2019年08月18日13時52分掲載
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コラム
イアン・ブルマ著” The Wages of Guilt " の邦訳タイトル「戦争の記憶」への疑問
冷戦終結から間もない頃、オランダ人の研究者イアン・ブルマ氏が書いた国際的なベストセラー”The Wages of Guilt "(1994)は日本では「戦争の記憶」というタイトルで翻訳出版されました。初版は英国で出版されています。日本とドイツの戦争責任をめぐる比較をしたルポです。しかし、この邦題、原題と比べると疑問を持つ人もいるのではないか、と思います。”The Wages of Guilt"は直訳すると、「罪の報い」(あるいは「罪の値段」)になります。Wagesは最近、厚労省の統計問題で浮上した「賃金」あるいは「労賃」と根は同じで、転じて罪の「報い」、という意味にもなります。Guiltは裁判で有罪の場合にギルティと言われるように、罪を指します。すると、本書の原題の意味は、多大な犠牲者を生んだ第二次大戦を引き起こした日本とドイツが、それぞれ、どのようにその「罪の報い」を受けたか、ということになると思います。それを知ってしまうと、邦題の「戦争の記憶」というのは、あまりにも漠然として、漂白されたタイトルになっています。
実は、”The Wages of Guilt "には副題があり、”Memories of war in Germany and Japan"です。「ドイツと日本の戦争の記憶」です。邦題ではこちらだけにしたことがわかります。「戦争の記憶―日本人とドイツ人」が邦題です。つまり、主となるタイトルは割愛して、副題だけにしたのです。その理由は何だったのでしょうか。推測に過ぎませんが、日本でできるだけたくさん売るためには「罪の報い」という言葉は、あまりにも重い、と判断されたのではないでしょうか。ではドイツではどう翻訳されたのでしょうか。
”Erbschaft der Schuld“ ( eine Untersuchung uber den unterschiedlichen Umgang mit den Verbrechen des Zweiten Weltkrieges in Deutschland und Japan)
ドイツ語の辞書を引くと、Erbschaftは(財産などの)相続という意味です。schuldは複数形では債務とか借金で、単数形では罪とか責任、負い目などを意味します。つまり、ドイツ語のタイトルを直訳すると主題が「罪の継承」(あるいは「罪の相続」)となっていました。副題は「第二次大戦の戦争犯罪に対するドイツと日本の処理の違いに関する調査」です。非常に明確です。ブルマ氏の原題から、むしろ一歩突っ込んだ解釈をしていることがうかがえます。一方、日本の場合はメインタイトルは割愛されて、「戦争の記憶―日本人とドイツ人」だけです。日本では主題が割愛され、漠然としたタイトルになっているのです。ここに日独の戦争責任の自国での引き受けの意識の違いが浮き彫りになり、本書の内容と重なってくる気がします。
ドイツでは占領国によるナチ戦犯のニュールンベルク裁判だけでなく、その後、東独でも西独でも戦犯の裁判を自ら行っています。戦後をどう始めるかに当たって、ドイツと比べると日本は戦争犯罪に向き合ったとはとても言えないものです。そのつけが、冷戦が終結した1990年代に出ており、すべては戦後、経済の立て直しだけやればいいんだ、と他の問題を封印して生きてきた日本国民の甘さにあると言えるのではないでしょうか。今、日韓でふつふつと沸いている歴史に関する論争も、今の現役世代だけの問題ではまったくないのです。あの頃は良かったとノスタルジックに思い出す昭和の戦後の復興風景の中に、すでにこの国の劣化の種がまかれていたわけですから。
”The Wages of Guilt "(1994)の抜粋
「(東ドイツの場合)1950年に行われた悪名高いヴァルトハイマー裁判では、任命された判事や検察官たちは、(ナチ戦犯の)被告たちの罪は明白であるから証人も弁護人も記録などの証拠も不要だと告げられた。これは東独で行われた一連のナチ犯罪の裁判の末期のものの1つである。その後、1957年までにあと2回、裁判は行われたが以後は皆無だ。結局、およそ3万人が裁判にかけられ、500人が死刑となった。西ドイツの場合は被告はおよそ91000人に上ったが、一人も死刑にならなかった。というのは西独では1949年に作られた憲法で死刑が廃止されたからだった」(拙訳による)
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