2020年09月03日12時48分掲載
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検証・メディア
中国だけが民衆に強圧的なのか メディアは翻って日本国家の所業も問うべき Bark at Illusions
今年6月に成立・施行した香港の国家安全維持法を巡って、中国政府に厳しい目が向けられている。国家分裂や政府転覆、テロ活動、国家の安全を外国勢力と共謀で害する行為を犯罪として処罰する同法によって香港の自由が制限され、中国が香港返還の際に英国政府と約束した「一国二制度」が形骸化するというのがマスメディアの一致した見解で、8月に親米派の活動家たちが同法違反容疑で逮捕された際には再び批判の声が高まった。マスメディアは現在香港で起こっていることについて、我々の社会とは異なる権威主義的な中国共産党に特有のものであるかのように論じているが、本当にそうだろうか。
まず香港の一国二制度というのは、英国がアヘン戦争で暴力的に略奪した香港を、中国に無条件で返還するのを拒んだ結果だ。いわば英国の帝国主義によって押し付けられた制度を中国に遵守しろと言うのはおかしいのではないか。
また「一国二制度」と言うと、返還前の香港が英国と同程度に自由で民主的な社会であったかのような印象を受けるかもしれないが、決してそうではない。英国は香港を植民地として統治していたのであり、香港市民は1997年の中国返還直前まで選挙権すら認められず(初めて直接選挙が実施されたのは1991年)、政治参加は許されなかった。また英国の植民地支配に対する抗議行動や反乱は、現在の中国政府よりも暴力的に弾圧された。例えば、昨年から続いている香港のデモでは警察の暴力によって殺されたという確かな情報はこれまでのところ確認されていないが、1967年の「六七暴動」では地元警察の発砲などで少なくとも17人が警察の暴力によって殺されている(Gary Ka-wai Cheung『Hong Kong’s Watershed: The 1967 Riots』、Hong Kong University Press)。
国家安全維持法についてはどのように運用されるかということが問題ではあるが、テロ行為や政府転覆などを取り締まるための法律は中国に特有のものではなく、日本や欧米にもある。日本では内乱罪や外患誘致罪、共謀罪法などがこれに当たるだろう。
また中国政府が国家安全維持法を強引に制定した背景に、昨年の香港の大規模デモがあることも念頭に置くべきだ。デモは暴徒化した一部の参加者が地下鉄を破壊したり、立法会(議会)の建物に乱入したほか、一般市民をも襲撃した。さらにデモに参加した親米派のいくつかの団体に対して、米国政府が資金を提供していることも知られている。「他国の民主化を支援」する目的──実際に支援しているのは「他国政府の転覆」だが──で設立された全米民主主義基金(NED)が自身のウェブサイトで資金提供を公表しているし、米国のタイム(20/6/26)などは米国グローバルメディア局(USAGM)による資金提供について報じている。
2001年の同時多発テロ事件後に米国政府が市民の自由を制限する法律を制定したことや、日本政府が「テロ対策」を理由に共謀罪法を制定したことなどを考えれば、破壊行為や外国政府の干渉から国家を守るために市民の自由を制限する法律を作ることは、日本や欧米の基準からも逸脱はしていないだろう。
日本のマスメディアを見ていると中国が同法を巡って国際的な批判を浴びているかのような印象を受けるが、国連人権理事会では53カ国が中国政府による国家安全維持法制定を支持しており、中国政府を批判した27カ国を大幅に上回っている。
親米派の活動家の周庭氏や中国政府に批判的な香港紙・蘋果日報の創業者・黎智英氏らが逮捕された際には、日本のマスメディアでも「露骨な弾圧」(朝日20/8/13社説)だとか「『報道の自由』への攻撃だ」(毎日20/8/18社説)とか、「民主派に対する警告」、「一種の見せしめ」(神田外語大学・興梠一郎教授、NHKニュース7、20/8/11)などと、中国に対する厳しい批判の声が上がった。
しかし日本でも「露骨な弾圧」や「報道の自由への攻撃」が行われている。沖縄の米軍新基地建設に反対する市民運動のリーダー・山城博治氏は、山中に沖縄防衛局が張った有刺鉄線を切った容疑(被害額は約2000円)で逮捕され、約5か月間にわたって勾留された。また権力に批判的な人民新聞の編集長・山田洋一氏は、他人に自分のキャッシュカードを使用させた「詐欺罪」で逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた。兵庫県警は被疑事実と関係のない人民新聞社まで捜索し、新聞社のパソコンや読者名簿などを押収した。
軽微な罪とは不釣り合いな山城博治氏に対する処遇や、権力を批判する新聞の編集長の恣意的な逮捕とそれに伴う新聞社に対する捜索・押収は、国家権力に対する抗議行動や批判的なメディアへの「警告」、「見せしめ」と考えるのが妥当だろう。
香港の言論弾圧を批判する日本のマスメディアは、日本の市民運動や言論の弾圧についても同じくらい熱心に報じていただろうか。
他にも国家安全維持法が外国人にも適用されることを問題視したり、香港の教科書から三権分立や雨傘運動に関する記述が削除されたと非難する声があるが、国籍によらず国外での犯罪にも法を適用する国外犯規定は日本や米国などにもある。また教科書の問題については、日本の義務教育だって「慰安婦」に関する記述がほとんどの教科書で削除されるなど、大日本帝国時代の性奴隷の問題をまともに教えていない。英国ではアヘン戦争について学校で教えていないらしいが、英国政府が何の恥じらいもなく「一国二制度」の約束を破ったと言って中国政府を批判できるのは、そのためだろうか。
国家権力に都合の悪い事実を消し去ろうとしたり、国家権力を脅かす者を排除しようとするのは、中国政府に限らずどこの政府も同じこと。国家とはそういうものだと考えるべきだろう。二重基準を用いて中国だけを悪く言うなら、中国だけを不当に貶めることになる。それをいうなら、安倍政権による公文書偽造はどうなのか。
そしてそれは、新型コロナウィルスに関する中国批判(中国政府が情報を隠蔽したなどといった事実に反する批判が依然としてある)や、華為やTikTokのスパイ疑惑(元NSA職員のエドワード・スノーデン氏の内部告発などから明らかなように、大々的にスパイ活動を行っているのは米国政府だ)など、中国だけを不当に悪者扱いする他の様々な批判や主張とともに、米中冷戦ムードを高めている。
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