2019年06月07日14時33分掲載  無料記事
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コラム

戦中と現代の共通点  「真実を描く努力が足りなかっただけなんだ」  自己欺瞞の渦が招く国産情報産業の地盤沈下

  戦時中の新聞やラジオが検閲を受けて戦争で負けていても大勝利しているような報道を繰り返していたことはすでに知られた事実です。当時の新聞をすべて調べたわけではありませんが、媒体が自分で「この報道内容は圧力で書かされています」とは書き添えられなかったわけです。これはもちろん、そうでしょう。 
 
  では現代の新聞・テレビ・ラジオは、と言えば政権に忖度した報道、どう見てもそうじゃないだろう、というような報道が目につきます。アベノミクスは大成功・・・的な報道が過去、どれほど繰り返されてきたか。あれほど政府の資金を投入しながら、実際には大衆の実質賃金は下がっていたのです。鳴り物入りで首相の外交を報じながら、実質的にまったく進展していないどころかますます厳しくなっているロシアとの北方領土交渉もそうです。それでもメディアは「私たちの報道は政府の指導の下にあります」とか、「本当に書きたいことを書くことはできません」とは付け加えられないでしょう。基本構造は戦中と変わることはないのです。 
 
  媒体が自ら検閲されたり、報道を統制されていたりする事実を報じることができない、ということは興味深い現象です。なぜなら新聞やテレビは真実を報じる媒体であるにも関わらず、本質的には真実ではない情報あるいは政権に忖度したバイアスの大きくかかった情報を流していることは自ら報じることができないからです。<「すべてのクレタ島の人は嘘つきだ」とクレタ島の人が言った>というパラドックスがあります。古代ギリシアの詩人、エピメニデスが語ったとされるこのパラドックスは今日のメディアを考えさせます。もしメディアの人が「この新聞(テレビ)は嘘つきです」と語ったとしたら、読者(視聴者)は、このメッセージをどう受け取ったらよいかわからなくなってしまうでしょう。これが自己言及のパラドックスです。メディアで働いている人が「この媒体は嘘つきです」と言えるのは、基本的には辞職したり、解雇されたりした後です。でも、本当は内部にいる人が言論の自由を求めて「真実を報じよう」と立ち上がることが最も重要です。 
 
  仮にクレタ島には嘘つきが多かったとしても、真実を語る人もいたでしょう。しかし、嘘つきが一定数いたおかげで、真実を語る人も嘘つきと思われてしまう恐れがあります。こうした結果、メディア全体の信頼性が落ちて全体の販売部数や視聴者数が落ちていく負のスパイラルに過去、数年間陥っているのです。悪貨が良貨を駆逐する・・・結果として、これが自民党一強の真実ではないでしょうか。メディアの影響力を下げることは与党にとっては有利です。そして、その結果、メディアにさらなる圧力がかかり、その結果、さらに輪をかけて信頼性を下げたメディアの経営はますます苦しくなる・・・これがこれまでの負のスパイラルです。政権がメディア幹部を飯に呼んで会食していることをメディア自身が報道する(それを官邸が計算に入れていないわけがない)のは、与党のこうしたメディアの信頼性を下げるための、徹底したメディア戦略に組み込まれてのことなのではないのでしょうか。 
 
  ここで重要なことは、メディアで働く一人一人の自己認識や職業意識です。真実を描けない媒体である、と報じることができない外部事情が、「真実は描けるんだ」、という自己欺瞞に転換するのではないか、ということなのです。「真実を描く努力が足りなかっただけなんだ」と、こういう風に問題を転換して「自分の努力不足」、と言う風に自身を追い込んでいく結果、それは社内全体をこの一色に塗りつぶしていくのではないでしょうか。その結果、一番重要な問題が手つかずのまま、最も圧力のかけやすいソフトなスポットだけに力がかかるようになっています。「圧力をかけるのをやめろ」と単純に一言言えないことが、理不尽な努力を個人に強いることにつながっています。 
 
  日刊ベリタではすでに何年にもわたって、首相とメディア幹部の頻繁な会食を批判してきました。しかし、それを改める気配は今もありません。そして今日もメディアは言論の自由があるように振舞っています。ロシア人は「プラウダ」や「イザベスチャー」という検閲新聞を読みながらも、ソ連共産党の一強体制を市民の力で覆しました。なぜそれができたかと言えば、言論の自由が奪われていると言う自己認識が記者にも市民にもあったからなのです。 
 
 
 
 
武者小路龍児 


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