2019年05月22日22時51分掲載
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中国
米社会で進行する「チャイナ狩り」 孔子学院が閉鎖、留学生を監視
岡田充『海峡両岸論 第102号』 http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_104.html
トランプ米政権が、中国政府の中国語教育普及を目指した「孔子学院」を「スパイ活動の拠点」とみなし排除している。この一年半の間に、米政府の資金提供を受けられなくなった全米15大学が、孔子学院を閉鎖した。
標的は、大学研究者や高レベル技術者を高給でリクルートする中国政府の「千人計画」や、中国留学生にも向けられている。
まるで、米ソ冷戦時代の「共産主義者狩り」のマッカーシズム再来を思わせる。病的にもみえる「チャイナ狩り」は、「敵」なくして生きられない米国の国家・社会のメンタリティを浮き彫りにする。
<FBIの捜査対象に>
孔子学院は、海外での中国語・文化教育を目的に、中国政府の肝いりでスタート。中国の有力な「ソフトパワー」とされてきた。海外では2004年の韓国を皮切りに、2018年末までに世界154国家・地域に548ヶ所に設けられている。日本でも2005年の立命館大学をはじめ、15大学が孔子学院を開いている。
国別でトップの米国では、100以上の大学が設立、中国語需要の高まりを裏付ける。ただ、ここ数年、同学院は「中国政府の意向が働き、学問の自由が保障されていない」などの批判が議会やメディアでくすぶっていた。
そんな「疑惑」に追い打ちをかけたのが、米連邦捜査局(FBI)のレイ長官の18年2月の議会証言。孔子学院の一部が親中派の育成やスパイ活動に利用されている疑いがあるとして「捜査対象になった」と発言。それ以来パージの動きが次々に表面化してきた。
FBI長官証言を受け、ルビオ上院議員(共和党)ら対中強硬派の3議員は18年3月、「孔子学院」を「外国代理人登録法」によって登録を義務付け、監視強化する法案を提出した。
米ウォールストリート・ジャーナルによると、米司法省は18年9月、中国国営新華社通信と中国環球電視網(CGTN)に対し、同法への登録を義務付けると通知した。孔子学院はまだ対象外である。
「外国代理人登録法」とは何か。1938年ナチス・ドイツの利益を代表するロビイスト活動を封じ込めるために制定された。かつてはナチスを、今回は中国が標的になったと聞けば、今の米国社会で、中国に対する警戒感がいかに高いか想像できるだろう。中国以外では、大統領選への介入疑惑に関連し、ロシアの複数メディアにも登録が義務付けられている。
<資金停止で15大学閉鎖>
米政府主導の排除を鮮明にしたのが、2019年会計年度の国防権限法(18年8月)。
国防総省に対し、孔子学院を設立する大学への資金支援の停止を求める条項を盛り込んでいる。
同法には、移動通信システム技術「5G」の構築から「ファーウェイ」排除するよう求める条項もあり、米中「デジタル冷戦」を主導するベースでもある。ペンス副大統領が18年10月に行った「米中新冷戦」演説の中身を具体化したような法律である。
「ニューズウィーク」は、「米国防総省が、孔子学院設置の米大学への語学資金支援を停止へ」と題する記事で(電子版4月30日)は、インディアナ大学、ミネソタ大学など、少なくとも全米15大学が孔子学院を一年半の間に閉鎖したと伝えた。
理由は、国防権限法案だ。国防総省に対し孔子学院の中国語教育に対する資金支援の停止を求めているためである。
15大学のひとつ、オレゴン大学の閉鎖声明は、16,17教育年度に国防総省から計380万ドル(約4億1800万円)の中国語教育支援資金を提供されたが、新たに申請した交換留学生資金を含む「340万ドルの支援申請が全て拒否されたため」と説明している。
同誌は、国防総省報道官のコメントとして「資金提供は国益にならないと判断した」「(孔子学院を設立している大学は)今後、語学支援資金を米国政府から受け取るか、それとも中国から受け取るかの判断を迫られる」と書く。近く新たに3校が閉鎖するという。
<留学生、研究者も摘発の対象>
米政府の監視対象は孔子学院にとどまらない。中国留学生や研究者も「チャイナ狩り」の対象だ。
米国に留学する外国人学生の3人に1人は中国人。米国務省は18年6月、航空学やロボット工学、先端的な製造業分野を専攻する中国人大学院生の査証(ビザ)の有効期限を5年から1年に短縮すると決定した。「国家安全保障に関わる分野におけるスパイ行為のリスクを抑え、知的財産権の侵害を防ぐことが目的」と、国務省は説明する。
さらにロイター通信(18年11月30日)によると、FBIは、中国人大学院生の電話の通話記録をチェックし、中国と米国のソーシャルメディアのアカウントを調査することを検討している。既に電話盗聴やPCへのハッキングを行っているとみられる。
ほかにもある。大学研究者や高レベル技術者を高待遇でリクルートする中国の「千人計画」も、中国スパイ摘発の対象である。千人計画の正式名称は「海外ハイレベル人材招致計画」。中国共産党組織部が2008年に策定した計画対象者には、100万元(約1700万円)の一時金が与えられるなど、高給で優遇する。
中国で毎年6ヶ月以上研究活動することが条件だが、出身国での兼職も認められるなど好条件が魅力。同計画の公式サイト「千人計画」によると、2014年までに4180人を招聘。この10年でその数は7000人以上に上ったという報道もある。
<知財権の侵害を捜査>
習近平政権の国家目標は、中国を今世紀半ば(建国100年の2049年)に「世界トップレベルの総合力と国際提携協力を持つ強国」に発展させること。それを実現するには、成長維持が絶対必要条件であり、成長には科学技術の発展が不可欠だ。海外の優秀人材を獲得する計画の目的もそこにある。
米国防総省は18年9月、下院軍事委員会の公聴会で「1000人計画の目的は米国の知的財産を獲得することにある」と名指しで警告。「米中経済安全保障調査委員会」も18年11月、中国による知的財産権侵害に関する年次報告書で「米国の研究者や企業の知的財産権が十分に守られているかどうか調査せよ」と、関係機関に求めた。
米国とつながりがある中国人研究者についても、中国政府や軍との関係を調べるよう要請しているという。今年に入って、日本でもよく知られる中国の著名な国際政治学者が、米国からビザ発給を拒否された。彼は「私が米国に入れないなら、米国に入国できる中国人はゼロになる」と、冗談めかして話している。
<米国に迫る研究開発費>
米国と軋みを生みながらも、中国が海外人材のリクルートにブレーキをかける可能性は低い。2011年からは「千人計画」と並行して「外専(外国専門家)千人計画」がスタートした。米国や日本、ドイツ、韓国、台湾などから超ハイレベル人材をリクルートする計画である。
文科省によると、2016年の中国の研究開発費は日本円で45兆円余りと、10年で3倍以上に増えた。2008年には日本を超え、今や日本(18・4兆円)の二倍以上。1位の米国(51.1兆円)を追い上げる。
研究開発費が頭打ち状態で、自分の研究費では研究用の機器も入手できない日本の大学教員や研究者にとって、潤沢な資金を提供してくれる計画は魅力だ。少子高齢化が進み、中堅私立大学では教員数の削減が一層進む。博士号(ドクター)を持っていても、大学非常勤講師の口すらなかなか見つからない時代。日本の研究者にとっても、中国での就職は新たなチャンスだろう。
<敵なければ生きられない>
孔子学院や中国人留学生・研究者への締め付けのファクトを羅列してきた。米国で生活する中国人にとっては、さぞかし息苦しいことだろう・
「アメリカ人は危険な外敵に直面していると気づいた時には団結する。そしてみよ!(外敵が)現れた。中国だ。米国と世界秩序にとって経済的、技術的、知的に中国が重大な脅威であることがますます鮮明になってきた」。
こう書くのは、ニューヨークタイムズのコラムニスト、デイビッド・ブルックス。(「The Newyork Times」電子版19年2月15日)
米国は伝統的に「敵」がないと生きられないメンタリティを持つ国家・社会である。古くは西部劇における「インディアン」(先住民)。旧ソ連初の人工衛星「スプートニク1号」成功で受けたショック後の反ソ・キャンペーン。1980年代の日本バッシング(叩き)に「9−11」後のイスラム過激派―。「敵」を挙げればきりはない。そして今は中国を「敵」とみなす空気が、米社会の隅々に浸透している。
中国が成長すれば、やがて「民主化」「自由化」するとみてきた「幻想」が裏切られた反動もあるだろう。ワシントンDCでは、中国製の地下鉄車両を導入すれば、「監視装置が埋め込まれスパイされかねない」という「与太話」まで、新聞の大見出しになるほどだ。
米国でも研究生活の経験がある朱建栄・東洋学園大教授は「孔子学院排除はこれまでは、メディアなど民間での話でした。米政府はむしろ抑えてきたが、ここにきて政府主導に変わったのが特徴。中国側も貿易摩擦だけでなく当面、チャイナ・バッシングが続くとみており、長期戦の構えです」と話す。
<中国を敵視する「われわれ」とは?>
孔子学院に警告を発する日本の研究者もいる。佐橋亮・東京大学東洋文化研究所准教授は次のように書く。
「リベラルな価値や民主主義にロシア、中国はひそかな挑戦を強めている。〜中略〜中国も他国の政治家への資金提供やメディア買収、投資、孔子学院設置などを通じて民主主義社会に入り込みつつあり、その振る舞いに国際社会の懸念が強まっている」(共同通信18年6月11日配信「普遍的価値で連携急務」)。
日米基軸を外交の柱に据える安倍政権も、こうした認識を共有しているはずだ。今後の対応を見守りたい。
「チャイナ狩り」一色に染まっているように見えるアメリカだが、すべて「右へ倣え」ではない。「権力監視」と「自己再生」を政権に促す役割を維持しているメディア、識者は健在だ。
先に紹介したNYタイムズのブルックスは、含蓄のある提言でコラムを括っている。
「もし中国がわれわれに対して『他者』だとするなら、その『われわれ』とは何者なのか? 中国がリベラルな国際秩序に対する脅威であるなら、われわれが自分たちのシステムを改善して、挑戦に立ち向かう能力はあるだろうか」
異質と思われる他者と向き合うときは、「自分の足元の秩序の正当性」を問い返すべきだと言っているのだ。至極まっとうな主張だと思う。
米中対立が激しさを増し「米国か中国か」の二択論にはまりがちなメディアが多いが、自分のポジションを相対的に見つめるメディアと識者がきちんと発言するところに、米社会の健全さがある。
(了)
〔『21世紀中国総研』ウェブサイト内・岡田充『海峡両岸論 第102号』(2019.05.15発行)転載〕
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<執筆者プロフィール>
岡田 充(おかだ たかし)
(略歴)
1972年慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。
香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員
桜美林大非常勤講師、拓殖大客員教授、法政大兼任講師を歴任。
(主要著作)
『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)2003年2月
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