2019年07月07日13時15分掲載  無料記事
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「はじまり」の受難  『シード 生命の糧』(タガート・シーゲル、ジョン・ベッツ監督) 笠原眞弓

 昔の百姓は自分でタネを採ったものだと、年配の人たちは言う。それを在来種(固定種)といって代々繋いできた。ところが今や市販のタネのほとんどが登録種だ。この登録種は、自分の農場内で使用する分にはいいのだが、自家採種(苗や脇芽なども含む)して人にあげたり売ったりのはできない。タネの良し悪しは、農家にとって死活問題だ。だからこそ、そこに意義を感じる人や企業にタネを支配されることを嫌う人などは、今でもタネを採り、また集めている。 
 
 日本の稲には、たくさんの品種があった。知人の米農家は、五百種ほどを持ち、タネの命を今でもつないでいる。その中には、彼に託した後に亡くなった方もいて、もう彼しか持っていないだろう品種もあるとか。 
 
 また、ある篤農家はいう。Aさんしか持っていない在来種の大根のタネが欲しくて、その人を訪ねた。たくさんの自家採種のタネと畑を見せてもらい、そのタネの物語を聞いた。でも、そのタネをくださいとはいえなかった。自分はまだ30年しかタネを採っていない。相手は50年採ってきているからと。そうしたら、帰り際に「持っていきなさい」と一握りのタネを手のひらに載せてくれた。それを今も大事につないでいると。 
 
 さて、タネの映画である。冒頭で、20世紀の間にタネの94%が地球上からなくなってしまったというテロップが流れる。タネこそすべての命の源、生活そのものなのに……。自然環境の変化ばかりでなく、生活様式の変化や人間のエゴによっても地球上から姿を消しつつあるのが現状だ。 
 「タネがなくなる」、そんな危機に立ち向かう人々が世界にはいる。その人たちを監督のタガート・シーゲルとジョン・ベッツは、丁寧に追う。 
 
 この映画を含め、彼らの前作2本、親から受け継いだ農園を地域農場に変えた『農民ジョンの心の土』や農薬と蜜蜂に焦点を当てた『太陽の女王』は、時を置いて国際有機農業映画祭で上映してきて、評判がよかった。見せる工夫をしながら、農の問題の本質に迫っていくのだった。 
 
 現代版「ノアの箱舟」と言われる永久凍土にあるシードバンクも登場するが、主役は自分たちで種子を守ろうとしている農民たちや信念でタネをキープしている人々、市井の活動家、研究者だ。みなそれぞれに危機感を持ち、タネを守ろうとしている。 
野外に大きなコンテナを置いて、そこに集めたタネを保管している。彼は整理が追い付かない様子を示しながら、タネに囲まれていることがとても幸せなんだというオーラを盛んに出してくる。 
タネが好きで、こっそり集めていた少女は、ヴァンダナ・シヴァさんと出会い、家族も説得して農薬や化学肥料などを使わない在来種の栽培を始める。 
 
 ただそれだけではない。大量の農薬による汚染と闘う人々の姿も映し出される。 
 アメリカ先住民、ホピ族のリーダーの赤や白、黒、黄のトウモロコシを手に語る言葉は、私たちの胸を衝く。「自然の種を守らなければ……。地域社会と母なる大地を守るために」「このタネを栽培し保管する権利を、タネを独り占めする者たちには渡さない」と。 
 
 そしてヴァンダナ・シヴァさんは、企業がタネの特許を取っていることに対して「多様性と自由と人間性を守る必要がある。自由に生きるためには、タネを自由にしないと」という。 
 
タ ネを守ろうとする世界の人々は、しなやかに、たゆまなく、焦らずに、頑固に、タネを集め、保管し、そして人々と分けあっている。 
 
94分/6月29日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 


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