2020年02月13日15時03分掲載
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文化
[核を詠う](294)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から原子力詠を読む(4)「被曝禍に妻逝きわれの独り居に今宵も風がノックするらし」 山崎芳彦
波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を読んで来て、今回が終りになる。福島原発の過酷事故によって、国内にとどまらない世界的な、現在にとどまらない人間のみならず命あるものの未来にわたっての核の深刻な危険が、より明らかにされたにもかかわらず、核エネルギー依存の政治・経済支配者の核兵器も含んだ原子力社会の継続への姿勢は変わらないなかで、福島の歌人・波汐さんが「原発爆ぜ悔いても吠えても戻らぬを失いたりしものの重たさ」、「核融合成る世紀とぞ陽(ひ)のほかに陽をしつくらば其(そ)に焼かれんを」…と詠い、「頑張るぞ九十四歳うたをもて福島おこしにわれはつらなる」と第十五歌集『鳴砂の歌』を編まれた作品を読ませていただいたことへの感謝の思いは深い。
今回の抄出歌には「老妻の声こぼさぬように」、「病獄の虜囚」、「妻逝く」,「花罪の召使」、「虎落笛」の小題の中の作品を多く掲出させていただいた。波汐さんの亡き夫人・朝子さん(平成三十年九月に逝去)を詠った歌に、筆者は改めて心を打たれた。波汐さんとともに歌人としてすぐれた果実を実らせ、遺した故・朝子さんの遺業の一端は、この連載の275回に「波汐朝子歌集『花渦』を読む」と題して記録させていただいたが、「核マークつけし原発の扉(ドア)のまへ放射痕ある胸騒ぐなり」、「原爆の雲に重ねしダリの絵に半世紀前の廣島が顕(た)つ」などの歌が思い起こされる。また、波汐さんが編集・発行人である季刊歌誌『翔』にも毎回作品を出詠されていたが「三十三年前癌に克ちたる吾なるに又も癌とは被曝の故か」、「『われよりも先に逝くな』と卒寿をば越えし夫より鞭打つことば」をはじめ多くの作品を読ませていただいた。(歌誌『翔』に掲載の波汐朝子さんの多くの原子力詠は前記の本連載275回に抄出させていただいた。)
波汐國芳さんの『鳴砂の歌』に収められた亡き朝子さんを詠った作品はもとより、ともに福島に生き、福島を愛し大切にする、原発事故により苦難の中にある現実をしっかりと全身全霊で受け止め、短歌人として、真実を生きる人間としての歌(訴え)であると思う。原子力社会を維持しようとする者たちに対する人間としての怒り、福島の現実を踏まえ、福島の枠を超えた歌人の作品を大切に読みたい。
◇福島が見える処(抄)
福島やうつくしまとぞ煽(おだ)てられ気化され遂に暁を爆ず
われの目に燃ゆる西陽の極まりの透きて原発事故も見えしや
ああ我ら悪きをせぬに科さるるや福島の刑 シシフスの刑
原発爆ぜ人住まぬ町駆くる猪(い)のわらわら縄文時代を連れ来
瑠璃沼や瑠璃の目ひらけ うつくしま遠き福島見えてくるまで
ふくしまに森が戻るか工房のこけしが其処で招いたからね
布引の発電風車回る回る空のあかねも巻き取りながら
(郡山市湖南町の布引高原には風力電車の風車三十三基が立ち並ぶ)
福島やセシウム深野限りなし累々と小さな明日つらなりて
駅伝の走者次々出(い)でくるを復興通りの奥処遠見ゆ
福島の今を不毛と言う勿れ分けても分けても愛しき深野
甦る六号国道爽やかに元のふくしま還して下され
ああ福島未(ま)だ戻らぬか信号のその又向こうも赤が連なる
原発爆ぜ悔いても吠えても戻らぬを失いたりしものの重たさ
福島やフレコンバックのセシウムら連なりて見ゆ 閃きて見ゆ
吾妻山 小富士の火口豊けきに私のマグマも容れてくれるや
◇老妻の声こぼさぬように(抄)
花火爆ぜ傾く空ゆこぼるるか福島の闇 わが鬱の闇
蓮華沼に架かる木道を渡りゆく老鶯の声こぼさぬように
甦る尾根の息吹きを受け止めん雨にも負けず起(た)つ心こそ
ああ福島覚めよ覚めよと合歓の樹の睡りかさかさこぼるるまで揺る
うつくしまなんて煽(おだ)てに乗ったけど猿が運転するバスだった
◇病獄の虜囚(抄)
ああ妻は魚になりしか病み臥すを鰭(ひれ)のようなる器具つけられて
病む妻の何告げたきか虫の息のその声聴かん補聴器を買う
病妻(つま)の声 命限りのその声を補聴の耳に掬う夕べや
かたわらに妻病み臥すを目つむればざぶりと攫う塩屋の海か
(塩屋の海は塩屋岬のある薄磯の海。そこは三・一一震災の爪痕が生々し
い。)
病獄に汝(なれ)が吠えれば山犬の貰い吠えするわたくしである
病む妻よそよ吹く風も鷲づかみがばと起(た)て起て猛暑の部屋より
夜(よ)の深み妻のいのちと向き合うを覚めて冷えゆくわれの背(せな)ぞや
◇妻逝く
ああ汝(なれ)は終(つい)の馬鹿だねわたくしを終の独りにして逝くなんて
掛け替えなき妻を失いきりきりと烈風のなか撓えるこころ
汝(な)が逝けば雨後の萱原泣き濡れてあんあん赤子となりいるわれか
逝く旅の妻は黄泉路(よみじ)にかかるらし閃く髪を靡かせながら
妻逝きて何にも残らぬ爽やかさ残れるものは歌だけである
百日紅華やぐ道を走りつつ そのまま私は黒蝶になる
手をかけて引けばわたしも隠るるや妻葬る日の重き曇天
癌ゆえに逝きにし妻ぞ被曝地の福島に住み逝きにし妻ぞ
夜の更けを起きよおきよと祭壇の妻の骨壺揺すりてみるも
妻が逝き年逝き強き風ゆきて鞴(ふいご)ふうふう火興(おこ)すような
被曝禍に妻逝きわれの独り居に今宵も風がノックするらし
蛍火の消えつ点(とも)りつ遠退くをかつがつ彼の世に着きたる汝(なれ)か
凌霄花もうすぐ咲くね樹の末(うれ)ゆ黄泉の妻にも声かけなされ
◇花摘みの召使(抄)
汝(なれ)の翅隠せば良かった わたくしを残して他界へ翔(と)び立つなんて
わたくしの不覚の一つああ汝(なれ)の終(つい)のさよなら聴かなかったね
さらばさらば風に言わせてああ汝は雲の向こうへ逝ってしまった
天国の新参(しんざん)汝は花摘みの召使にしされておらがや
◇虎落笛(抄)
黄泉の世に離(さか)りし汝(なれ)の愛しさを奪い返さん我が手力男(たぢからお)
被曝禍の妻逝き 我の病獄の何の罪科ぞダンテに問うを
被曝禍の嘆き入れてや虎落笛たかまりてゆく楽(がく)と思わん
木枯しは夜更けの奏者 病獄に妻の咽喉(のみど)ぞ掻き鳴らしたる
ムンク画の「叫び」見つけし部屋隅の其処よりわれの今日が始まる
稲妻の一閃きに走りゆく人影が見ゆ他界の汝(なれ)か
我が歌の終(つい)を結ぶに老い獅子のうおーとひと声吠える間(ま)残す
次回も原子力詠を読む。 (つづく)
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