2019年07月29日22時12分掲載
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中国
「中国は敵ではない」と米識者が書簡 〜 対中敵視は逆効果、政権亀裂も背景
岡田充『海峡両岸論 第104号』 http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_106.html
「中国は敵ではない」。米国の元政府当局者や著名な研究者ら100人が、トランプ大統領と議会あての公開書簡を「ワシントン・ポスト」(7月4日付)に発表した。
あらゆる領域に拡大する米中関係の悪化について「深刻に憂慮する。それは米国の利益でもグローバルな利益にもならない。関係悪化のスパイラルに歯止めをかける行動をとるべき」と、7項目の提言をした。
米国で広がる「中国敵視」感情に警鐘を鳴らす一方、トランプと「新冷戦派」との亀裂にくさびを打とうとする意図も見え隠れする。
<ジョセフ・ナイにイアン・ブレマーも>
署名した100人はジョセフ・ナイ元国防次官補をはじめ、スーザン・ソーントン元米国務次官補代行(東アジア・太平洋担当)にステープルトン・ロイ元駐中国米国大使、カーラ・ヒルズ元米通商代表ら米政府元当局者。さらに、中国への厳しい見方で知られる政治学者のイアン・ブレマー・ユーラシアグループ代表も署名、政治的に幅広い立場の識者が名を連ねた。
民主党系の元政府当局者や学者が多いが、トランプ政権の対中「敵視政策」への懸念の広がりを反映している。彼らを「媚中派」とみなすと、今後のトランプ政権内の摩擦や、米中貿易戦の見通しを誤りかねない。
提言内容をみる。少し長いが、米国社会における様々な対中観を理解する上で、重要なポイントが多い。
書簡は第1項で、中国の国内抑圧や強硬な外交姿勢を批判、「米国も強固で効果的な対応すべきだが、現在の対中政策は根本的に逆効果」とみる。
なぜ「逆効果」なのか。第2項で「中国は一枚岩ではない」とし「多くの中国当局者とエリートは、西側との穏健で協力的な対応は中国の利益と理解している」とみる。ところが米政府の強硬な対中姿勢は、逆に「(中国の)強引なナショナリストを喜ばせている」と分析している。
第3項は、敵視政策が、揺らぐ米国と同盟国との関係を損なう恐れを指摘する。ファーウェイ排除に対しては、英国やドイツなど同盟国が同調せず、米国と距離を置いていることへの懸念でもある。
提言は「中国敵視とデカップリング(切り離し)政策は、米国の国際的役割と声望のみならず、各国の経済的利益をも損なう」と書く。グローバルな部品調達網(サプライチェーン)が破壊され、引いては世界経済を傷つけかねないからである。
さらに米国がいくら反対しても、「中国の経済的拡大と国際政治における役割増大を阻止できない。中国を敵視するよう同盟国に圧力をかければ、同盟国との関係を弱め自ら孤立する」とみる。
<世界システム崩壊への危機感>
中国が米国に代わり世界のリーダーになろうとしているとの「脅威論」にも言及する。
そうした見方は「誇張しすぎ」であり「中国自身もそんな目標が可能と考えているかははっきりしない」とし、必要な政策は「中国も参加できるような、豊かで開かれた世界を同盟国やパートナーと創造すること」(第4項)と、提言している。
中国の軍事大国化も取り上げ、中国との軍拡競争を戒める(第5項)。中国は今世紀半ばまでに、世界一流の軍事大国になる目標を立てているが、「地球規模で支配的な軍事大国になるには大きなハードルに直面する」とみる。
米国は、西太平洋で中国に長期的な軍事プレゼンスを浸食されているとする一方、「これに対処する最善の方法は、攻撃的で相手の深部を叩くための兵器競争ではない。賢明な方法は、同盟国と共に抑止力を維持し専守防衛的な方法によって、米国と同盟国への攻撃を躊躇させること。同時に北京と共に危機管理努力を強化することにある」(第5項)と提言した。
第6項は「北京は世界秩序における西側の規範を弱めようとしている。だが、中国自身が数十年にわたって利益を得てきた経済的枠組みを転覆させようとしているわけではない」とし、中国へのゼロサム的対応は、「北京を現行秩序からの離脱と地球分断を勢いづかせるだけ。西側に大きな打撃を与える」と指摘した。
最後の7項は、米国自身の競争力の回復を訴えているが、全体として米中対立激化と対中敵視政策が、現在の世界システムを崩壊させかねないとの危機感を滲ませている。
<「新冷戦派」と亀裂>
公開書簡が発表されると、中国外交部報道官は7月4日、「中国は書簡の中の、理性的で客観的な見方を肯定する。中米は敵同士ではなく協力こそ唯一の正しい選択。われわれは中米関係に信頼感を抱いている」と、極めて好意的な反応を示した。
米国社会は一見すると、「中国敵視」と「チャイナ狩り」一色のように見えるが、決してそうではない。「米国か中国か」の二択論が広がる中でも、識者がきちんと発言するところに、米社会の健全さがある。
一方、トランプ政権内では、ペンス副大統領、ボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官ら「新冷戦派」は、依然として外交政策に強い影響力を持っている。彼らは、対中政策だけでなく対北朝鮮、対イラン政策をめぐり、トランプが妥協姿勢に出るのを強くけん制している。
トランプは6月、ペンスが予定していた対中外交に関する二回の演説を中止させたほか、金正恩・労働党委員長との板門店での第三回首脳会談の際ボルトンを同席させず、わざわざモンゴルに行かせた。対北核政策でもトランプは「現状凍結」案に傾斜しているとの報道もあり、政権内の亀裂が次第に顕在化している。
トランプ自身の外交の特徴は、大統領選での再選に有利な「取引」にプライオリティがある。
一方、「新冷戦派」は教条主義的である。彼らは対中貿易戦でも「中国の発展モデル」を争点化し、価値観をめぐる争いとみなす。
中国を安全保障上の「敵」とみなす限り、対立は解けないだろう。大統領と「新冷戦派」の間に亀裂が出始めたことも、公開書簡を発表した背景のひとつである。大統領選が近づく中、ボルトンらの処遇も焦点になるだろう。
<「価値観とイデオロギーの戦い」>
「新冷戦派」の観点がどんなものか例を挙げる。
米国務省のキロン・スキナー政策企画局長は4月29日、ワシントンDCで開かれたフォーラムで、中国との対立を「全く異なる文明、異なるイデオロギーとの戦いであり、アメリカが過去に経験したことのない戦い」「非白人国家と競う初めての経験」と位置付けた。
これに対し中国などアジアのメディアはもちろん、欧米メディアも一斉に批判・反発が巻き起こった。
前米国防長官代行のパトリック・シャナハンは6月1日、シンガポールの「アジア安全保障会議」で、2019年版「インド太平洋戦略報告」を発表した。報告は、アジアでの争点を「自由な世界秩序を求める」理念と「抑圧的な世界秩序を求める」理念との「地政学的競合」と位置付けた。これもまた「新冷戦派」に特徴的な観点で、「価値観とイデオロギーの戦い」という定義である。
もしそうなら、米中対立は終わりのない戦いになる。「勝つか負けるか」「生きるか死ぬか」の典型的「ゼロサム思考」。対中交渉を「取引」と考えるトランプと異なり、議会や政権の安保・情報チームの間にはこうした対中観が広がっている。
<ブルームバーグが社説で批判>
米識者だけではない。ファーウェイ排除に初めは戸惑っていた欧米メディアも、米政権の「冷戦思考」を批判する論調を掲載し始めた。際限なく激化する米中対立を嫌気し、潮目が変わったようにすら見える。
ブルームバーグ通信は5月22日、ファーウェイ排除について「単なるお粗末な計算ミス」と題した社説を発表し、「ファーウェイを破綻にまで追いやろうとするのは行き過ぎであり、極めて愚か」と書いた。
社説はその理由について次の3点を挙げる。
(1)全世界の企業が契約を失って混乱に陥り、大幅なコスト増を強いられる
(2)ファーウェイ排除を求めるアメリカの圧力に抵抗する同盟国に困惑をもたらした
(3)中国は対応策を加速させ、国内で先端技術を生産できるようになる
社説は最後に、必要なのは「中国との共存を探る大きな計画」とし、規律を乱すような行為を抑制できる新ルール作りが必要と説き、「ファーウェイつぶしは戦略的な計算ミスのようにしか見えない。それは破滅的な結果をもたらす恐れがある」と結論している。米識者の公開書簡との共通点は多い。
<「100年戦争」の愚>
極めつけは、フィナンシャルタイムズ(FT)のコメンテーター、マーティン・ウルフ氏の「米『対中100年戦争』の愚」(6月7日付「日本経済新聞」掲載)。
同氏は世界銀行を経て1987年にFT入りしたエコノミスト。その論評は各国の財務相や中央銀行総裁も注目すると言われる。
ウルフは、トランプ政権の対中政策の狙いについて「米覇権の維持だ。その手段は、中国を支配するか、中国との関係をすべて断つかだ」とし、先のスキナー国務省政策企画局長の発言を批判しながら、米中対立をイデオロギーや覇権争いとみなせば、「米中摩擦の着地点は見えない」と疑問視している。
その主張を要約する。
■ 知的財産の盗用が、米国に“多大な”損害をもたらしているとの見解は疑問
■ トランプ政権の貿易政策上の行為のほぼすべてが世界貿易機関(WTO)ルール違反。中国を不正と非難するのは欺瞞
■ 中国のイデオロギーはソ連のイデオロギーと違い、自由民主主義の脅威になるようなものではない。右翼のデマゴーグの方がはるかに危険
■ 中国の経済的、技術的な台頭を抑えようとしても確実に失敗する
ウルフは「現在起きていることの悲劇は(中略)トランプ政権が同盟諸国を攻撃し、米国が主導して築いてきた戦後体制を破壊していることだ。中国への攻撃は、正当化もできなければ、やり方も間違っている」と結んだ。
<後追いする安倍政権>
どうだろう。ほとんど「人民日報」のような論調ではないか。欧米資本主義を代表する経済紙のコラムニストが、ここまで対米批判を鮮明にするのは珍しい。それだけトランプ政権が仕掛けた「対中戦争」が常軌を逸しているかが分かる
ブルームバーグもFTも、決して中国にシンパシーを持っているわけではない。ファーウェイ排除がグローバルな部品供給網を破断し、同盟国間に軋みを生んでいること、対中制裁がWTOの紛争解決システムの破壊につながり、引いては資本主義システム自体を傷つけていることに警鐘を発しているのである。
足元に目を移すと、安倍政権も「国際捕鯨委員会」からの離脱や、韓国への半導体輸出規制強化など、トランプ政権の後追いをしているようにすらみえる。バカげた決定を早急に撤回しなければ、トランプ政権と同じく孤立の道を歩むことになる。(了)
〔『21世紀中国総研』ウェブサイト内・岡田充『海峡両岸論 第104号』(2019.07.20発行)転載〕
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<執筆者プロフィール>
岡田 充(おかだ たかし)
(略歴)
1972年慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。
香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員
桜美林大非常勤講師、拓殖大客員教授、法政大兼任講師を歴任。
(主要著作)
『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)2003年2月
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