2020年03月28日06時37分掲載
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コラム
20X0年の幸せ 情報統制で「幸せ」の条件を極限すればみんな幸せ・・・
今から何十年後か後の世界はどうなっているのだろう。世界の人口は増加しているだろうし、異常気象は改善されたかどうかは未知数だ。今、そうした様々なテーマが地上にあり、理性をもって改善していこうという方向性もあるが、片方で理性を排除した政治への志向性も強まっている。危機が強まれば人間の精神も正気ではいられなくなるかもしれない。たとえば次のような日本になっている可能性はないのだろうか。
・憲法は全面的に改正され、外国との100年戦争が続いている
・徴兵が義務付けられている
・平均的な労働時間は週60時間以上になっている
・すべての労働組合は内閣府の監督下にある
・基本的人権は消滅しており、死刑も流刑も日常的に行われている
・手紙やeメール、出版などで検閲制度が復活している
・新聞法で新聞は政府方針の理解を深める媒体と定められている
・放送法ですべての放送局は内閣府の監督下に置かれている。
・選挙権は一定の税金を納めた富裕層に限定されている
・政府の広報冊子を除くと、本は1冊1万円以上になっている。1日の日当の最低賃金の2倍に相当する。外国の輸入書籍は許可制で1冊10万円以上になっている。
・海外旅行の許可は一定の税額を納めた富裕層に限定される
・インターネットは禁止されている
・特別な理由がない限り、結婚と子供3人以上の出産が国民に義務付けられている
・大学進学率は5%以下になっている
・一般人に開かれた公的な図書館は廃止されている
・国民の死の時期は人口省と自治体の委員会が決める
(死の時期を示す赤紙が実施の1週間前に来る)
・人口省が人口の管理を行い、望ましい人種と人口の構成のバランスのモデルに沿って地域別に生死の数を決定する。
・宗教省が死の決定に権威を与える。
・住所の移動は許可制である
・日本政府への支持率は90%を超える
・日本に生まれたことを幸福と考える国民は90%を超える
現在の基準で考えれば、とんでもない国になっているが、政府への支持率とか、自分を幸福と考える割合は劇的に高まっている、という可能性がある。というのは、自己に疑いを抱いたり、政府に疑いを抱いたりするのは正しい情報を持っていることと関係しているからで、そうした情報が消滅した場合、劇的に自己意識が変化する可能性があるのだ。外国に対する情報がなければ、政治が腐敗した国や独裁国家でも、政府を支持したり、自己を幸せだと考える国民は、むしろ多くなる可能性がある。実は上に箇条書きした項目の多くはすでに現時点でその先駆症状が〜制度化されてこそいないが〜見られるものである。政治の目的が、単純に国民多数の「幸せ」であるなら、このような最短の努力での目的の達成もあり得る。幸せの可能性を徹底した情報統制で絞り込めばよいのだ。政府への高い支持率は実態とは無縁で、情報統制の成功と結びついている。日本の場合、真実の封じ込めはウイルスの封じ込めよりも簡単であろう。
行政のスキャンダルや不正が何度起きても持続する高い政府への支持率が何を意味するか。その背景を真剣に考える時代にすでにこの国も突入したのかもしれない。
※最大多数の最大幸福(日本大百科事典)
「ベンサムの「功利の原理」は、すでに『政治断片論』(1776)において展開されている。ここで彼は、まず、ブラックストンに代表されるような時代・場所・人を異にする裁判所の判決例である「コモン・ロー」(普通法)重視の考え方に対して、合理的な原理に基づく普遍的・統一的な法律による統治を主張している。次に彼は、国家や政府は人々の同意や契約に基づくから、悪政には抵抗し革命を起こしてもよいという社会契約説や近代自然法に対して、政治の良否は、普遍的な法律に従って統治しているかどうかによって普通の人々でも判断できるようにすべきである、と述べている。そして、そのような法律を制定する基準が「功利の原理」であると主張する。そこで彼は、続く『道徳および立法の原理序説』の前半部分において、人間にとって何が快であり何が苦であるかを哲学的手法によって詳細に論じている。」
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