2020年08月22日18時05分掲載
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手塚治虫著「ぼくのマンガ人生」(岩波新書)
岩波新書から出ている手塚治虫の「ぼくのマンガ人生」には意外な面白さがあった。手塚治虫のマンガと言えば反戦や生命の不思議さとその倫理、差別への反対など少年たちにとってはいずれも強いメッセージ性を伴うストーリーだった。そして、入門書である「マンガの描き方」などを含めて、様々な場で手塚氏はそうした思想を語ってきた。だから実を言えば岩波新書の「ぼくのマンガ人生」において手塚氏自身が語っている部分はさして新鮮味がなかった。価値がないというのとは違うけれど、すでに何度か聞いた話なのだった。
しかし、「ぼくのマンガ人生」における意外な面白さは天才漫画家の少年時代を間近に見てきた妹の美奈子氏や、手塚氏のアニメ事業の採算が取れず巨額の負債を抱えた時に「恩返し」に現れた大阪の実業家、葛西健蔵氏らの証言にある。妹の美奈子氏の話ではマンガ好きだった手塚氏の母親が大きな影響を与えたことがよく理解できるし、さらに、常々少年時代にいじめにあったと語ってきた手塚氏のいじめ被害には多少被害妄想的な側面、あるいは少し異なる面があることも興味深かった。これは手塚氏の少年時代をモチーフにしたマンガを読むときの参考にもなるだろう。だからと言って手塚マンガの価値がそれで失われるわけでは決してない。
さらに、借金で首が回らず、台湾に夜逃げしようかとすら追い詰められていた手塚氏の前に救い手として登場した葛西氏も面白い。マンガを毎日描いている手塚氏に巨額の資金を運営しなくてはならないアニメーション事業の経営管理ができるわけがなかったと葛西氏は述べている。手塚氏は経営難に陥ると人々が去っていった寂しさを本書で語っているが、その一方で葛西氏のような人もいたことが面白い。葛西氏は先代の父親の時代に手塚マンガをマークにした商品の販売で儲けさせてもらったことがあり、その恩返しだったという。
手塚氏の語りはそれはそれで面白いのだが、映画監督であれ漫画家であれ話が多少、創作力豊かな当事者たちによって脚色されるところもあるだろう。映画監督のフェリーニなどもそうだったとよく言われる。そして、作られた伝記がまた面白くもある。けれども、美奈子氏や葛西氏のような証言者の話が挿入されることで真実の面白さがこの本には付加され、立体的に手塚マンガの世界が浮かび上がってくる。そこが本書の深い味わいになっている。
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