2020年03月19日21時51分掲載
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文化
[核を詠う](297)『短歌研究年鑑2020年版』の「2019綜合年刊」から原子力詠を読む「平成の遺物となるやセシウム灰誰も言わなくなって恐し」 山崎芳彦
短歌研究社発行の「『短歌研究年鑑2020年版』に収録されている『二〇一九綜合年刊歌集』から筆者の読みによる原子力詠を記録させていただく。この「年刊歌集」に収載された作品は2019年度に短歌研究社に寄贈された歌集、短歌総合誌、全国結社短歌雑誌等に掲載の作品から選出・採録されたほぼ一万首に及ぶ。その膨大な作品群から「原子力詠」と筆者がうけとめた作品に限って抄出させていただくのだから、作者の意に添わない不行き届きがあるおそれは免れない。筆者としては、全国のまことに多い歌人の作品を読ませていただいたことをありがたく感謝している。抄出させていただいたのは50首に満たない作品だが、その多少については言う術がない。
原子力詠短歌作品を読みながら、2011年3月の東日本大震災・大津波の発生のなかで福島第一原発の過酷事故が、この国を支配する政治・経済勢力を中核に形成された「原子力ムラ・原子力マフィア」による、原発の重大な危険性を隠蔽し、人々に深刻な犠牲を強いる可能性を押し隠して核エネルギー、そしてさらには核兵器の製造能力保持をも構想し、1945年の広島・長崎原爆の被爆という経験をも無視して推進してきた歴史の結果として引き起こされ、いまもなお原子力依存社会の継続・強化が推進されていることを、考えないではいられない。
政治・行政・原発関連大企業・原発に関わる広く多岐に関わる利害関係企業、さらには学・研究者のグループ、関係地方自治体の支配者などによって形成される原発マフィア―原発政策、原発稼働の推進勢力は、原子力社会の危険な本質を覆い隠し、人びとを立ち入らせないためにその権力を存分にふるって、原子力についての欺瞞と隠蔽、捏造、改竄を重ね、実際にあった多くの原発の事故の歴史、原発が存在する限り事故を避けることが出来ない真実を隠し続けてきた。福島第一原発の事故はその結果のひとつであると言わなければならない。そして福島の教訓、人々の犠牲、辛酸の真実を無視して、原発稼働を実行し、稼働原発の一層の拡大を推進している。いま、関西電力・高浜原発に関わる腐臭にみちた事件の一端が明らかにされているが、原子力マフィアがこれまでに重ねてきた犯罪のほんの一端が垣間見えただけにすぎまい。少なくない良心的な研究者、原発関係者、ジャーナリストが様々に発信してきたことを改めて見れば、原子力マフィアの罪状は、限りなく広く限りなく深い闇の中にあることは間違いないと筆者は貧しい学びからも考えている。
いささか、まとまりのないことを記してしまったが、短歌研究社の「二〇一九綜合年刊歌集」の原子力詠を読んでいく。やはり貴重な作品だと思う。
今も被災地の野菜売れ残ると聞けばあえて買う福島産胡瓜を
(梓 志乃)
洋上の風力発電いま熟す五島は実働、福島は実験
(天瀬裕康)
八年目のあの日近づき関連の放送あればすぐきるリモコン
(荒井裕子)
千年に三度目となる大津波たひらなる地のふるさと呑みつ
(伊藤正幸)
平成の終わりの一日広島の原爆資料館見学に行く
(石飛誠一)
ふるさとへ、会津へ帰ると告げに来るこのひと去ればさぶしくなるか
(一ノ関忠人)
八月三回三月一回黙祷のサイレンひびく海田に暮らす
(上條節子)
核守る米兵が昼夜銃をもちて立ちゐしという岩山の洞
(大林明彦)
広島忌・長崎忌まためぐり来て祈りの鐘の音かなし夏空
(大由里智葉)
早朝より雨に濡れつつ海に向き祈る人見る八年目今日
慰霊碑に刻まるる名も雨に濡れ指にて子の名拭う人あり
復興の数字は中身を伴わず人の心は置き去りのまま
(3首 岡本弘子)
つぎつぎに逝去されます反核を訴へきたる先輩ヒバクシャ
街川にあまたの灯火映りをり長崎ランタン祭りたけなは
(2首 久保美洋子)
旋律をくねらせ春の波寄する汚染されし海八年たちて
(小林成子)
唯一の被爆国なり核禁止条約に同意せざりしは何故
経済が優先なれば武器を売り原発をうり次何をうる
(2首 小林優子)
歓呼して人類初の核実験祝ふ 平和のためではなくて
巨大なる火球の爆ぜてこの星に冥王が目を瞠きゆく
まだ何も知らされてゐず風下に住む人々は被曝のことを
爆風に打たれ宇品に倒れしは若き日の父 風下の人
四〇トンの冥王貯め列島に風は吹かない吹かないはずと
(5首 紺野万里)
浪江の町に帰ってきた、と嬉しそうに話すこの子も受験生なり
(斎藤芳生)
原爆も原発もなきとほつ世に人が作りし青磁澄み立つ
(坂出裕子)
自然災害多き国なれど原発の五十四基持ちゐて寒し
(田中美也子)
平成の遺物となるやセシウム灰誰も言はなくなつて恐し
(谷光順晏)
一族の会津びとはこの八年のこころの置き処うべなはむとす
みちのくに思慕あり思慕のみなもとに父母ありて明るみてゐる
(2首 奈良橋幸子)
八年を経るも戻れぬ数値とぞ君は哀しき古里をもつ
(中川明義)
熊笹の風のわらわら猪ら縄文時代を連れて戻り来
福島の魚食みたきを福島に其をし阻むは如何なる鬼か
ぶな林を水立つ音のさやさやとああ福島に起ちあがらんか
この街に山のふところ深きなれ 手繰りたぐるを辛夷咲く道
被曝地の沼にし映る向日葵の首上げ起つに癒えゆくこころ
(5首 波汐國芳)
平成最後のハトを放てり広島のかぎりなく高き青き空へと
外つ国の人らも多しヒロシマに被爆の町に祈りに集ふ
(2首 藤野まり子)
原爆の日の式典を病院の待合室のテレビに見をり
(札場秀彦)
放射能あぶないからと福島のうまきいろくづ食はぬ人あり
いつもより雪の少なきふくしまの肌に咲ける堅香子の花
再利用可能といはれふくしまのつち春鳥のごとくさまよふ
(3首 本田一彦)
宮城より古里越後に転居して職を得たるは原発の街
角栄のギフトでありし原発は角栄を忘れ七年眠る
柏崎の高校生の悩み聴き微力尽くすと腹を決めたり
(3首 松田景介)
直に見ることができたら易からむ放射能とは厄介なもの
(三留ひと美)
戦争法案、原発事故、大地震、この三十年を年表記す
(水野昌雄)
八月は鬱々と過ぐ敗戦にも国旗・国歌を改めざりし国
耐へかねる暑熱の中に原爆の焦点温度は十万度と知る
(2首 森 玲子)
次回も原子力詠を読む。 (つづく)
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