2019年11月19日23時03分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](285)『平成30年度福島県短歌選集』から原子力詠を読む(1)「トリチウム放流の海にはさせまじと福島の漁師ら声高に言ふ」  山崎芳彦

 今回から、福島県歌人会(今野金哉会長)刊行の『平成30年度版 福島県短歌選集』(平成31年3月発行)から原子力詠を抄出させていただく。この連載ではこれまで、『福島県短歌選集』を平成23年度版から毎年、福島歌人が東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故による被災の苦難のなかで、その真実を詠い続けている作品を読み、筆者の行き届かない読みによってだが、原子力詠を抄出・記録させていただいてきた。同短歌選集は、福島の歌人が自らの生きている証を多様に、広く深い題材にわたって詠った作品の集積である。筆者が、その作品群から、これが原子力詠だと読んで抄出することについては、作者の作歌意図を捉え得ているかと思い惑うことしばしばであるが、不行き届きがあればお詫びするしかない。 
 
 平成30年度版の同選集の巻頭の「「発刊に当たって」で今野会長は、同選集が創刊以来56年にわたって休みなく継続して発刊されてきたことは「全国歌壇に対しても自負できる業績」としつつ、しかしながら会員の減少が続いていること、「原発事故に伴う避難生活が長引いていることにより作歌意欲が湧かない年う方も多数おられ、東日本大震災以降は本選集への参加者も年々減少を示していることはまことに残念なこと」と記している。「平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原発発電所の水素爆発という夢想だにしなかった事故から八年が経過した吾が県は、県民総ぐるみの努力により、幾ばくかの復興の兆しも見えますが、居住困難区域内の学校や病院の閉鎖など、事故前の環境に戻るまでには、なお厳しい状況が続いている」、「しかしながら私たち歌人は、こうした厳しい環境の下に生きている一人の人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴え…ていくべき義務もある」とも述べられている。その中には言葉では言い尽くせない厳しく困難な原発事故後の苦難の生活と、先行きの見えない事故原発の廃炉の実態、台風、地震など深刻化している自然災害によって破壊・破損された福島原発がどのような影響を受け、何をひき起こすのか、など福島で生き、暮らしている歌人の思いが込められている。先般の台風・大雨・洪水によって放射能汚染物質、除染廃棄物が「仮置き場」から大量に流出したことは、その一端といえよう。汚染水はどれだけ増えたのか、除染されていない山林から流れる雨はどうなのか、「廃炉」作業中の原子炉に降りそそいだ雨水はどうなっているのか、東電や政府の相も変らぬ「心配ない」宣伝に惑わされない、自らの生活の現実を踏まえて詠う歌人の魂がある。 
 
 さらに事故によって環境中に排出され、人々が被曝した核放射能による影響の実態の真相は明らかにされているのか、日刊ベリタの落合栄一郎氏の記事「政府とメディアがひた隠す伏島事故後の惨状 脳障害などが急増」を読めば安閑として「大丈夫」宣伝に乗せられてはいられない。 
 
 福島原発事故をなかったことにしてはならないと、福島歌人は自らの体験、現実を踏まえて詠い続けている。『福島県短歌選集』に収録されている作品群は、まことに貴重であると筆者は考え、同選集が毎年欠かさず刊行されていることに敬意を深くしながら読ませていただいている。そして、原発の再稼働、維持を推進している安倍政権とその仲間たちの悪辣で人々の生存を脅かす政治・経済の継続を許してはならないと、心に沁みて思う。 
 
 福島歌人の原子力詠を読み、記録させていただく。 
 
 
公園の仮埋め汚染土掘り起こし移し替へてる七年のいま 
 
原発の事故から七年には非ず事故は今後も果てなく続く 
                        (2首 阿部良全) 
 
この目にて見ねば解らぬことあらん原発禍の地を初めて訪ひぬ 
 
壊れたるままの家々田畑は野となり果ててつづく殺伐として 
 
百年後人々集ひ暮らす町戻りてゐるや吾は信じたし 
                        (3首 伊藤雅水) 
 
七年を経し秋の庭実生なる螢袋のむらさきに会ふ 
 
磐梯山に初雪降りぬ傷深き福島に冬の穏やかにあれ 
                        (2首 梅津典子) 
 
除染後の庭に落ちたる青柿の萼は黄みどり白土の上に 
                        (遠藤節子) 
 
フレコンのバッグ積みゐる中間地遥かに光るは原発の海 
 
朝焼けを見にきし浜に灰色の福島原発海霧(ガス)につつまる 
 
福島の嘆きを今に描く如きムンクの「叫び」を声ひそめ観(み)る 
 
七年目の春の海ひらくまなかひに福島原発にぶく光りぬ 
 
国道のさくら並木のかなたまで凪ぎてひろごる七年目の海 
 
七年を経ても搬出叶はざる仮置き土のうに菜の花の咲く 
 
飯舘村(いいたて)の人なき畑に幾千の人ら立つごと向日葵咲きぬ 
 
仮置きのフレコンバッグが十五夜の月の光に怪しく光る 
 
トリチウム放流の海にはさせまじと福島の漁師ら声高に言ふ 
 
まつ白な防護服着て原発の廃炉に働く4000人あり 
                        (10首 大槻 弘) 
 
原発が爆ぜたる後のわが廻り美田うめられ町出現す 
                        (大和田和子) 
 
この秋は蜻蛉の姿見かけざり今もつづくやセシウム汚染 
                        (加藤次男) 
 
選択といふ余地もなく貯蔵地にされゆく里の文化財レスキュー 
 
木洩れ日に小さき馬頭尊揺れて見ゆ防護服にめぐる八年目の夏 
 
避難できずいくたり逝きし病院に伸び放題の躑躅色濃く咲けり 
 
置き去りにされて死にたる人の血の如き真紅の躑躅咲きをり 
 
自然減衰したるとはいふもフロッタージュ三時間に十四μ㏜浴ぶ (マイクロシーベルト) 
 
許容時間の間際までゐて防護服脱げば靴カバーは破れてゐたり 
 
おほかたが貯蔵施設に手放しし空家に「環境省」の札立ててあり 
 
炉の底に溶融デブリの見えきたり原発古墳にさせてはならぬ 
 
古希すぎて孫の得たるを喜びぬ放射能に追はれて沈みゐし身は 
                        (9首 鎌田清衛) 
 
七年前より教訓として続くもの防災グッズ枕辺におく 
 
汚染なしと食ひし工場のサニーレタス今は隣の畑に青む 
 
線量に人ら戻れぬ町の跡風吹けば強く夏草匂ふ 
 
山隈の自生の三ツ葉クレソンを線量ひくき安けさに摘む 
                        (4首 菅野福江) 
 
ICANのノーベル平和賞受賞を聞き若き力の盛り上がりを知る 
 
授賞式にヒロシマで被爆のサーローさん体験を語り拍手鳴り止まず 
 
「原爆は必要悪ならず絶対悪‼」と廃絶を叫ぶサーロー節子さん 
 
ICANのノーベル賞受賞に米ロ英仏中の大使欠席と聞く 
 
核弾頭一万五千の現実に人間の智慧の脆弱を見る 
                        (5首 北郷光子) 
 
茸取ることも今なし原発の事故よ七年すでに過ぎしも 
                        (木下 信) 
 
汚染土の袋埋めたるわが庭に巨大たんぽぽ生えてくる夢 
                        (児玉正敏) 
 
「あの時まで普通の暮しだったの」と七年前の原発事故を言う 
 
大地震を逃げ惑いたる我が腕に時を刻める時計のありき 
                        (2首 小林綾子) 
 
遠近のフレコンバッグに積もる雪解けざるままに悪魔閉じ込む 
 
八年振り除染も終へて植ゑられし早苗田光る梅雨の晴れ間を 
                        (2首 紺野 敬) 
 
故里は遠きにありて思ふもの「山木屋」恋し吾の故郷(ふるさと) 
 
原発爆ぜて山背に乗り来し放射能は故郷山木屋の大地履ひき 
 
兎小屋のごとき仮設の六年間いつしらに蝕まれし心と体 
 
フレコンバッグ山成す山木屋に帰還せし友らの心癒ゆるは何時ぞ 
 
山木屋に帰還果たしし老い人ら吾が家はやつぱりいいなと呟く 
 
七年ぶりの時空を超えて八坂神社に三匹獅子舞ふ大地踏む音 
                        (6首 紺野乃布子) 
 
セシウムの漂ひをるや清冽な小川の流れ今朝も変らず 
 
釣人の絶えて八年夕闇の小川の流れ音のみ聞ゆ 
                        (2首 紺野 節) 
 
行き行けどみのり無き地に除染土が我れの住家と紛うがにあり 
 
みのり田が幻となる秋日和泡立草のすまし顔みる 
                        (2首 斎藤恵美) 
 
放射線の食への安全薄れゆき蕨・筍夕餉に食す 
 
桃畑を更地にしたる隣の地ソーラーパネルの工事進みぬ 
                        (2首 斎藤せつ子) 
 
 次回も「平成三十年度版福島県短歌選集』の原子力詠を読む。 (つづく) 
 
(追記) 本連載の前2回につきまして、事情により削除させていただきました。筆者としても残念なことでしたが、お詫びいたします。 


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