2019年07月06日13時26分掲載
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検証・メディア
私がNHKを辞めたワケ 小原 紘:個人新聞「韓国通信」発行人
●韓国通信NO606
昨年8月、30年以上のキャリアを持つNHKのベテラン放送記者が退職した。相澤冬樹氏(56)である。彼の活動をよく知る人たちから退職を惜しむ声があがった。
退職後に発表した著書『安倍官邸 VS NHK』を読み、「解雇」ではないが、NHKによって実質退職に追い込まれた記者の無念を知った。
彼は森友学園事件とNHK大阪支局司法担当キャップ時代から関わった。国有地が8億円以上も値引きされ、タダ同然に森友学園に売却された事件。名誉校長の昭恵首相夫人の疑惑をいち早く報道し、他社の報道記者とともに、真相解明にしのぎをけずった。
この本を読むまで、NHKが独自調査をして、スクープ報道を追っているとは知らなかった。新聞報道の後追い、警察発表をそのまま報道するのが私のNHKニュースのイメージだった。
国有財産が政治の力で不正に売却されたなら、明らかな犯罪。彼はそれを立証するために奮闘し、巨悪は「官邸」と「大阪府」と確信するに至った。しかし彼の取材に立ちはだかったのは、官邸を忖度する官僚たちと検察だった。籠池理事長への独自取材と自殺した近畿財務局の職員家族への取材は本書の読ませどころだ。
権力の壁に挑む姿に久しぶりの「ジャーナリスト魂」を見た思いもするが、特筆すべきは真相解明の足を引っ張ったのはNHKの上層部だったという事実だ。彼の記事は書き替えられ、握りつぶされた。報道局長からの横やり、挙句は取材を断念させるために人事異動の脅しまで受ける。果たして結果はその通りになった。有能な部下、同僚、上司の姿も垣間見えるが、詰まるところ、官邸に対する「忖度」が相澤記者を退職に追い込んだ。取材記者としての生命が断たれた。
<これが公共放送か>
著書を読み終わって、意外性はなかった。NHKが政権の「侍女」になって久しい。「ウソ」「偏向」「隠蔽」報道の例に枚挙のいとまがない。「国営放送」、「アベチャンネル」という非難が巷に溢れるなかで、あらためてそれが実証されたことになる。経験にもとづく勇気ある内部告発だが、NHKの腐敗はこれに始まったことではない。
2001年1月に放送された「ETV2001」の番組改変事件を記憶する人は多い。従軍慰安婦の存在を認めない中川昭一議員、安倍晋三官房副長官(当時)がNHK上層部に談じ込み、放送内容を変えさせた事件。言論の自由に対する明らかな侵害は、番組を担当した長井暁、永田浩三氏らの証言で明らかになった。しかし事件は誰も責任を取ることなく、証言した二人が社外に去るという結末に終わった。私は長井暁さんが記者会見の席で見せた涙を今でも忘れられない。保身に走らず、NHKと自分の尊厳を守った非力だが誠実そうな姿に感動した。
あの事件以来、NHKは権力者の「薬籠中 (やくろうちゅう)のもの」になった。
今日のNHKの無残な姿は2014年にNHK会長に就任した籾井勝人氏の「言いたい放題」からも見て取れる。籾井の就任は日銀総裁、内閣法制局長官人事と同じ露骨な「安倍人事」だった。
政府が「右」と言っているのに「左」と言うわけにはいかない発言に代表される政府の「下請け機関宣言」は公共放送NHKを葬り去った。従軍慰安婦問題は「日韓条約で解決ずみ」と政府見解と口を合わせ、国家機密法は「通ったものは仕方ない。あまりカッカする必要はない」と、官房長官さえ口に出来ない政府の本音を語った。このような会長をトップに据えたNHKは公正中立とは無縁な存在となった。だから相澤氏が官邸への忖度を指摘しても今さら驚かなかった。
「ETV問題」にしても、「籾井発言」にしても、NHKは組織としての反省はしていない。壊された公共放送の体質は現在も温存されたままだ。
<韓国の放送民主化運動から学ぶ>
韓国のドキュメンタリー映画 『共犯者たち』(2017)を思いだす。監督はMBC放送を解雇された崔 承浩(チェ・スンホ)氏。2008年に大統領に就任した李明博が真っ先に手がけたのは社会的影響力の強いKBSとMBCのテレビ局を政権の手中に収めることだった。大統領の息のかかった社長に交代、露骨な報道への干渉を強めた。社員たちは直ちに反撃を開始。両テレビ局の社員たちは放送の「公平」「中立」を求めて10年間にわたって闘った。解雇・懲戒者は300人を超えた。その激しさと厳しさが理解されよう。
「主犯」は李明博元大統領と朴槿恵前大統領。「共犯者たち」は両大統領の手足となってテレビを権力に売り飛ばした経営者たちだ。政権に忖度して事実を伝えない公共放送に対する人々の怒りがローソクデモの中で爆発した。大統領と共に共犯者たちも崩壊、追放された。
韓国のローソクデモを過小評価したがる人たちは言うかもしれない。韓国の大統領も大統領なら、国民も国民だと、韓国政治の未熟さと国民の「過激」さを笑う。
韓国の後進性を語るなら、放送内容に安倍、中川らが「イチャモン」を付けて改ざんさせたこと、政府が右と言えば右と云って憚らない首相差し回しの会長、森友学園のスクープに怒り、報復人事を行なったNHKは、「韓国ほどではない」とでも言うのだろうか。
言論の自由を守るために韓国では労働組合が組織を挙げて市民とともに闘った。かつて、NHKの労働組合「日放労」は社会的存在感のある「たたかう」組合だった。今ではNHKに労働組合があることを知らない人も多い。政府の走狗となった経営への批判はおろか、ジャーナリストとして苦悩する社員を守ろうともしない労使協調の企業内組合。その組合が先進的で、報道の「中立」「公正」を求めてストライキをした韓国のKBSとMBCの組合が後進的で、過激とは考えられない。政権にハイジャックされたNHKに怒らない日本人が「立派」とは思えない。
ドキュメンタリー「共犯者たち」を見たNHKの職員も多いはず。政府に頭があがらない情けないNHKをどう考えるのか彼らに聞いてみたい。韓国の放送労働者たちは「共犯者」たちを追いだしたが、NHKの「共犯者」たちは長期政権とともに栄光の座に居すわり続けている。それを容認するなら職員も共犯者ではないのか。
受信料支払いは国民の義務と言わんばかりの最高裁判決にあぐらをかいて、NHKはますます傲慢になっていくように見える。放送受信料をただ黙々と払い続けるなら、私たちも共犯者に違いない。公共放送を私物化するNHKに損害賠償を求めたいくらいだ。
小原 紘:個人新聞「韓国通信」発行人
※小原紘氏は、銀行退職後ソウル大留学、帰国後、精神障碍者施設勤務、韓国文化院(韓国大使館)勤務、ハローワーク勤務。『アウシュヴィッ平和博物館』(福島県白河)、『関谷興仁陶板美術館』(栃木県益子)の発足・設立に参画。『社史を読む―朝鮮銀行』(論文)他エッセー、翻訳多数。1942年生まれ (リベラル21より)
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