2020年02月02日07時49分掲載
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文化
フランスから来日、エディ・デュフルモン氏が中江兆民とフランス共和主義について熱弁
中江兆民と言えば「東洋のルソー」と呼ばれ、フランス革命の思想家であったルソーの「社会契約論」(民約論)を翻訳した人として知られています。とはいえ、私の中江兆民に関する知識はそこで止まっていました。ですから、フランスのボルドー・モンテーニュ大学から来日して、昨日、東京の日仏会館で中江兆民について熱く語ったエディ・デュフルモンさんのことを書きたいと思います。そもそもフランス人がなぜルソーを翻訳した中江兆民にそこまで情熱を注ぐことができるのか?ということが私にとって好奇心でもありました。デュフルモンさんの知的動機はどこにあったのだろうか、と。
まず驚いたのは、エディ・デュフルモンさんが兆民が漢文に翻訳した「民約訳解」(1882)をフランス語に翻訳して出版した、ということです。もともとフランスの思想家が書いた原書があるにも関わらず、デュフルモンさんが兆民が漢文に翻訳した「民約訳解」を再びフランス語に訳した動機は、デュフルモンさんによると、「翻訳」とは機械が画一的かつ自動的に言葉を変換するようなプロセスではなく、そこに翻訳を行った中江兆民の思考が反映しており、それゆえ翻訳の中に兆民が主体的に吸収した内容が凝縮されている、ということにあります。逆に兆民が関心をもたなかったり、疑問を感じた点は薄まったり、カットされたりするのです。実際、「民約訳解」は「社会契約論」を全訳したものではなく、抄訳であり、どこを訳してどこを捨てるかといった選択自体から、中江兆民の取捨選択が働いていたのです。デュフルモンさんはこうした思想が国境を越えてどのように伝わっていくのか、そのプロセスを明らかにしたいという知的動機を持っているということでした。
私が次に面白く思ったことはルソーが「社会契約論」を書いたのは1762年であり、1789年のフランス革命の27年前で、一方、中江兆民が明治維新のさなかフランスに留学したのがフランスが1871年(明治4年)で、前年に皇帝だったナポレオンの甥のルイ・ナポレオンが退位し、憲法を改正して、いわゆる第三共和国になったばかりだったことです。日本の明治時代のスタートは、偶然でしょうが、フランス第三共和政のスタートとほぼ同時期だったということです。
つまり、中江兆民にとってルソーは同時代の思想家ではなくて、すでに100年以上のタイムラグがあり、フランスも革命の後、ナポレオンが皇帝になったり、王政に戻ったり・・・と言った紆余曲折を経ていたことです。ですから、この100年余りの間にフランスにおけるルソーの批判的研究も進んでおり、中江兆民が影響を受けたのはルソーばかりでなく、相当程度、フランスの同時代の思想家や研究者、法哲学者たちからも刺激を受けていたことでした。そして、兆民は帰国後、自ら開いた仏学塾の弟子たちにこうしたフランス思想家たちのテキストを数多く訳させたり、もちろん自分で訳したりしながら、ルソーの批判的吸収を行っていたとされます。兆民が翻訳したフランス知識人たちは1850年代から1870年にかけての30年間(つまりは1852年のルイ・ナポレオンのクーデター以後の30年ほどでしょうか)に活発に活動した人々であり、彼らは本質的に共和主義者であり、リベラルな社会主義を志向していた人々だったようです。それはつまり、1870年に普仏戦争に敗れて退位を余儀なくされたルイ・ナポレオンを批判する知識人だったと言えます。兆民はこれらの知識人をプリズムにして、ルソーを読んでいたらしいのです。
こうした話をエディ・デュフルモンさんから直接聞きながら、「東洋のルソー」と一言で言っても、今はさらにその先を見つめる時代に来ているのだな、などと我ながら思いました。フランス第二帝政(甥のルイ・ナポレオンが皇帝だった時代)の時代に共和政に戻る道を模索していたフランスの知識人たちと兆民はつながっていたのであり、そのことは実にアクチュアルな意味を今日の日本で持ち得ると思います。デュフルモンさんの研究は実に興味深いですし、今後も注目したいと思いました。
村上良太
■自民党憲法改正案「第十三条 全て国民は、個人として尊重される」(現行) ⇒「第十三条 全て国民は、人として尊重される」(改正案) 個人と人の違いとは?
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■ジョン・ロック著 「統治二論」〜政治学屈指の古典〜
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■ジャン=ジャック・ルソー著「社会契約論」(中山元訳) 〜主権者とは誰か〜
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■フランスの社会学者メラニー・ウルスさんの見つめる日本の「貧困」
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■政治闘争の勝敗を最初に決めるのは言語をめぐる闘い ガエル・ノアン (Gaelle Nohant 作家)
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