2020年07月16日12時11分掲載
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文化
[核を詠う](310)『現代万葉集』(2016〜2019年版)から原子力詠を読む(1)「襁褓をし廃炉作業にたずさわる防護服着た人に夏来る』 山崎芳彦
日本歌人クラブ(藤原龍一郎会長)は、、現在約3000名の歌人が参加している日本最大の超結社の歌人団体で、1948年に創設以来、現在まで短歌会発展のために活動し続けている。同クラブは、2000年から会員、非会員を問わず全国の歌人に呼びかけて短歌作品(1人3首)を募り、アンソロジー『現代万葉集』を刊行し、時代を映し出す短歌集を編み貴重な役割を果たしている。本連載の中で、これまで2012年版(連載の89〜94回)、2013年版(同131〜135回)、2014年版・2015年版(同197〜199回)を読み、筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただいてきたが、今回から2016年版から2019年版から原子力詠を読ませていただく。
本連載ではこれまで、万葉集を名乗る、『昭和萬葉集』、『平和万葉集』、そして『現代万葉集』から、筆者の読みによって「原子力詠」短歌を抄出してきたが、この国の歌人が「原子力」、原水爆、原子力発電、核兵器にかかわる作品をどう詠ってきたかを作品を通じて捉え、考えるうえで、3つの「万葉集」に採録された作品は貴重であったと思っている。この万葉集も含め、多くの歌人の個人歌集、結社・歌人グループの合同歌集、『福島県短歌選集』、新聞歌壇などを、少なくない方々のご協力、励ましをいただきながら、筆者の拙く行き届かない読みによって「原子力詠」を抄出させていただいてきて、9年余、「核を詠う」連載も310回目に至っているのだが、「核を詠う」歌人の作品はさらに歌い続けられていくと確信している。
原水爆による広島・長崎の惨禍、核大国とその追随国による核兵器を武器にしての世界的な恫喝戦略、国際政治、「平和利用」の名を借りての核発電・核エネルギー政策の推進、これらは日本のことである。許しがたいことに、核発電を推進し、それとともに核開発・保有の企みを、いまや隠そうともしないこの国の政府、政治・経済勢力は、この国の人びと、主権者にとって許してはならない存在であろう。その中にあって、詠う人が核についてどう詠うか、詠っていくか、詠っているか、その一端を『現代万葉集』から読み取っていきたいと思う。毎巻5000首を超える作品群を読み、非力非才な筆者が行なう作品抄出には、作者の意に添わない過誤も少なくないことを懼れるが、ご寛容をお願いするしかない。今回は、2016年版を読む。
▼自然(抄)
四年前ホットスポットと騒がれし松戸は若葉の光を放つ
(埼玉・佐田公子)
▼四季・春(抄)
ひしひしと「3・11」震災の彼の日を偲ぶ馬酔木咲くなり
(宮崎・谷山アイ子)
広島の被爆の桜七十年今も咲きゐるをテレビに見る
(岡山・早瀬伶子)
被爆七十一年嘉代子桜の爛漫に思い添えるか協会の鐘
(長崎・山本トヨ子)
▼四季・冬(抄)
いつしかも雪あめとなり頭(づ)を濡らすセシウムにはかに気になり始む
(山形・富樫榮太郎)
▼植物(抄)
ふる里を想えば福島県民の帰れぬ家に白木槿咲く
(北海道・土谷千恵子)
▼生活(抄)
仮眠室に目覚めて窓を開けたれば初音(はつね)聞きたり3・11
(広島・石川茂樹)
ふるさとの海見おろして立ちゐるは親たちの墓、汚染のままに
(栃木・泉洋一郎)
溶け落ちし燃料屑(デブリ)は不明廃炉まで四十年とう我らしら骨
(茨城・牧野義雄)
見えざれば放射線量気にとめず掘りたて焼きたての筍を食ふ
(岩手・松田久恵)
▼仕事(抄)
余りにも原発事故は大過ぎる獣の増えて田畑を荒らし
(福島・木下 信)
気にかかる放射線量わが町はこの頃言はず四年半経て
(千葉・吉野芳子)
▼生老病死(抄)
被爆歌人竹山広にふれたくて訪いし催し浦上駅下車
(佐賀・西村 緑)
▼戦争(抄)
被爆街ビルも樹木も無用なり人骨のなお埋もれて在れば
(広島・天瀬裕康)
今年は広島・長崎・敗戦と七十年の歴史あらはに
(東京・大嶋艶子)
地獄絵のごときうつつを麗はしくうたひ籠めたり長崎の鐘
(石川・金戸紀美子)
戦への備えが平和構築かノーモア・ヒロシマ夾竹桃燃ゆ
(広島・金原瓔子)
年々に怒り深くし八月の忌日を迎ふ 原爆は大罪
(京都・神谷佳子)
消え失せしわが一族の誰彼が幻となりて過(よ)ぎるヒロシマ
「ミズヲチャウダイ」そのささやかな願ひすら叶はず果てし被爆の幼児(おさな)
被爆屍体井桁に組みて焼き棄てし広島に七十たびの夏めぐりくる
(3首 広島・切明千枝子)
鳥居よりしあわせ坂の参道を畏(かしこ)み登る 八月六日
(茨城・桐原富貴子)
「戦争はまっぴらごめん」八・九を二度と許さぬと被爆者らの声
(長崎・高瀬佐奈恵)
被爆時をかたらず逝きし兄の通夜その子等に問わる父の青春
被爆せし苦悩の一生触れずして通夜は亡兄(あに)のロマンス語る
(2首 長崎・西岡洋子)
被爆せる母にすがりて幼児の乳房まさぐる姿かなしき
生きている限り被爆者死の恐怖身にきざみつつ八十路を生きる
原爆忌爆死の友と夢で逢うあの日思えばこころが痛む
(3首 長崎・原田 覺)
警戒警報解除ののちに西へ向かふB29を見し八月九日
「新(あたら)しか爆弾げな」と姉と甥の死をわが母にもたらしし人
(2首 奈良・藤川弘子)
閃光の惨たる記憶七十年持してしづけし被爆アサギリ
(広島・三浦恭子)
ナチによるホロコーストも原爆も同じ戦に起こりし悪夢
(神奈川・宮原喜美子)
〈爆心地より一・九キロ〉広島駅正面広場に表札は立つ
(広島・宮本君子)
▼社会(抄)
オバマさん広島訪はば見て聞いて謝罪の有無は自分で決めて
(神奈川・宇津井 寛)
去年よりも今年は紅し百日紅八月六日九日の朝
美しき死などのありや自らの生をし思ふ炎天無辺
(2首 茨城・齋藤すみ子)
放射能漏れを連日きく耳に再稼働うながす声の加はる
(静岡・長澤重代)
ドイツ政府原発稼働停止せり地震国日本何故にこだはる
(神奈川・間 佐紀子)
負の遺産子孫に残さぬすべなきか国の借金・放射性物質
(京都・久富利行)
核兵器持ちたる人類哀れなり滅亡に向け歩みゆくのみ
(栃木・増渕一正)
広島の原爆投下日山畑の道を降り来ぬ七十年後の今日
(岡山・森田 至)
▼都市・風土(抄)
暖簾揺らし吹きくる風や餅飯殿(もちいどの)の古書肆の棚に原爆詩集
(奈良・浦 萠春)
▼災害・環境・科学(抄)
水張田とならぬひと隅白塀に囲まれて放射能除染土置場は
(福島・池田桂一)
許さないことが多くも許すことの一つはあらん除染されいて
(福島・伊藤早苗)
三回忌 草に覆われ荒れてゆく飯舘村は亡弟の田は
(宮城・伊藤誠二)
冠水は廃炉への一歩原子炉の冷却は水に頼るほかなき
放射能を遮るは水ぞいまわれは水惑星に生かされてゐる
故郷を追はれし人の拠り所なきを思へばこゑをつつしむ
(3首 福島・伊藤雅水)
避難民などと称ばれて住む人らその地に根ざす土産をくれる
そしてまた吾もディアスポラ原発の方より吹ける風に脅ゆる
(2首 福島・遠藤たか子)
ふりそそぎ目にはさやかに見えぬ物おそれて今日も日傘にマスク
(東京・小沼常子)
松江城が国宝にとふ報道に原発からの距離触れられず
義父(ちち)撮りし八ミリに遺る披露会の島根原発制御室まぶし
日本列島縁取り灯る原発が海豊かなれど貧しき郷に
(3首 大阪・川上美智子)
桜ソング流れてきさうな開花日の線量値欄に目はとまりをり
被曝をも明日あるための恩寵とおほなみこなみの蝉のもろごゑ
(2首 宮城・北辺史郎)
老朽化するは四十年先なれば考へず造りしか原子力発電所
原発を作りし頭の良き人ら廃炉、廃棄物なぜ考へぬ
低レベル放射性の廃棄物たまる列島花の季来る
(3首 千葉・黒岡美江子)
襁褓をし廃炉作業にたずさわる防護服着た人に夏来る
防護服の帽を脱ぎつつ人は言う「生きて帰れてよかった 今日も」
ひとり死にふたり死にしてやうやくに廃炉工程見直されたり
(3首 東京・小西美智子)
ああ我ら何にも悪きことせぬを「原発石棺」終身刑とぞ
セシウムに負けぬ歌欲(ほ)し春風のさやさやと起(た)つ愛の一首が
原発爆(は)ぜ人らも脱(ぬ)けてすかすかのこの福島ゆ見ゆるは何ぞ
(3首 福島・波汐國芳)
原発の牛に餌やる農民の魂の尊さ無視する国家
放射能帯びし餌食む生き物に挑む科学者誉あれかし
(2首 静岡・藤生好則)
いわきには帰れないとの諦めは栖(すみか)うつりて行くたび募る
(埼玉・松本久子)
四年をも経しにわが家の一ところ放射線量いたく高しと
公園の芝生の除染いく処砂しろじろと帚目の跡
除染すと剥ぎ取られたる汚染土の袋積まるる球場の裏
(3首 福島・山垣美枝子)
原発にマイナス部分あるごとく人工衛星負の遺産にや
(長野・米山恵美子)
祖の郷里(さと)買ひ占められて四十(よそ)とせを巻(まき)原発の影迫り来し
廃村の茅(ち)原に残る墓地に佇つ 炉心予定の修羅場なりきと
彼の炉心熔融せしを省みず柏崎刈羽原発稼働さすとぞ
(3首 新潟・若月昭宏)
次回も『現代万葉集』の原子力詠を読む。 (つづく)
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