて知った。
「29歳の村上が地元の野球場の外野席でビールを飲んでいると、あるバッター(デイブ・ヒルトンという米国人選手だった)が二塁打を放った。それはごく普通のプレーだったが、空中を飛ぶボールを見た村上にエピファニー(啓示)の瞬間が訪れた。唐突に、小説を書きたいと思ったのだ。そんなことを本気で考えたこともなかったのに、その瞬間を境に書こうとする気持ちが圧倒的になった」
野球の試合がおわったあと、村上さんは本屋に行って万年筆と原稿用紙を買った。ジャズ喫茶の経営をやめ、数か月かけて書きあげたのが、デビュー作『風の歌を聴け』である。
村上文学の愛読者のひとりであるこのジャーナリスト、サム・アンダーソンは、「作家としてのキャリアの始まりも、いかにも村上的だ。ごく普通の暮らしのなかに突然、謎めいた真理が舞い降りてきて、それが人の一生を決定的に変えてしまうのだ」と書いている。
いまや世界的な名声を博する日本人作家の誕生の瞬間が神宮球場だったのかどうかは、この一文ではわからない。だが彼が29歳のときは、すでに後楽園はドーム球場になっていた。彼がジャズ喫茶を経営していた東京で、「空中を飛ぶボール」が見られる球場は、天井のない神宮しかない。村上文学の誕生と神宮球場とヤクルトの関係をしると、彼の作品を何冊か読んでいるヤクルトファンの私としてはうれしかった。後楽園ドーム球場では、村上文学は生まれなかったのではないだろうか。
では、村上さんがなぜヤクルトファンになったのかはよく分からないが、2014年のファンクラブのエッセイ「『ヤクルト・スワローズ詩集』より」にこんな一節がある。
「どうしてこんなチームを僕は/応援することになったのだろう。/それこそなんというか/宇宙規模の謎だ。」
「こんなチーム」とは右翼手のへまなプレーを見せられてのことだが、それでも彼はスワローズ愛を失わない。私にはなにか、村上作品の登場人物たちが思い起こされる。
へまなプレーといえば、現在の村上内野手も人後に落ちない。失策もすでに6とセリーグ2位なのだ。第9号の特大2点タイムリー本塁打を放った6日の対阪神戦では、平凡な三塁ゴロをトンネルして1点を献上。あるスポーツ紙に「少年野球並み」と酷評され、テレビには宮本ヘッドコーチの唖然とした表情が映し出された。ホームラン談話とともに「チームへの迷惑を取り返したい一心」という反省の弁が載ることが多い。
それでもファンが、「まだプロ二年目なのだから」と大目に見てくれるのは、その長距離砲の魅力に「将来の4番打者」への夢を託しているからだ。高卒2年目での本塁打数はすでに現役では横浜DENAベイスターズの筒香嘉智選手を超えており、このままのペースなら、1994年に20本を打った巨人の松井秀喜選手の快挙を上回るのも時間の問題との期待がかかっている。「村上、ばんばれ!」のファンの声援は、日ごとに高まるばかりだ。
ヤクルトファンの私は、今年は無精してテレビ観戦ばかりで神宮球場にはまだ一度も足を運んでいない。けれども、村上さんのエッセイを読んで「よし!俺も行くぞ」という気になった。
開幕からしばらくは首位を走っていたヤクルトは、その後巨人に逆転されたものの2位で頑張っている。村上選手はいまやチームに欠かせない存在となりつつある。村上さんはいまも、仕事のひまなときに球場でビールを飲みながら観戦しているらしいが、味方チームの好プレーごとに応援歌「東京音頭」に合わせてピンクとブルーのビニール傘がゆれるスタンドでビールを飲む、あの至福のひとときはテレビでは味わえない。
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