2020年03月06日14時43分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](296)『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』から原子力詠を読む「一つでも誤魔化しあればまた起きる故郷うばひし原発事故よ」 山崎芳彦

 塔短歌会・東北発行の『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』(2019年7月11日刊)を読み、筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出させていただくのだが、塔短歌会の東北にかかわるメンバーが2011年の東日本大震災にかかわって詠った作品から「原子力詠」を抄出するのは、あの大震災・津波のなか福島第一原発の過酷事故が起き広範な地域にさまざまな形で災厄をもたらしたことを思えば、筆者の読みのつたなさ、力量が、作者の作歌意図を受け止め切れていないことによる不十分さが少なくないかもしれないと懼れている。不行き届きについては心からお詫びせざるを得ない。 
 
 この『2933日目』は、東日本大震災から99日目に塔短歌会の東北に関わるメンバーによる歌会での歌をもとに編んだ『99日目』にはじまり、以後一年ごとに『366日目』、『733日目』、『1099日目』、『1466日目』、『1833日目』、『2199日目』、『2566日目』の続編として刊行されたことが「はじめに」で記されているが、この「核を詠う」連載で読ませていただくのは、筆者の原子力詠蒐集のつたなさを、まことに恥じ入るしかないが初めてのことになる。思ってみれば、東北には東北大震災時に被災し、辛うじて大事故には至らなかった東北電力の女川原発があり、東通原発、大間原発の計画、さらに六ヶ所村の再処理施設など、原子力に関わって深刻な問題があり、地震・津波をはじめ自然災害と原子力の複合災害について、福島を教訓に多くの人々にとっての大きな関心事であろう。各地で反原発・原子力の闘いもある。 
 
 最近では、女川原発2号機について原子力規制委員会が新規制基準に適合するとして再稼働に向けての「合格」決定をし東北電力は2021年再稼働を目指している。東日本大震災時の女川原発の危機的事態、多くの人々がきわめて危険な状態に直面させられ、現在も強い不安を抱いているにもかかわらず「合格」するための「対策」を持って再稼働への道を開く原子力規制委員会、その背後の経産省、そして政府の原子力推進路線によって、女川原発2号機が福島第一原発と同じ沸騰水型炉の最初の再稼働のケースになることを、地元立地自治体はもとより事故があればその被災を蒙ることになる広範な東北の人びとによって、「合格」を無効にする運動が早急に高まることを願う。筆者は茨城県民であり、日本原電東海第二原発の再稼働問題に直面している。現在の安倍政権、そしてそれを支えている経済成長至上主義の経済界を核とする原子力マフィアとのたたかいは容易ではないが、原子力依存社会に未来はない。 
 
 そのようなことを思いながら『2933日目』の原子力詠を、読んでいきたい。なお、作品のあとに記されている作者の随想からの引用も一部させていただいた。(『2933日目』には、17人の歌人が各10首と随想が収録されているが、10氏の作品、36首を抄出させていただいた。) 
 
 
三つ四つの強国つよき武器を持つもぐら叩きをするに便利な 
 
災いを語ればくるしくなる連鎖あまたの人の心にふかく 
                    (2首 仙台市・歌川 功) 
 
除染され廃棄処分の土嚢積み八年過ぎ来ゆくえどうなる 
                    (宮城県柴田町・及川綾子) 
 
福島の人に電話で怒られる業務に大抜擢される我 
 
「何を今さら生活再建支援だ」と言われ「そうですよね」と答える 
 
ふるさとを危ない町と思われて冬の小さな月を見上げる 
 
帰ろうとすれば帰れる女川の白き駅舎の屋根の羽ばたき 
                   (4首 仙台市・逢坂みずき) 
 (作者は女川町の出身。「中学の時に町から配られたハンカチがある。津波に濡れたのでシミがついている部分もあるが町のキャラクター『シーバルちゃん』と特産品の秋刀魚と『原子の灯りのふるさと女川」というロゴがプリントされている。/子どもの頃から女川原発が身近にあり、避難訓練も当り前のこととしてやっていた。そのためか、逆に福島の原発事故について真剣に考えていなかった。/しかし、この一年、仕事で避難者数十人と話す機会があったこと、盛岡の友人が女川原発勤務に配属された恋人と別れたことなどから、事故の重大さを改めて感じた。」と記している。) 
 
あの海はいつ泳げるやうになるならむ海の蒼さの原点にある 
                     (仙台市・大沼智恵子) 
 
セシウムは柔(やは)けき花・実に溜まりゆく被曝で孵らず小鳥の卵 
 
「…から八年」誤つ言葉かこれからも出来事はまだ続くinℊ(アイエヌジー) 
 
一つでも誤魔化しあればまた起きる故郷(ふるさと)うばひし原発事故よ 
                    (3首 仙台市・尾崎大誓) 
 
予兆予感ことばにすれば薄ら寒く冬の日記は雪を言ひたがる 
 
ぼろぼろと不安に負けてゆく日々を清々と畔にひらく蕗の薹 
 
着実に廃炉は進んでゐると言ひ良いビジネスに育てたいと言ふ 
 
新しい土の色ばかり見えてをり防災緑地のみどり幼く 
 
子どもらが戻らぬままの小学校つぐみが冬の終はりを跳ねて 
 
被災時の記憶おぼろな子の描く廃炉更地に花の咲く夢 
 
続々と野心は生れて三月は骨より白く梅の花咲く 
                (7首 福島県いわき市・小林真代) 
 (作者は「東日本大震災と原発事故から八年が経った。平成が終わり令和が始まった。/去年の春は、震災後に生まれた子どもたちが小学校に入学するという話が多く聞かれた。ニュースになり、短歌にもなった。私は数年前からなんとなくこの春が来るのを待っていた。子どもの歌、希望のある明るい歌を作れるかもしれないと、少し楽しみにしていた。でも明るい歌は作れなかった。その時が来ると、取り残されていくものの多さの方が目に付いた。留まり、見つめ続けることの厳しさを改めて思い知らされた。厳しい日々は続く。次の春もきっと苦しい。だからこそ皆が明るくすこやかに暮らせるようにという祈りも、また続く」と記す。) 
 
目に見えぬデブリ見せんと再構成三次元画像彩色は赤 
 
モルタルと熱く交りしウラニウムあぶく無数に抱えたるとぞ 
 
東京を巡れるわれに福一はしこりのようだ妖しいまでに 
 
三月に期待されたる歌作らずういういしいよ獣のように 
                    (4首 広島市・田中 濯) 
 
線量をはかる人姿(ひとかげ)いまはなく賑はひみせるけふ牡蠣まつり 
 
復興の役に立てばといふひとと語りつつ並ぶ生牡蠣(きがき)の売り場 
                   (2首 仙台市・千葉なおみ) 
 
湖の泥のやうなりその村はかつて貧しくもがきゐしとふ 
 
  (昭和44年、六ヶ所村に開発計画。) 
十代のわれの日常内向きで下宿と猫と貸本屋…と 
 
  (昭和47年、村議会紛糾する。) 
大学が嫌ひだつたこと、ぢくぢくと吉祥寺街の秋を渡れり 
 
  (昭和59年、核燃料サイクル事業。) 
東京を捨てたるわれは故郷にからつ風ばかりの冬をし思ふ 
 
  (昭和61年、チェルノブイリ原発事故。) 
遠き地を呪文のやうに聞きながら術後の母の心配つのる 
 
  (平成6年、「高レベル廃棄物の最終処分地にされることはありません」 
  国の確約) 
幾つかの歌誌を取り寄せページ繰る初心者といふ日々の鮮し 
 
  (平成23年、東日本大震災。) 
時々は聞こえなくな三県の情報を、ラジオを、朝まで聞けり 
 
  (平成29年、第六回最終処分関係閣僚会議) 
大量のせんたくものが重いのか、父が重いのか判らなくなる 
 
  (平成30年、秋。) 
村民の多くが勤務するらしくあまた施設を抱くがに敷地 
 
正門の前であなたにメールするおそらく姉の貌してわれは 
              (10首 青森県つがる市・松木乃り) 
 (作者は青森県つがる市在住、10首について「…歌は、昨年Eテレで放送された『核のごみに揺れる村』に触発された10首です。当時の科学技術庁長官、田中真紀子氏らの証言は真相と本音を伝えていて、かなりショックなものでした。5首に、村の歴史と私個人の歴史をシンクロさせる方法を採りました。自身の後ろめたさを表出してみたかったのかもしれません。…」と記している。) 
 
あの事故の数万倍と医師が言う治療のための放射線量 
 
あのときも聞いたはずのその情報の八年前にはありがたくもなく 
 
帰れないという括りのなくなる日そこから始まる怒りもあらむ 
                  (3首 福島市・三浦こうこ) 
 
 次回も原子力詠を読む。               (つづく) 


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