2019年10月23日15時04分掲載  無料記事
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検証・メディア

圧力で朝鮮に核兵器を放棄させることはできない Bark at Illusions

 米朝両政府は今月5日にスウェーデンのストックホルムで実務者協議を行ったが、朝鮮半島の平和と非核化に向けた道筋をつけることができなかった。もとより米国のドナルド・トランプ大統領の融和的な姿勢に懐疑的な日本のマスメディアからは、ストックホルムでの協議の結果や最近の朝鮮政府の言動を受けて、朝鮮への圧力の必要性を訴える声が出ている。 
 
 日本経済新聞(19/10/10)の秋田浩之のコラム、『北朝鮮 核の脅威一線越す』は、その一つだ。秋田浩之は、ストックホルムでの協議が成果なく終わったことに加え、朝鮮がミサイル発射実験を繰り返していることも踏まえて、「これまでの路線の失敗」を認めるべきだと主張する。そして「北朝鮮が核弾頭の小型化にこぎつけ、日韓に届く核ミサイルを完成したとみられること」や、「日韓のミサイル防衛網を無力化しかねない複数タイプの短・中距離ミサイルを、北朝鮮が開発したこと」を理由に挙げて、「北朝鮮の核の脅威は危険な一線を越えた」と指摘し、対応策として、 
 
「まずは重い制裁を保ち、核ミサイルの増強を許さないよう圧力をかけ続けることが最低限、必要になる。そのうえで、北朝鮮に決して核ミサイルを使わせないため、日韓は米国と連携して核抑止力を高めることが大切だ」 
 
と主張する。 
 また日本経済新聞(19/10/17)の高坂哲郎のコラム、『北朝鮮、攻撃多様化へ着々』は、朝鮮が今月2日に行った潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を問題視し、朝鮮のキム・ジョンウン委員長が対話を重視するトランプを「したたかに利用」して「核軍拡を着々と進め」、「北朝鮮の核の脅威はますます手がつけにくいものになろうとしている」と警鐘を鳴らす。 
 高坂哲郎は、朝鮮がミサイル実験を繰り返す背景にはトランプの「変心」があると主張する。トランプ政権は2017年に朝鮮がミサイル実験を繰り返した際には「軍事面で『最大限の圧力』」で応じたが、その「歴史的な規模の圧力」をトランプは「自ら解いてしまった」。そして 
 
「北朝鮮に融和的な韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が米朝首脳会談を持ちかけ、トランプ氏が成算もなく乗るという『失策の連鎖』が今日の北朝鮮の核軍拡を可能にしている面もある」 
 
と高坂は説明し、「圧力をあと半年か1年続けていれば、北朝鮮は内部崩壊していた可能性があった」と述べる匿名の「日本の安保関係者」の言葉を引用するなど、圧力の必要性を訴えている。 
 
 この2つのコラムでまず指摘したいのは、著者が報道の原則を破り、一方的な見方で現状を捉えていることだ。朝鮮半島の平和に反する行動としては、米国も韓国との合同軍事演習を8月に行ったり、最新鋭ステルス戦闘機F35Aの韓国軍への納入を続けたりしているにもかかわらず、朝鮮のミサイル実験だけを問題視している。朝鮮戦争が終結していないという現状で、朝鮮政府にとってミサイル実験は単に米韓の軍事演習への反発というだけでなく、軍事能力の強化を図る米韓への対応という意味合いもあるのだから、朝鮮側の「軍拡」だけを問題視するのは世論をミスリードし、朝鮮半島を巡る問題について誤った結論を導き出すことにもつながる。 
 
 また安全保障上の「脅威」についても、両コラムは一方的な見方をしている。朝鮮政府がまともな判断を行える間は、朝鮮が核兵器を先に使用することはあり得ない。彼らは先にそれを使用した場合の結果を知っているし、朝鮮の核開発はもともと米国に対する抑止力が目的だった。だから秋田浩之が「一線を越えた」と評する「北朝鮮の核の脅威」は、米国の侵略に対する抑止力──平たく言えば米国が朝鮮を侵略する自由が制限される──という事になるが、いずれのコラムも、米国による侵略という朝鮮にとって現実的な安全保障上の「脅威」については全く考慮していない。しかも秋田浩之は「北朝鮮の核」を「脅威」として問題視しておきながら、日米韓の「核抑止力」の強化を訴えるという二重基準を用いている。 
 
 もう一つ、今回取り上げたコラムで指摘しておきたいのは、いずれのコラムも圧力が朝鮮政府に核兵器を放棄させる上で効果的だと誤認していることだ。これまでの経緯を振り返ると、圧力が朝鮮政府に核兵器の放棄を促したことは一度もない。それどころか、経済制裁や軍事的な圧力など、朝鮮に対する米国の敵視政策こそが、朝鮮政府の核開発の動機となってきた。「悪の枢軸」として名指しするなど就任当初から朝鮮を敵視してきたジョージ・W・ブッシュ大統領が朝鮮のウラン濃縮計画疑惑を理由に朝鮮半島の平和と非核化に関する米朝枠組み合意(1994年)を一方的に破棄すると、朝鮮政府は核拡散防止条約(NPT)から脱退し、それまで凍結していた核開発──米朝枠組み合意の交渉に関わった元米国務省当局者のレオン・V・シーガル氏によれば、朝鮮政府は枠組み合意に従い、「2003年までいかなる核分裂性物質も作らなかった」(ティム・ショーロック The Nation 17/9/5、酒井泰幸訳 Peace Philosophy Centre 17/9/18)──を再開した。枠組み合意と同じように朝鮮半島の平和と非核化や米朝関係の改善などで合意した2005年の6か国協議の共同声明の発表直後、米国政府が偽ドル流通疑惑やマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑を理由に朝鮮への経済制裁を課すと、朝鮮政府は反発してその翌年に最初の核実験を行った。また一般に「戦略的忍耐」と呼ばれているオバマ政権の朝鮮に対する「交渉のない圧力だけの政策」(レオン・V・シーガル、引用はティム・ショーロック、同)と、就任1年目のトランプ政権の朝鮮に対する「歴史的な規模の圧力」は、トランプが「北朝鮮に融和的」なムン・ジェインの提案に「成算もなく乗」って「変心」する直前まで、朝鮮政府をさらなる核開発やミサイルの開発へと駆り立て、東アジアの緊張を高めただけだった。 
 
 高坂哲郎は「歴史的な規模の圧力」を続けていれば朝鮮が「内部崩壊」していたという「日本の安保関係者」の見方を伝えているが、その「歴史的な規模の圧力」と朝鮮の核・ミサイル開発で2017年の朝鮮半島は緊張が極度に高まり、米朝は戦争の瀬戸際だったということを都合よく忘れている。もし戦争になれば、東アジアで数百万単位の市民が犠牲になると当時見積もられていた。 
 
 「北朝鮮の核」の問題を平和的に解決したいなら、「朝鮮の安全の保証」も考慮しなくてはならない。朝鮮政府は核兵器を放棄する条件として、米国に対して一貫して朝鮮に対する敵視政策の中止を求めている。前述の米朝枠組み合意や6か国協議の共同声明も、朝鮮の核開発の中止は朝鮮の安全の保証とセットだったし、昨年のシンガポールでの米朝首脳会談の共同声明でも、トランプによる「朝鮮の安全の保証」の約束とキム・ジョンウンの「朝鮮半島の完全な非核化」への決意が並列で宣言されている。 
 非核化が具体的に進まず、「変心」後のトランプの「これまでの路線」が「失敗」しているとするなら、それはトランプ政権がシンガポールで宣言したもう一つの重要な約束である「朝鮮の安全の保証」について真剣に検討しようとしていないからではないか。朝鮮半島の平和への確証なしに、朝鮮政府が核兵器を放棄するなどという事はあり得ない。 


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