2019年08月24日23時48分掲載
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ミヒャエル・ハネケ監督「隠された記憶」 植民地主義の過去を直視した傑作映画
日本と韓国(北朝鮮)の間の植民地主義の過去の歴史の問題は、フランスではアルジェリアとの関係と言って過言ではない。今、日韓で激突しているが、過去に植民地支配を受けた国と、支配を行った国との間で感情のもつれが生じるのは当たり前のことである。フランスでもアルジェリアの独立を良しとしない人々は未だに存在する。このテーマを直視した映画で、日本でも公開されながら、たぶん、あまり知られていない傑作がミヒャエル・ハネケ監督の映画「隠された記憶」だろう。2005年に公開されており、フランスとアルジェリアの間に未だに横たわる亀裂を描いている。
「隠された記憶」の主人公はTVで本を扱う番組のパリ在住のキャスターで、その妻も出版社の編集者である。ウィキペディアでこの映画の説明を読んだら、「テレビキャスター」と紹介されているのだが、ハネケは明らかに「本」を象徴的に扱っていることに注目すべきだと思う。冒頭でかなり「本」のイメージが繰り返し脳裏にインプットされるように演出されているのだ。つまり、ハネケ監督は主人公のダニエル・オートゥイユを批判的に描きながら、フランスのメディアの「知」に疑問符を突き付けているのである。それは歴史の問題、植民地主義の問題、そしてそれはまさに自分の中に宿る問題でありながら、その自覚のなさを知性の欠落として描いているのである。
筋書きは細かくは説明しないが、主人公夫婦の元に脅迫的な手紙やビデオが届く。誰が投じているのかわからない。しかし、主人公は次第に自分の少年時代に同居したことがあったアルジェリア人の少年(当時)のことに思い至るのだ。その少年は主人公が同居を嫌がり、親に告げ口をして(それはアルジェリア人の少年の罪ではなかったのだが)、その少年は施設に収容されることになるのである。使用人の子供だったアルジェリア人の少年をキャスターの両親が一時、同居させていたのは少年の両親が1962年のアルジェリア独立闘争の時に、フランス官憲に殺されてしまったからだ。テレビキャスターは40年も経って、この問題を再びつきつけられるのである。その時の主人公の振る舞いが非常に暴力的であり、大人になったアルジェリア系の男と真摯に話をする姿勢がないことも絶望的なのだ。
アルジェリア人の男は40年ぶりの再会に驚き、「何か(一緒に)食うか?」と問うのだが、主人公は最初からその言葉に応じる精神状態にない。これは人間の防衛反応でもあり、相手の最も悪い可能性を想定して反応してしまうパターンである。排外主義というものは必ずこのパターンだ。いや、ことさら排外主義者でなくとも、何か外国人とトラブルが生じると、このような防衛的な精神状態に誰しも陥りがちだ。この主人公は韓国を非難している今日の日本政府要人とそっくりに見える。施設に送られた少年がその後、どのような人生をフランスで歩んできたか、テレビのキャスターはあまりにも想像力が乏しい。
ハネケはこのテレビキャスターを描くにあたって、番組収録では左翼とも右翼ともわからないように描いている。本の紹介番組なのだが、何の本かも観客はわからないだろう。収録スタジオの壁の本棚の本もタイトルのない単なるデザインに過ぎない。それでもテレビキャスターであることで豊かな生活を送り、知的人間として高い評価を受けセレブ扱いされていることがわかる。こうしたテレビの「知識人」に疑問を突き付けるこの作品はカンヌ映画祭で監督賞など3部門で賞を取った。それはサスペンスを作るハネケ監督の突出した演出力ゆえだろうが、それと同時に、いち早く現代の大きな問題に取り組んだことにあるだろう。そして、この映画には人間がいかに否定しようと、誰かがその歴史の真実を知っている、という驚くべき視点がある。
※映画のトレイラー
https://www.youtube.com/watch?v=5_ZtfuvxpEw
※この映画の公開された2005年にはパリ郊外で若者たちによる暴動が起きていた。 「フランスのメディアにおける「若者」の語り 「暴動」をめぐる「排除」の言説」(中條健志)
https://www.lit.osaka-cu.ac.jp/UCRC/wp-content/uploads/2010/03/p02.pdf
■アルベール・カミュ作 「客」 (短編集「追放と王国」から) アルジェリア戦争とフランス人入植者
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