2020年10月22日10時02分掲載  無料記事
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社会

<a care-worker's note・2> かなりリアルな報告「崩壊する介護現場」(中村淳彦)  転石庵茫々

 2016年春に職業訓練校の介護サービス科を修了すると、介護付き有料老人ホームに勤務し始めた。2月に就職活動を始めて、最初の応募で面接し、採用がすぐに決まった施設だった。通勤は、自宅から自転車で最寄りの駅まで行き、乗車、2つ目の駅を下車し、そこからさらに徒歩で20分は歩いた。 
 
 そもそも介護職につくことを決定づけた目黒のグループホームへ就職することが、自然の流れなのだが、二つの理由で、それは辞めることにした。ひとつは、夜勤含めての勤務での遠距離通勤に自信は持てなかった。もうひとつの理由は、半年間学校で勉強するうちに、勤務する施設の規模が、大きければ61歳の体力では負担が大きすぎるだろうし、小さければ介護技術のバリエーションを身につけるのは難しいことが何となくわかってきて、大規模の特養(特別養護老人ホーム)と老健(介護老人保健施設)、小規模のグループホームなどは選択から外していた。 
 
 2016年ころは、自宅の周辺、半径2キロ圏内に、介護付き老人ホームが6施設ほどあった(2020年現在は9施設)ので、そのいずれかへの就職を考えていたが、まず61歳という年齢で、4施設で常勤勤務は不採用となった。なかには、非常勤でも不採用のところもあった。 
 
 残りの2施設は、会社の幹部まで、面接に呼ばれ、ほぼ決定という段階で、施設の現場を統括するひとから拒否が入り、不採用となった。僕を推してくれていた採用担当者の非公式な連絡によると、現場管理職にしてみれば、自分よりも年長者、しかも今までは一般の会社で管理職的な勤めをしていたひとが来るのはごめんだということらしかった。 
 さすがに、60歳過ぎての就職は難しい。 
 障碍者施設へ破格の厚遇でのお誘いをいただいたが、高齢者介護に拘り、お断りした。 
 こうして、最初に採用が決まり、最終的に残った施設への通勤が始まった。 
 
 勤務先の施設は、利用者さん58名、介護職は常勤14名非常勤1名、看護師は常勤1名非常勤3名で、看護師は日中は、2〜3名いるが、夜間はなしだった。他に施設長はじめ事務が数名だった。 
介護保険法では、利用者数と職員数の比率は、利用者数:職員数(介護職+看護師)=3:1となっており、一般的に、職員1名は常勤者(週に40時間勤務)、非常勤は、週に20時間ならば、0.5人となり、この施設では、おおよそ介護職+看護=14.5+2.5=18名で、既に2名の職員不足だった。しかも、常勤者に長期病病欠1名がおり、実際は、3名の不足となる。 
 
 そういう現場に新人として入ったわけだが、いきなり忙しい。忙しすぎる。食事のための食堂への移動介助、食事介助、食後の各自の好みの場所への移動介助、排泄介助が必要な利用者さんたちへの介助、おやつの配布と回収、そこに入浴する人の介助と1日のスケジュールが分ごとにある感じで、駆けずり回って日が暮れる毎日が始まった。 
 3名不足で、これだけ忙しいのは、「職員1名」を規定する内容には、介護技術の精錬度、現場での不測な事態への対応力など、現場での仕事の進行を大きく左右する指標は入っていないからだ。というわけで、17名と言っても、この施設の職員数の実質は、多く見積もっても13〜4名ぐらいではなかっただろうか。 
新人に、さらに追い打ちをかけるのは、学校で教わった介護技術では、現場ではまだまだ未熟で、動作の一つ一つが遅く、周りの職員スタッフの足を引っ張ってしまっていることだった。少なくとも新人の僕が「職員1名」のはずはなかったのだ。 
 
▽アネゴ肌先輩の個性的指導 
 さすがに、新人なので、ベテランの先輩につくこととなった。いわゆる、OJT(オンジョブトレーニング)ということだ。 
僕がついたのは、40歳の女性で、介護歴10年ほどのベテランだった。 
 彼女は、シングルマザーで女優でいうと京マチ子(と言っても知らない人は知らない)風の顔の作りで、逆八の字の眉毛をきりっと描いた、おそらく元ヤンキーであろう姉御(以下「アネゴ」)だった。 
 とにかく、アネゴと会話するとすべて崖っぷちで会話 している雰囲気になるという妙な殺気を放射する鉄火肌の人だった。 
こんな何をするかわからなそうなアネゴに「コーヒー飲みますか?」と断崖 絶壁の上で聞かれたら、はいと答えたらここから落とされるのかとかいろいろ考えてしまうと思うが、すべ ての会話がこういう雰囲気になってしまうひとだった。 
 
 ところが(というの失礼だが)、このアネゴは介護という仕事について研究熱心で、しかも 無駄なことを言わずに教えてくれたので、ずいぶんと崖っぷちに立たされる怖い?思いをしながらも、結局はいろいろ と親切に教えてもらうこととなった。 
 
 アネゴの教えはいろいろあったが、共通しているのは、「まず、考えろ!」ということだった。「介護っていうのはね、考えるってことなのさ。」というのがアネゴの第一の教えだった。 
 例えば、排泄介助でいちばん現場初心者が戸惑うオムツ交換は、習得するためにいろんな先輩のやり方を見て教わったが、このアネゴの教えがい ちばん素晴らしかった。 
 
・これからオムツ交換する利用者の排泄状態をチェックして、オムツを開いたたどうなっているかをある程度予想しておく! 
・オムツ開けて、便の量が多すぎ衣服から、シーツ布団まで汚れてしまいそうで手の付けようがなかったら・・・そのまま拡大しないように閉じて、 落ち着いてどうするか考えろ! 
 
 こちらが戸惑って介護の動作が止まりそうなときは、足をやや開いて手を 胸のあたりで組んで少しアゴをあげ、眼を上向きに斜め見して、「こういうときこそ、慌てちゃい けないんだよ。考えるんだよ。」というドスの利いた声でおっしゃる。 そして、すかさず。指示が入る。 
 
・用意していたビニールなどをオムツの下に敷くか、防水シートを持ってきて敷くか、する。 
・開けてから状態をよく観察して、拡大しないようにパット(オムツに載せ陰部に充てる)のギャザーをうまく立てて、便がオムツの外に漏れないように土手を 作る。 
 
「このさぁ、土手が肝心なのよぉ〜。」 
 
・可能ならば、パッドを少し下に引っ張り、汚れてない箇所を引き出す。あふれそうな便の処理は、 パッドやオムツの汚れていないところで出来るだけ済ませて、きっちり水で陰部を洗浄した後に、 清拭(排泄介助用の湿らせた小タオル)を使用する。最初から清拭で便処理をすると便が思わぬところについたりするので、まず、洗 い流せ! 
・ほとんど寝たきりの人は、オムツを開いたり、横臥するとそのことが刺激になって、お しっこが出てくることが多いので、横臥してオムツを替えるときに、見える側だけでなく、 見えない反対側にも目をやって注意する。このときに、尿漏れして新しいおむつが台無し になったり、男の場合だと噴水して、上着まで波及することがあるので、ホースの方向を 確認しておく。 
 
 どうやら、このアネゴの厳しい指導のおかげで、オムツ交換時には、どんなときにも考えて慌てずに乗り越える 癖は、ついたようだった。 
オムツ交換に行って、前任者のやり方が素晴らしかったら、そのやり方を研究することも教わった。 
確かに、きれいなオムツの収まり方ができる人は、介護の仕事全般で、仕事のできる人でもあった。 
オムツ交換のやり方は、人によって、若干違うが、うまいひとは、おむつ交換時に利用 者さんと会話してコミュニケーションをとっている人が多かった。もちろん、利用者さんによってコミュニケーションの方法を使い分けるのだが、このアネゴはこれもお上手なものだった。 
 
 ただ、利用者さんとのコミュニケーションは、上手い人の真似をするというよりも自分の個性を生かして、利用者さんに信頼してもらうコミ ュニケーションを利用者さんとのあいだに作ることしかないようなこともアネゴはおっしゃるのである。 
 しかも、アネゴは、困っている現場を見つけるのが早く、その現場に他の少し緩い現場のスタッフを派遣したり、自分で入ったりと、現場のマネジメントにも長けていた。 
 
▽介護現場で働く人たち 
 こういう個性的なひとに出会ってしまうと、介護現場には、いったいどのようなひとがいるんだろうかと気になってきた。 
 
そして、介護の現場の実状についていろいろ知りたくて出会った本が、中村淳彦「崩壊する介護現場」(ベスト新書)という本だった。 
 
 この本の内容は、AV、売春、暴走族などのいわば裏社会のノンフィクションを著してきて、しかも2008年から自身が介護施設の経営者となった著者の介護現場からの迫真に満ちた実体験レポートとなっている。 
 介護保険のシステム、介護技術、介護施設のあり方などの現状について書かれた本は多数あるが、介護職員からの介護職員の現場での様子を実感こめて書かれたものはほとんど覚えがなく、自分の体験と照らし合わせながら、興味深く読むことができた。 
 
 まず、この本が読み物としても面白いのは、ノンフィクションライター兼業の著者ならではの視点、観察力、洞察力のたまものだろう。また、著者の視点は、社会から外れるか外れないかという境界線を意識しているために、一般企業社会とは異なる時空で働く介護職員の陥りやすい社会性希薄なグレーゾーン、社会から外れてしまうかの境界線が文章から浮かび上がってくるのだった。 
 目次を見ても、「介護労働者50人にひとりがサイコパス」「売春する介護職員」「介護労働は社会から外れた人の受け皿」「夢喰いが牛耳る介護業界の闇」といった刺激的な章立てで、しかもすべて著者の実体験及びライターとしての現場調査分析に基づく内容で、著者の体験した介護現場とその周辺の現在がそのまま報告されている感じだ。 
「介護現場の崩壊」という衝撃的なタイトルとあわせて目にひっかかる語句が並ぶ章立てだが、介護に何らかの形で関わった人からみれば、いずれの話も、何とはなしにそう思っていたのだが、やはり、そうかという共感を抱く内容が多くあるのではないだろうかと思った。 
 
 この本の肝は、第三章のタイトルになっている「介護労働は社会から外れた人の受け皿」ということだろう。 
 社会人として質の低い?介護職員の比率の多さがすべての問題の根底にある、と著者は言う。 
・一般社会でのサイコパスの比率は250人にひとりだが、介護職員では、50人に1人だろうという著者の推測。 
・風俗売春の世界で働く女性の7〜8人にひとりは、介護の仕事に関連しているか関連したことがあるという著者の調査。 
・介護現場で働く職員のパーソナリティを分類すると、➀常識や社会性を備えた一般社会人 20% ➁責任を持って働く介護職員 25% ➂モラトリアム 25% ➃我の強い「意識高い」系 10% ➃病気の人、異常な人 20% 
 
 こうした事柄の背景には、介護現場の慢性的な人手不足と一般社会人よりも10万円以上の差がある給与の低さがあることも確かだろう。しかし、介護保険と税金で9割を賄っている(1割は、利用者負担。所得によっては2割負担)コスト体制で、給与のアップは期待できなく、また、それゆえに人材不足も解消できないんじゃないだろうか。 
 
▽介護職の医療的教育が課題 
 さて、話は、アネゴに戻るが、この本の介護職員のパーソナリティの分類でゆくと、このアネゴは、どこに当てはまってゆくのか。 
 異常な人(アネゴに失礼だが)+我の強い意識高い系+責任を持って働く介護職員 のハイブリッドという感じだと思う。 
 
 介護の現場に、もう4年以上いて少しづつわかってきたのは、介護職層のベースには、著者のパーソナリティ分類があるが、その上にもうひとつの層があり、この層のひとはマネジメントのできるリーダー層で、パーソナリティの分類では、ハイブリッドになるのかなということだった。ありていに言えば、ハイブリッドなパーソナリティでなくては、とても介護職の現場のマネジメントは出来ないということだ。 
 
 ただ、このハイブリッドなリーダー層の特質を理解している経営者は少ないかもしれない。アネゴの指導を受けていることを聞いた施設長が困った顔で、「あの方は、お行儀の悪い方ですから、その色に染まらないように」とわざわざ言いに来たことがあった。ハイブリッドなリーダー層のもつ最大の特質である、利用者さん及び介護スタッフへのコミュニケーション力を理解していたうえでの忠告であったかはわからなかった。 
 
 介護職に最も求められることは、高齢者とのコミュニケーション力であることはやっと自明のことになってきているが、コミュニケーション能力を介護職のパーソナリティと経験に依存することだけでは、限界があることも自明なことだ。 
 
 社会的な潮流として、医療と介護の敷居が低くなってゆくと言われている中で、介護職の医療的教育をどうするかが、将来につながることにも思えてきた。 
 医療的知見を備えた介護職が増えることが、介護職のパーソナリティに振り回されやすい介護現場を変えてゆくことになるのではないだろうかとも思うが、この課題は、根が深く、多方面からの議論が必要な気がする。 
 
 直球な文章で書かれ、内容も直球で、初めは戸惑いながら読みすすめたのだが、現場経験わずかな僕にもそのリアル感が伝わってきて、現場にかかわるときには、この著者が向けている視点を忘れてはいけないと思わせた。 
 介護現場にかかわると押し寄せてくる仕事に忙殺され、そこの現場には、どのような社会的な文脈が働いているか、その背景や周りにはどのような社会があるかが見えなくなってしまうどころか、そういう関心すらなくなってしまい、目の前の仕事に忙殺されるのみになってしまいがちだった。 
 介護現場で何が起きているかを見る視点を多くもつにこしたことはない。 
(つづく) 


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