2020年01月29日01時49分掲載
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ロバート・O・パクストン著「ヴィシー時代のフランス 対独協力と国民革命 1940−1944」
ロバート・O・パクストンと言えば、フランスにおける対独協力の歴史に戦後いち早くメスを入れたアメリカ人の歴史学者です。「ヴィシー時代のフランス 対独協力と国民革命 1940−1944」はまさに彼の代表作の1つと言っていい分厚い研究書。翻訳者の一人、渡辺和行氏によると、1972年に本書はアメリカで出版され、翌年フランス語に翻訳されて出版されたとされます。1945年の戦争終結から本書が出るまで27年も経っていた事には事情がありました。その間、フランス人たちはナチ占領時代の記憶を、自分たちは対独レジスタンスの側に立っていたのだ、という風に思いたかったと言うのです。実際には本書で指摘されているように、1940年のドイツ軍への敗北後、ナチスドイツと妥協したいペタン元帥のヴィシー政府は自ら進んでナチスと欧州新秩序を構想したり、自らユダヤ人の排斥を進んで引き受けたりという事実がありました。
一昨年に来日したフランスの歴史学者アンリ・ルッソ氏が語っていたように、これは自分にとって都合の良い記憶だけを選択してその他を忘却する、という形の作業が戦後フランスで行われたことを意味します。それゆえ、ルッソ氏は選択が行われる「記憶」と客観的な「歴史」とは異なるものなのだと語りました。翻訳者の渡辺氏が語っているように、戦後フランスではドゴールのレジスタンス神話が長く支配していたため、ドゴール時代の終焉を待って初めて、冷静に占領時代を振り返ることが可能になったとのことです。とはいえ、それすらアメリカ人の歴史学者が先鞭をつける、という形になったのです。ロバート・O・パクストン氏には「ファシズムの解剖学」という著書もあり、ファシズム国家の比較分析を行っていますが、極めてブリリアントな歴史学者です。
本書が貴重なのは、まずヴィシー政府という日本人にはわかりにくい政治体制について、かなり詳しく記載されていることです。映画「カサブランカ」をはじめ、戦時中のフランス人を描く映画ではヴィシー政府が常々登場しますが、なかなか理解しがたいものがありました。とくにヴィシー政府の要人にどんな人物がいたか、そしてどんな構成だったのか。また、ドゴールや社会主義者、あるいは極右勢力や保守派との位置関係はどうだったのか。彼らの提唱した新体制とか、国民革命とはなんだったのか。これらの要素はフランス=自由とひとくくりにしがちな見方を改めさせ、フランスにおける葛藤を見せてくれます。そして、その葛藤はのちのアルジェリア独立の時とともに、フランス人を考えるうえでの貴重な情報を提供しています。一昨年、歴史学者のアンリ・ルッソ氏が来日した時に一緒に登壇したのが本書の共訳者の剣持久木氏であったことも記しておきます。
村上良太
■歴史家アンリ・ルッソ氏の来日講演 「過去との対峙」 〜歴史と記憶との違いを知る〜
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