2020年01月26日14時45分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](292)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から原子力詠を読む(2)「核汚染十万年とぞ合歓花(ねむばな)の眠っても眠っても手繰りきれざる」 山崎芳彦

 前回に引き続き波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を読む。原子力詠をということで、筆者の読みによって作品を抄出させていただいているが、筆者には波汐さんの作品のほとんどすべてが、福島第一原発の過酷事故とかかわっている、切り離しては読めない。東日本大震災・大津波が人びとにもたらした災厄は、福島原発事故による被害との複合災害であり、原発事故によって人々がどのような状況に追い込まれ、苦悩を強いられたか、現在・未来にわたっての苦難と不安を強いられているかを思いつつ読まないではいられない。そして福島の現在と未来をとおして、この国の今日と明日を思わないではいられない。波汐さんの一首一首はそのような作品だと思う。歌人の大仕事を、波汐さんは続けている。「復興五輪」などと虚言を振りまき、真実かくしを続ける原子力マフィア勢力と真反対の大仕事である。 
 
 波汐さんは福島の人々の現実と未来を詠いながら、この国が直面している現実とこれからが抱えている深刻な、さまざまな問題を、その確かな感性と、磨き研ぎ続けている短歌表現により、発信し続けている。「頑張るぞ九十四歳うたをもて福島おこしにわれはつらなる」と詠う波汐さんは福島にとどまらずこの国、人々のありようを問うている、呼びかけていると思いながら、筆者は波汐短歌を繰り返し読んでいる。その波汐さんの福島の地、人々、さらにそれを超えたこの国への思いの強さ、それは今を生きているこの国の人びとの生きよう、安穏と受け入れて終いがちな「文明」や危うさを押し付けてくる政治、経済の支配権力の容認に対する、波汐さんの短歌表現による問いかけ、異議申し立てであると思う。歌人である波汐さんの、心優しく、強靭で透徹した呼びかけを読み、応えたい。 
 
 ◇磐梯の胸(抄) 
磐梯は重きを負えり福島の今をし負えり背(せな)沈むまで 
 
身ぬちまで盗(と)られし如き磐梯の爆ぜ痕(あと)に立ち ふとよろめくも 
 
そびらだけ残る磐梯 ふくしまの怨みつらみも爆ぜしばかりに 
 
この国の明日も見ゆるや熊笹の葉のざわざわと透く処より 
 
汚染土の山累々と遣り場なき人の心の遠く連(つら)なる 
 
除染土の山移すとう果てしなく積める怒りを運びゆくとう 
 
あかめ柏 あかんべの垣連ねつつ原発はもう寄せつくるまじ 
 
被曝後の福島に愛(め)ずるもの無きを何をし愛でん水引の花 
 
 ◇羽黒権現の鉾(抄) 
   (羽黒権現が鎮座する福島市の信夫山は柚子産地でもある。) 
 
被曝せし柚子(ゆず)食う友よ福島のセシウムを呑むその咽喉暗し 
 
羽黒権現 罪なき人に仇なせるセシウム討たんこの雪深野 
 
福島や汚染土の山次々に手繰ってもたぐってもまだ冬である 
 
この街に薔薇咲き薔薇の花明かり被曝虚ろのうつつを照らす 
 
六魂祭に羽黒権現のわらじもて被災ふくしまの心起(た)たすも 
 
馬酔木(あせび)咲く村に生(あ)れしを酔い痴れて原発愛でし悔いの深さよ 
 
 ◇四季楽句(その一)(抄) 
村興しに一(ひと)役買うを水芭蕉 尽くることなき仏炎苞ぞ  (夏) 
 
花火爆ず 六魂祭の其(そ)が爆ぜぬ一発奴(やつ)をなぐったような 
 
被曝地に生くる証しか一すじに宙をし攀ずるのうぜんかずら 
 
カンナ燃ゆ直(ひた)に燃ゆるを率(い)てゆかんセシウムという大蛇(おろち)討つため 
 
揺り上げよ揺すぶり上げよ朱(しゅ)のカンナ被曝福島の鬱(うつ)の底より 
 
「海開き」あらぬこの浜陽炎の透きて見ゆるや被災の死者も 
 
福島よ めそめそするな夕顔のはな一斉に嗤(わら)う夕べや 
 
ふくしまに向日葵のはな陽炎のゆらゆら 立ち泳ぎしている真昼 
 
福島やうつくしまなんて遠尾瀬の風に小さく揺るる浮島 
 
紫蘭しらん福島に咲き 福島の事は知らぬというも交じるや 
 
浜昼顔 津波が攫い残ししを噫(あな)平成の福島もまた 
 
何でそんなに急ぐ文明 風そよと山百合の花が笑う昼です 
 
復興へ力借りたし蟻の列 瓦礫より出(い)で瓦礫に入(い)るを 
 
高台に電柱トンボ群るる見ゆ被災のこころ乗せて翔(と)べ翔べ 
 
 ◇ぶらんこを漕ぐ(抄) 
福島に鞦韆(ぶらんこ)こぐを足蹴りの噫(あな)メルトダウン容(い)れし景はや 
 
公園のぶらんこを漕ぐ 夕焼けの空の向こうにフクシマを蹴る 
 
唯一人ぶらんこ漕ぎて足に蹴るセシウムまみれの夕焼け空を 
 
夕空に鞦韆を漕ぐ この国の向こうに蹴るはいくさなるべし 
 
 ◇生家の古井戸(抄) 
井戸の蓋重き上ぐれば遠祖(おや)の底ごもる声聴きし思いす 
 
寝ても覚めてもデブリが重し原発のメルトダウンのうつつの底い 
 
被曝地の受難が至福となる日あれ喇叭水仙ののラッパに呼ぶを 
 
 ◇野馬追 
  (野馬追は福島県相馬地方で、騎馬武者姿の若者達が神旗を奪い合う催 
  事。) 
 
復興へ野馬追の野馬ひとしきり鞭打て鞭打て遠光るまで 
 
福島を起(た)たさん力ありありと野馬追の野馬反りのたしかさ 
 
神旗争奪 ふくしまの地に争うを核融合の旗にはあらじ 
 
被曝禍に負けてたまるか起き掛けのわれより一頭の奔馬跳ね出(い)ず 
 
草深野セシウム深野抜けたきをおお、さ緑の駿馬となろう 
 
烈風に私の明日が見えてくる 翅のある馬撓える奔馬 
 
 ◇文明論(抄) 
文明の名のもと滅びの道急ぐアダムとイブの裔なるひとら 
 
新幹線又速まるか人類の終点がずんずん迫りて来るを 
 
人類はなぜに急ぐの 人類の景がうしろへ遠退きゆくに 
 
この道は引き返せぬか太陽のいのち盗むを文明と呼び 
 
核汚染十万年とぞ合歓花(ねむばな)の眠っても眠っても手繰りきれざる 
 
過疎へ過疎へ原発運びし六号線ああ災いを運びたりしか 
 
原発のメルトダウンのその重さ福島がまだ戻って来ない 
 
ベラルーシ視察の友の土産なるウォッカ飲めば火を吐くわれぞ 
 
福島に原発汚染水汲む井戸の汲んでも汲んでも尽きぬ怖れや 
 
 次回も「波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を詠み継ぐ。     (つづく) 


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