2020年01月10日19時55分掲載  無料記事
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教育

日本国憲法と教員養成「改革」(3) 揺らぐ憲法の単位必修規程 石川多加子

 2021年1月に開始予定の「大学入学共通テスト」を巡り、英語の民間試験(2019年11月)に続いて国語・数学の記述式問題の導入見送りが決定されたことは(同年12月)、周知の如くである。文部科学省は、英語4技能(読む・聞く・話す・書く)の評価、記述式出題及び経済な状況や居住地域、障碍の有無等に左右されない受験等について議論するべく、「大学入試のあり方に関する検討会議」を設置し、2020年1月に初会合を開催するそうである。 
 
▽萩生田文科相の憲法無視発言 
 そもそも今回の紛糾と失態は、2014年12月に下村博文元文科相及び鈴木寛元同補佐官の下、安西祐一郎慶應義塾大学元学長が会長を務めていた中教審が「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について〜すへての若者か夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために〜」(中教審第177号)を答申し、大学入試センター試験に換わる「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」への英語民間試験及び記述式問題の採用を提案したことに端を発する。しかも、2016年度中の新問題案公表と2020年度からの開始まで指示していた。当初より新テストありきで計画が進行し、充分な議論も批判への誠実な回答もなされなかったからであろう。 
 
 一方、大学入学共通テストに教育産業が深く関わっている事実が広く知られるようになったのは、怪我の功名と言えようか。2018年3月、大学入試センターは「実用英語技能検定」(実施主体 日本英語検定協会 検定料 5,800〜16,500円)、「ケンブリッジ英語検定」(ケンブリッジ大学英語検定機構 9,720〜25,380円)、「GTEC(Global Test of English Communication)」(ベネッセコーポレーション 6,700〜9,720円)、「International English Language Testing System (IELTS)」(IDP:IELTS Australia ・ブリティッシュカウンシル 25,380円)、「Test of English for Academic Purposes (TEAP)」(日本英語検定協会 15,000円)、「TOEFL(Test of English as a Foreign Language)」(Educational Testing Service 235米ドル )、「TOEIC(Test of English for International Communication)」(米Education Testing Service 15,985円)の7種が英語民間試験としての参加要件を満たしていることが確認されたと公表した(TOEICは2019年6月に撤退)。 
 
 この内全国で受験可能なのは英検とGTECのみで、他は地域・会場が限定されている。GTECは、ベネッセと関連法人「進学基準研究機構」が運営しているが、同機構が設立された2014年11月の時点で、安西前中教審会長が評議員、佐藤禎一元文部次官が理事長、丹呉泰健元内閣官房参与・財務事務次官と教育再生実行会議構成員であるシンクロスイマーの武田美保氏が理事に就いていた。また、2023年度迄の記述式問題の採点業務を約61億円で受託した「学力評価研究機構」はベネッセの100%子会社であり、服部美奈子社長はベネッセの商品企画開発本部長と兼務している事実等も報じられている。 
 
 文部行政の長たる萩生田文科相は、大学入試「改革」の柱二つが頓挫した責は下村博元文科相にあると確信しているのか、更迭されず辞職もしない。それどころか、2019年10月に出演した「BSフジLIVE プライムニュース」において英語民間試験を巡り地域・家庭の経済状況によって不公平が生じるのではと問われたのに対し、「裕福な家庭が回数受けて、ウォーミングアップできるみたいなことはあるかもしれないが、身の丈に合わせて2回を選んで、きちんと勝負して頑張って貰えば」云々と発言し批判を浴びたのは、記憶に新しい。更に1週間後の衆院文科委員会では、「裕福な人達の方が有利であることを容認したのではなく、自分で精度を磨いて、是非2回を選んで頑張って欲しいという趣旨で発言した」と述べている。 
 文教行政を預かる人物とは到底思えず、憲法26条が保障する教育を受ける権利もひったくれもない言葉であり、長く記憶するべきである。 
 
 進学・就職に際し経済状況等が大きく左右する事実は紛れも無い。それに輪を掛けるのが、家庭の収入や居住地域等によって著しく不公平となり得る英語民間試験の導入である。「すべての若者が未来に花開かせる」とは、一体どのような感覚で謳ったのであろうか。なお、同相はかつて、加計学園の系列校である千葉科学大学の名誉客員教授を務めていたことも明らかになっている。 
 
▽なぜ憲法必修が必要なのか 
 入試「改革」も大学「改革」も、大学人や受験生、高校教員等の提案によるものではない。真の改革とは本来、実際に大学教育や入学試験に関係する者自らが現状の問題を認識し、少しでも良くする為に考え、議論し、計画・実行するものである。 
 
 大学人が自主的に立案し実行されたのでないことは、大学「改革」、教員養成「改革」についても同様である。前回は教養教育の軽視と変質をめぐり論じたが、教職課程においては各教科の内容を学ぶ授業が削減されている実態にも警鐘を鳴らしておきたい。1998年の免許法改正では免許基準が引き上げられたとは言うものの、教職に関する科目の最低必要単位数が増加された一方で、教科に関する科目は減らされ、かつ、教科又は教職に関する科目が新設されたのである。例えば、中学校1種免許状取得の場合、教職に関する科目はそれまでの14から19に、教科に関する科目は40から20となり、教科又は教職に関する科目が8と定められた。一般教養の軽量化に加え、教科専門科目の履修基準を半減させて専門的学識教養が充分ではない教員を生み出す下地は、この時の改正によって作られたのである。 
 
 学芸大学・学部構想の挫折と教育養成大学・学部の再出乃至改編についても言及しておく。もとより新制大学の誕生に当って「師範」を用いず「学芸大学」と命名したのは、初回で論じたように、「師範タイプ」からの脱却を目指した故である。それにも関わらず1958年には、早くも中教審が「教員養成制度の改善方策について」の中で、教員養成を目的とする大学の設置と専らそこで養成すること等を提言したのであった。実質的な師範学校復活案に対し、反対意見が多くを占めた。教員養成に特化した大学・学部では自ずから実学的教育を重んじ、教養教育を重視する敗戦後の教員養成方針に背き兼ねず、開放制原則を損なう。しかし、1965年には、北海道学芸大学・京都学芸大学等の5大学と岩手大学芸学部を初めとする全22学部がそれぞれ教育大学、教育学部と名称を変え、学芸大学・学部構想は水泡に帰したのである。同年、東北大学教育学部から教員養成課程が分離した宮城教育大学が創設されている。 
 
 ところで、教員免許状を取得するには、日本国憲法2単位を必ず履修しなければならない(教免法施行規則66条の6)。学校教育が、平和で民主的な国家・社会を築き、維持・発展させる主権者育成に大きく寄与する。教員を志望する学生は、憲法の歴史や役割、基本原理、各種人権の保障内容等を学ぶことで、自身の権利を、子ども・保護者の権利を、市民の権利を理解する。平和や民主主義が脅かされないようにするにはどうしたら良いか、人権侵害にどう立ち向かうかといったことを考え、実際に権利行使する力を身に着ける。教員となったなら、子どもたちにそのような力が育つよう指導・助言するのである。同時に、公立学校教員は子ども・保護者等にとって言わば一番身近な公権力であるから、子ども・保護者等の人権を侵害し兼ねない存在であることをも認識する必要がある。憲法99条が公務員に憲法尊重擁護義務を課していることからも、当然の要請である。 
 
 教免法制定当初の施行規則は、社会科学に関する科目の最低修得単位数とその内の日本国憲法の単位につき、小学校、中学校又は幼稚園の教諭1級普通免許状・高等学校教諭2級普通免許状の授与を受ける場合は2単位/12単位、小学校、中学校又は幼稚園の教諭2級普通免許状・高等学校教諭仮免許状の授与を受ける場合は2単位/6単位と定めていた。その後2度の改正を経ても、憲法が必修であることに変わりはなかった。 
 
 ところが、1973年に大学で学ばなくとも文部省が実施する検定試験に合格さえすれば免許状を取得出来る(大学における養成の破壊)よう改正した際(教育職員免許法等の一部を改正する法律 昭和48年法律第57号)、施行規則1条を全文改定し(昭和48年8月9日文部省令)、一般教育科目の単位修得方法を削除してしまった。これにより、大学では教員志望の学生に日本国憲法履修義務が課されなくなったのである。 
 
 教免法改正が審議された第71回国会では、加藤進議員(共産党)が検定試験制度に関し「憲法学習というのがどこに規定されているのですか」「今度の検定制度の改正によって憲法学習を含む一般教育科目36単位が削られたということはどういうことですか」等と質問したのに対し、木田宏文部省大学学術局長はこう答弁している。 
 「今度、資格認定試験の制度を省令をもちまして現在ありますものと同様に明確に規定をいたしてまいりますが、その際に一般教育の内容として必要な試験科目を資格認定試験の制度として明確にしていく所存でございます」・「今日も施行規則の中で大学教育における一般教育の科目の中で教員について特に必要なものにつきましては、36単位の中にありましても、なお憲法でありますとか、あるいは心理学でありますとか、そういう必要単位は省令の中で36単位の履修区分として書かしていただいております。でございますから、今後大学におきます一般教育と同じ程度の教育を履習しておるということを資格認定試験の場合には要求することになるわけでございます」 
 
 この後文部省は、日本教職員組合を初めとする諸組織等から強い抗議を受け、各国公私立大学長・指定教員養成機関の長に宛てて「教諭の普通免許状を取得しようとする学生の一般教育科目の履修について」(文大教第463号 昭和48年11月9日)と題する大学学術局長通達を発出した。以下がその全文である。 
 
 <教諭の普通免許状を取得しようとする学生の一般教育科目の履修について> 
 教育職員免許法等の一部を改正する法律(昭和四八年法律第五七号)の施行については、さきに昭和四八年八月一三日付け文大教第三六一号をもって通達したところであります。 
 この改正法により、教育職員免許法第五条別表第一および別表第二の規定中、一般教育科目の最低修得単位数の規定が削除されたことに伴い、教育職員免許法施行規則第一条の規定も改められ、一般教育科目として「日本国憲法」、「倫理学」等の科目を修得することとしていた改正前の同条第三項および第四項の規定も削除されました。 
 しかしながら、教員となる者の一般的、基礎的な教養として、これらの科目の内容をじゅうぶん身につけさせる必要があることはもとよりのことでありますので、各大学等にあっては、教諭の普通免許状を取得しようとする学生のための教育課程については、従前どおり、これらの内容を含めて編成し、適切な指導を行なわれるよう、念のため重ねて通達します。 
 
 同通達の下で各大学は、教員免許状を取得しようとする学生には従前通り日本国憲法の履修を必修とする扱いを継続していった。とは言え、大学生に日本国憲法履修を義務付ける法的根拠は消滅したのである。学校教育を担う教員は、恒久平和主義、主権在民といった憲法的価値の体得と具体的実現に向けた役割は小さくない。その教員を目指す者に日本国憲法の単位修得を課さないのは、憲法への嫌悪と憲法教育の意図的排除に基づくものであると言わねばなるまい。 
 1973年の教免法改正時に文部大臣は、ポツダム宣言受諾に備え、戦争犯罪人を出さないために公文書焼却の命令書を書いた奥野誠亮氏である。竹下登内閣において国土庁長官を務めた時には日中戦争について「日本に侵略の意図は無かった」と発言して批判を浴び辞任しただけでなく、「従軍慰安婦は商行為だ」、「軍は戦地で交通の便をはかったかもしれないが、強制連行はなかった」等とも公言したことで知られている。 
 
 1988年、臨教審の最終答申「教育改革に関する第4次答申」(昭和62年8月7日)を受け、免許状の種別見直しと修得単位数増加を主な内容とする教免法改正と(「教育職員免許法等の一部を改正する法律」法律第106号 昭和 63 年 12 月 28 日 )、それに伴う施行規則改定により(「教育職員免許法施行規則等の一部を改正する省令」平成元年3月22日文部省令第3号)、日本国憲法の単位必修規定が復活した。 
 
▽国会での質疑応答 
 臨教審の同答申に基づくいわゆる臨教審6法案が議論された第112回国会において嶋崎譲衆議院議員(社会党)が、「教員養成の単位の科目に憲法を必修にするという考えはありませんか」、「今の憲法に基づいて並行してできている教育基本法の社会教育並びに学校教育を含めての教育権というものの理解をきちんと持たない教師が現場に育っていいのですか。そういう意味では指導して取れるようにする話じゃなくて、憲法という科目は必修にしておくべきだと私は思う。それが日本国民として、現行憲法の中で教育を受ける人間、教育する人間、教育者の使命だと私は思う。公務員は憲法を守れと書いてあるわけですから」といった注目すべき質問を行なっている。 
 
 これに対し、加戸守行文部省教育助成局長は以下の答弁をしている。 
 「かつて憲法が必須であった時代がございますが、御承知のように一般教育科目の弾力的取り扱いということで、これは全般的に一般教育の基準がやわらかになりましたときに、この教員養成の関係もそれと連動いたしまして、一般教育科目の内容の制約は受けなくなったわけでございます。しかしながら、そのときに文部省といたしましては、教員養成につきましては憲法をなるべく開設し修得させるようという指導通知を行っているわけでございまして、現在、教員養成学部関係につきましては多くの学校においてそれぞれ憲法の科目を開設しているところでございますけれども、まだ開設していないところあるいは指定養成機関等もございますので、今後ともそういった方面に力を入れて指導してまいりたいと考えております」 
 「憲法は一般教育科目の中で修得いたしますので、先生がおっしゃいました御意見まことにそのとおりでございますし、いわゆる教員養成学部に関しましてそのような措置をとる、あるいは修得すべき単位の中に、一般教育科目の中に憲法を必ず含めるような形ということは可能ではございますが、現在開放制の制度をとっておりますので、一つの例でございますが、例えば理工系の学部へ行かれて一般教養をとるときに、将来私は教員になるんだという場合、既にその段階で憲法を必ず修得するというようなシステムになるのかどうか。そういったような開放制の原則をとっている現在の問題等いろいろございます。そういった点で、今の方向としましては、先生おっしゃいますように私どもも憲法を当然修得すべきものだという考え方でございますが、それを全部義務化をする、例えばこれは文部省令で不可能ではございませんけれども、そういった場合に、今開放制の原則でいかなる学校でも教職単位を取って教員になれるシステムの中で、一般教育の段階で既に憲法を修得しろということを義務づけることにつきましては、関係方面ともあるいは養成機関とも十分相談をさせていただきたいと考えておりますが、基本的なお考えにつきましては私どもも同様に理解いたしております」 
 
 なお、加戸氏はこの約30年後、岡山理科大学が国家戦略特区事業として獣医学部を新設するに際し安倍首相が便宜を図ったのではないかと疑惑がある加計学園問題で、名が挙がることとなった。愛媛県知事時代に今治市への同学部誘致を申請した本人であることは既知の如くである。                                          (つづく) 


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