2020年07月04日12時34分掲載  無料記事
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文化

[核を詠う](309)吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読む(4)「押し寄する廃棄物車の縦横に走れるここはふるさとならず」 山崎芳彦

 吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠として筆者が読んだ作品を抄出させていただいてきたが、今回で終る。この歌集の帯文に、「四世代で暮らした平穏な日々が、原発禍によって、一瞬にして打ち砕かれる。ゆえなく故郷を逐われた者は、ただただ故郷への思いを募らせるほかなかった…。為政者よ、電力会社よ、聞け、この声を。その何首かを諳んじて、人に伝えよ。」と記されている。作者が原発禍によって、100歳を越える両親を伴ってのふるさとからの避難、流離の日々を詠った短歌作品は、その真実の溢れた歌風、声高くはないが、原発が人間に何をもたらすかを明かし、思ってやまないふるさとの無惨な実態に悲しみ怒り、その中で生きることを、詠い続ける強靭な魂に心うたれつづけた筆者である。 
 
 吉田さんの前歌集『故郷喪失』(平成26年4月刊、現代短歌社)も改めて読み返しながら、今回読んでいる歌集『思郷』とあわせて、吉田さんは福島第一原発の過酷事故によって、苦難の中で惨たらしく滅びていく故郷を思い、一時帰宅も重ね、離れざるをえなかった家族を思い、避難先の地の人々や自然を詠いつづけた、人間・歌人としての吉田さんを思って、筆者は詠うということについて、自らのありようについて思うことが多い。さらに筆者自身の考えを深めつつ、『思郷』の作品を読む。 
 
 ▼校歌(抄) 
原発禍に母校は休校その式に集ひし五百人校歌怒鳴りぬ 
 
避難地にふるさとの町を語らむと集へる人らの声音(こわね)は高し 
 
燃料デブリらしきを写真にとらへぬと淋しきニュース六年を経て 
 
原発の郷より遁れて住みつきし街を高みにしみじみ見放く 
 
原発禍に変はりし運命(さだめ)を甘受せむ八十路の危ふさ隠し持ちつつ 
 
あれをせむこれもせむとぞ思ひつつ過ぎゆき早し傘寿迎へて 
 
 ▼花鳥風月(抄) 
訪(と)ひ来たる孫ら帰りて残されし二人の部屋の窓を雨打つ 
 
花鳥風月を詠まむとすれどおのづから地震や原発浮かび来るなり 
 
新婚に住みし借家はこの辺り仮設住宅黒々並ぶ 
 
 ▼三春の里(抄) 
訪ひ来たる三春の里はをちこちにあふるるごとく桜咲きたり 
 
草木に親しみ薄き日々なりきいま避難地に鉢の花愛(め)づ 
 
世が世なら青き風吹く郷の田は原野と化して猪(しし)のはびこる 
 
 ▼風鈴(抄) 
原発に逐はれて六年(むつとせ)新築の家の木目にはつか安らぐ 
 
 ▼迎へ火(抄) 
原発禍に人影のなきふるさとの墓にみ祖の骨を拾へり 
 
新たなる町に回向の場を築く原発に逐はれしわが菩提寺は 
 
母逝きて二度目の盂蘭盆避難地に迷はず来よと迎へ火を焚く 
 
 ▼合唱曲(抄) 
わが短歌は合唱曲となり発表の公演ありて胸熱く聴く 
 
帰り得ぬわがふるさとを偲ばせて心にひびく合唱のこゑ 
 
原発禍に逐はれしふるさと懐かしき渓(たに)の紅葉も盛りなるらむ 
 
 ▼曇り日(抄) 
震災前は大家族でした いまさらに言へど詮無し二人となりぬ 
 
原発の地より持ち来しみ祖(おや)らの遺骨を納む新しき墓に 
 
母の骨を漸く納む原発に逐はれて建てたる新しき墓に 
 
 ▼冬至(抄) 
山に薪をとりし日はるかオール電化といへる生活(くらし)にわれら戸惑ふ 
 
常磐道にて被災地ゆくに人住む地人住まぬ地の差は歴然たり 
 
豊かなる稔りはふるさと思はしめ田畑逐はれし人らは黙(もだ)す 
 
見の限り稲田靡けり雑木々の蔓延(はびこ)るわが家の放置田思ふ 
 
 ▼残生(抄) 
冬日射す穏(おだ)しきひと日わが裡(うち)に浮かぶは逐はれしふるさとの家 
 
いわきなる棲家を終(つひ)と心決め原発の郷を胸に畳めり 
 
 ▼春鳥(抄) 
ふるさとを逐はれて住めるこの街に近道裏道すでに覚えぬ 
 
渋滞にトンネル半ばに留(とど)まれば異界めきつつ茫茫とをり 
 
郊外へ出づれば農の季(とき)告げて光る水張田 郷愁誘ふ 
 
さ緑の水田(みづた)はふるさと思はしめ逐はれし者の眼差しひかる 
 
 ▼望月(抄) 
旧知より蕨、蕗、独活届きたりセシウムは無しと添へ書き付きて 
 
寝(い)ねぎはに空見上ぐれば望月の隈なく照らす避難地ここは 
 
ふるさと遠き避難地にありて身罷りし人けふもまた訃報欄にあり 
 
憲法改悪目論む総理の視界には戦時を生きしれらはをらず 
 
街並みの甍を光らせ朝の日は昇り来たれり避難地は夏 
 
 ▼復興住宅(抄) 
壁に掛くる家族写真が風に揺る 還ることなきかの日のひかり 
 
それぞれの窓の灯りに悲しみを湛(たた)へて復興住宅並ぶ 
 
 ▼ふるさとならず 
わが家への一時帰宅に検問のありて答へる無念さ隠し 
 
核災後七年(ななとせ)過ぐる今もなほここかしこに見ゆ廃棄物袋(フレコンバッグ) 
 
わが家の微々たる歴史も廃棄物貯蔵地の土に埋もれゆかむ 
 
廃棄物貯蔵地内なるわが家のけやきの大樹に祖(おや)のこゑ聞く 
 
この先は帰還困難区域とぞ柵の向かうにヤマボウシ咲く 
 
押し寄する廃棄物車の縦横に走れるここはふるさとならず 
 
今年また甲子園沸きわが母校を廃校にせしめし原発事故は 
 
ふるさとへつひに帰還はならざれば花木をあがなひ妻と植ゑたり 
 
新しき墓成りてけふ納めたるみ祖(おや)の霊こそ安らかならめ 
 
 ▼藁一束(抄) 
山登りありウォーキングありおのもおのも生きがひ見出し避難者は生く 
 
期間制限解除されたる妻の郷街並みいまだ人影を見ず 
 
避難地に新盆を迎ふる郷の人に香手向けむと老軀走らす 
 
無人売り場に藁一束を求めたり硬貨をひとつ缶に落として 
 
 ▼平成終はる(抄) 
罹災していわきの地に住み三年(みとせ)余り連翹の若木も四方(よも)に枝張る 
 
八度目の新年(にひどし)を迎ふる避難地に妻の作りし雑煮食(は)みたり 
 
 ▼父逝く(抄) 
白菊に埋もれて柩に横たはる父百六歳心なしか笑む 
 
昨日(きのふ)まで己が来し方を語りたる父百六歳逝き給ひたり 
 
百歳を越えたる両親(ふたおや)持ちしわれの役目終へたり終へて寂しき 
 
 次回も原子力詠を読む。              (つづく) 


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