2019年12月19日15時49分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201912191549594

文化

[核を詠う](288)「朝日歌壇」(2019年1〜12月)から原子力詠を読む(1)「原発の燃料デブリに触れ初めたり冥(くら)くて遠き廃炉への道」  山崎芳彦

 今回から朝日新聞の「朝日歌壇」の2019年の入選作品から、筆者が原子力詠として読んだ作品を、筆者のスクラップによって読み、記録させていただく。この連載では朝日新聞社刊『朝日歌壇2012』により、2011年3月の福島第一原発事故以後の作品を記録し始めて、毎年の「朝日歌壇」から原子力詠を記録し続けている。膨大な投稿作品から週一回に発表される、選者(佐佐木幸綱、馬場あき子、永田和宏、高野公彦)各氏の選10首、計40首(共選作品もある)によるのだから、「朝日歌壇」への応募作品全体の傾向を簡単に言うことはできないが、入選作品に限っていえば原子力詠や沖縄の辺野古基地問題、憲法・軍事力強化を進める政治への批判などをテーマにした作品が多彩な視点から詠われていることに、筆者は共感することが多い。同歌壇の入選作品が映し出すこの国の「いま」を筆者なりに思いを凝らして考えさせられている。 
 
 「大量の土砂に埋もれて惨死する辺野古の海で暮らす生き物」(島田美江子)という一首があった。「惨死する」のは「海の生き物」だけであるはずがないことを、作者は痛切に思っているに違いないと、筆者は読んだ。また「空母持ち戦闘機買ひ土砂投(とう)すすでに九条なきがごとくに」(千葉俊彦)と詠い、「平和にも賞味期限のある如く歯止めの利かぬ防衛予算」(木村義煕)とも詠われている。「寄り添ふといふ言の葉は枯れて散り辺野古の海は陸になりゆく」(荻原葉月)、「ジェット機は五億円てふ八百九の見切り大根百円の夜に」(尾関由佳)…読むほどに、この国が尋常ではない政治の逆流によって危うい瀬戸際にあることを痛感するのである。以上あげた歌は2019年1月「朝日歌壇」の入選歌から抄出したものだが、短歌作品が危険を知らせる「炭鉱のカナリア」の働きをすることを、12月のいま、改めて思わないではいられない。 
 
 「朝日歌壇」の2019年1〜6月の入選歌から、原子力詠を読んでいきたい。 
 
 ◇1月◇ 
暖かいけれど温みを感じない住めど暮せど仮設なるもの 
                (馬場あき子選 東京都・東金吉一) 
 
野鳥にはアカハラ、シロハラなどがいて害鳥はいてもハラグロはいない 
                   (馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
哀(あい)と読み哀(かな)しみと読む字のありていつしか身にぞ心にぞ染む 
                 (永田和宏選 福島市・美原凍子) 
 
 ◇2月◇ 
冬空の青にうながされるように被爆アオギリ芽出しの構え 
                  (馬場選 宝塚市・萩尾亜矢子) 
 
被災地はいつ被災地と呼ばれなくなるのだろうか今日も見る凪(なぎ) 
                (佐佐木幸綱選 大船渡市・桃心地) 
 
 ◇3月◇ 
規制値を緩めただけで安全な汚染土になる数字の魔力 
              (高野公彦選 福島県伊達市・佐藤 茂) 
 
核も基地も九条も原発もなお終わらざるまま桜咲く国 
                   (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
池の端、病院の隣、公園で百袋(ひゃく)こす汚染土積む八年後 
                   (馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
原発の燃料デブリに触れ初めたり冥(くら)くて遠き廃炉への道 
          (高野・馬場・佐佐木共選 名古屋市・諏訪兼位) 
 
「持つ国と持たない国の橋渡し」なれど動かぬ被爆国日本 
                 (馬場選 近江八幡市・寺下吉則) 
 
ロボットがデブリを掴(つか)む衝撃や人智いよいよ闇へ入りたり 
                   (馬場選 福島市・美原凍子) 
 
浪江町の築一〇〇年の我が生家の予期せぬ更地に三月の雨 
                  (佐佐木選 茂原市・植田辰年) 
 
 ◇4月◇ 
あの日から八年を経てなほ帰還困難区域にわが家朽ちゆく 
              (高野・佐々木共選 国立市・半杭螢子) 
 
浴槽に常に水をば貯めておく三・一一以後の習慣 
                   (永田選 北上市・高橋和子) 
 
三月の十一日を忘れたる姑は三月十日を語る 
                  (永田選 長野市・原田りえ子) 
 
福島の夜(よ)の森(もり)の桜悲しけれ廃炉見つづけ咲くほかはなし 
                   (馬場選 下野市・若島安子) 
 
放射能染みつく墓石を寄せ囲い故郷を去る戸主春冷えの彼岸 
                  (佐佐木選 福島市・澤 正宏) 
 
フクシマの常磐線の廃駅はとり壊されて更地となりぬ 
                  (佐々木選 福島市・櫻井隆繁) 
 
招かれて行く核廃の会多し被爆者われは「看板」なれば 
                (佐々木選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
老ゆることなき死者と見るさくらさくら生者は老ゆるほかなきさくら 
                   (高野選 福島市・美原凍子) 
 
復興も原発汚水も沖縄も残ししままに新年号に入る 
                   (高野選 盛岡市・堀米公子) 
 
妻いまだ帰らぬ友に8年は直中(ただなか)わらわら電話に泣きぬ 
                   (永田選 浜松市・松井 恵) 
 
原潜を許す港の夕暮れて迎えるごとく街の灯ともる 
                   (高野選 西海市・原田 覚) 
 
 ◇5月◇ 
「被災地の視察しました」照明の写真を撮って立ち去る彼ら 
                   (高野選 相馬市・根岸浩一) 
 
原発もPCBも令和へと廃棄物処理の引き継ぎ 
                  (佐々木選 大津市・隈元庸哉) 
 
五輪熱日々昂(たかぶ)れどフクシマの隠しきれない汚染水タンク 
                   (高野選 下野市・若島安子) 
 
ゆるゆると核燃料の吊られゆくああこの刹那地震が来たら 
                  (馬場選 水戸市・中原千絵子) 
 
テニヤンは原爆二度載せ発った島こんどは基地化で弾雨降る島 
              (馬場選 福島市・澤 正宏) 
 
各地より来てゐた技師も里帰り改元連休被災地静か 
                   (高野選 相馬市・根岸浩一) 
 
風評にめげず育ちし海鞘(ほや)食めば女川湾の海かおり立つ 
                   (馬場選 仙台市・沼沢 修) 
 
 ◇6月◇ 
廃炉までなお遠からむおぼろなる令和の月が建屋照らせり 
               (高野・馬場共選 福島市・美原凍子) 
 
大震災八年を経て迷ひつつ「家屋解体申請」つひにポストへ 
                   (佐佐木選 国立市・半杭螢子) 
 
「処理」なんて言うけど核の廃棄物押し込めておく他に術なし 
                    (馬場選 岩手県・烏丸文麿) 
 
白黒に衣服を正し捲(めく)るかな被爆者名簿の風通し作業 
                   (高野選 水戸市・檜山佳与子) 
 
オバマ氏は広島へ来しがトランプ氏はゴルフに興じ大相撲観る 
                    (高野選 三原市・岡田独甫) 
 
フクシマの被災地の帰還するひとと戻れないひとみずからの責任で 
                   (馬場選 東京都・松崎哲夫) 
 
広島の惨は口では表せぬあらわせる人黙して逝けり 
                 (高野選 アメリカ・大竹幾久子) 
 
庭先に土をもくもく盛り上げて核戦争に土竜(もぐら)は備ふ 
                   (高野選 香取市・嶋田武夫) 
 
畑仕事止めて日陰で話するプラゴミのこと原発のこと 
                   (馬場選 岐阜市・後藤 進) 
 
 次回も「朝日歌壇」の原子力詠を読む           (つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。