2020年10月03日10時55分掲載
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ロラン・バルト著作集3「現代社会の神話」(下澤和義訳) ロラン・バルトの最良の入門書
みすず書房から出ているロラン・バルト著作集3「現代社会の神話」(下澤和義訳)は、批評家だったロラン・バルトの仕事を理解する上で非常に良い入門書として読めると思いました。バルトは本書で社会の中に流通する様々な「神話」を集めて、その奥に潜むイデオロギーを抽出して見せる作業をしています。本書は文芸誌で毎月掲載していたエッセイ集とその理論から構成されています。対象もストリップやプロレス、休暇中の作家、映画の中のローマ人、ツール・ド・フランス、ステーキとフライドポテト、ワインとミルクなどなど、身近な事象です。
たとえば、ストリップと言えば、ちょっと見には反道徳的な印象がありますが、バルトはストリップがいかに道徳的かについて記しています。手袋や羽飾りといった装飾品その他、衣服を次々脱いでいる間は、一見、反モラル的な行動であるにも関わらず、最後の「三角形」は固く守られ、それによって、むしろ、観客はブルジョワ的な道徳を注入されるのだということを書いています。バルトはこれを小さな悪を注入することで、大きな悪への抵抗力を養う一種の「同種療法」だとしています。パリのモンマルトルは昔からストリップの中心でしたが、フランスにおけるストリップの文化は極めてブルジョワ社会と相性が良いことを暴いています。最後の三角形は中世ならさしづめ「貞操帯」でしょう。このように、注意深く見つめ、考えることによってぼんやりと抱いている観念が、新たな相貌で現れてくる面白さが本書の核心にあります。このことはバルトが異化効果をキーワードに社会の真相を舞台で描こうとしたベルトルト・ブレヒトの演劇の心酔者であったことと関係していると思います。
みすず書房刊行らしく、注が丁寧につけられていて、しかも下澤和義氏の訳もわかりやすく、その上、著作集を監修している石川美子氏によるバルトの思想の時系列的な発展についての注意書きが掲載されていて、本書の後半につけられた論への補充となっています。これらの配慮は非常にありがたいものでした。石川氏の「ロラン・バルト」(中公新書)での説明と重なるところですが、バルトの歩みとして、まず自前で「神話」を分析したのちに、ソシュールの言語学に出会って自分の考えを理論化することになったとされます。その逆ではなかった、というところが興味深いです。石川美子氏の「ロラン・バルト」は、バルトがどんな人間だったかを詳しく描いた興味深い本です。石川氏の「ロラン・バルト」と、バルトをデビューさせるのに尽力した文学ジャーナリスト、モーリス・ナド―とバルトとの対談「Sur la litterature(文学について)」(グルノーブル大学出版)はバルトを今日、もう一度読む上で非常に参考になるものだと思います。
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