2020年03月19日18時35分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

辻静雄著「フランス料理の学び方」(中公文庫)

  本という商品は、今、駅前の書店などでは一種の生鮮食品と言えばオーバーかもしれませんが、かなり回転が速くなっている気がします。10年前に棚にあった本の何割が今もあるかというと、かなり率は低いのではないでしょうか。しかし、本の中には出版時点では早すぎて未だ人々にその真価が十分に理解されないまま書店から撤収されてしまう本もたくさんあります。あるいは出版された時期が不況だったために本代を捻出できる人が少なかった、というようなことも売り上げには関係します。 
 
  辻静雄著「フランス料理の学び方」は古代ローマ時代まで遡り、スープの起源やブイヨンの誕生と言ったことや、レストランの生まれた背景など、フランスの料理の発展を歴史的な見地から解説しています。出版された当時も、おそらくは一定の評価を受け、ある程度読まれた本ではないかと思いますが、今日、この本がどのくらい日本の新刊書店にあるでしょうか?しかしながら、辻静雄著「フランス料理の学び方」は、むしろ、今のインターネット時代の方がもっと本としての価値が高まっていると思います。フランス料理の成り立ちをその古い文献までさかのぼって調べ上げ、先輩から厨房で叩きこまれるような「教え」だけでなく、日本の料理界にフランス料理の技術の進化史を体系立てて吹き込んだ辻静雄氏が、その原典の著者名や書名をフランス語の表記を必ず参考に書き添えていることが理由です。さらに巻末にもかなり多くの書物の参考リストが書き添えられています。 
 
  インターネットが発達していなかった時代なら、このような表記はよほど本格的にフランス料理を専門にやっている人とか、研究者とか、あるいは金に糸目をつけない食通の人しか利用価値がなかったと思われます。しかし、今はインターネットの検索欄にその人名や書名を打ち込めば、フランスの原著がアマゾンなどで買える、とか、それに関する書き込みなどにたくさんアクセス出来て、その広がり方がまったく異なることに気づきます。たとえばラ・ヴァレンヌ著「フランスの料理人」(1651年)とか、ボーヴィリエ著「料理人の芸術」(1814年)とか、インターネットでフランス語表記で打ち込んでやると、それらの書物の情報が出てきますし、今でもアマゾンで買えることがわかります。 
 
  あるいは以下のような、現代の新聞でそれに関連する催しの情報なども得ることができます。ここではUCLAの教授が社会学的な視点でヴァレンヌが17世紀フランスにもたらした料理の革命について講じる、とされています。フランス語の表記を丁寧につけた辻静雄氏の意図は今日、その可能性が全開と言っていいほど当たったことを示しています。辻静雄氏が本書を敢行したのは1972年ですから、恐ろしいほど先の見えた人と言ってよいのではないでしょうか。 
https://www.latimes.com/food/la-xpm-2012-nov-06-la-dd-le-cuisinier-francois-french-cookbook-lecture-at-ucla-20121106-story.html 
  本という「商品」と時間。この関係を再考することが求められています。 
 
 
 
村上良太 
 
 
■辻静雄著「料理人の休日」 
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