2021年02月08日14時03分掲載
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文化
再録《演歌》(3)川内康範の愛の詩(うた)(上) 『おふくろさん』の無償の愛 佐藤稟一
美輪明宏の母ちゃん
『ヨイトマケの唄』(歌・詩・曲 美輪明宏)。聴くたびに涙が流れる。ヨイトマケ?知らない人の方が多いであろう。数人がかりで行う地固めの肉体労働のこと、また、その掛け声である。鉄の重い固まり(石でも)をやぐらに吊った滑車に取り付けた綱を引っ張って巻き上げ一斉に手を離す。ドスンと地面に落ちる。“エーンヤコラ、ヨ−イトマケ”の掛け声でドスンドスンと繰り返す。
美輪明宏は、うたう。
ヨイトマケの汚い子と苛められ、悔し涙にくれ学校から逃げてきた僕は、働く母の姿を見る。「姉さんかぶりで 泥にまみれて」「男にまじって 綱を引き」ヨイトマケの唄をうたう母を美輪は、張りのあるテノールで気高く表現する。僕は、「泣いた涙も 忘れはて」「勉強するよと 云いながら」学校に戻って行く。少年の心の揺れを厚みのあるそれでいて濡れた高音(ファルセット)でくるむ。美輪明宏は、日本のシンガー・ソングライターの元祖で、たくさん歌をつくっているが、『ヨイトマケの唄』は、無償の愛、見返りを求めない愛の情(こころ)を詩ったたとえようもない微音である。
森進一のうたう『おふくろさん』には、これに反し、教訓じみた感じを初め受けて拙著『演歌の達人 高音(ハイノート)の哀しみ』(智書房)で次ぎのように批判した。
「母親 の思いの深さであふれ、過剰なまでに感情を移入して歌う『おふくろさん』、その想いはわかるけれど教訓をたれるお説教風の内容で、とても『花と蝶』と同じ川内康範の作詞とは思えない」
『花と蝶』の凄味については、次回で論じる。私のその評に対し、川内康範から反論が寄せられた。自分の作品がいかに酷評されようが「反撥したことはありません」でも「母からいただいた弱者への想いやりが発想となって」いる『おふくろさん』に込めた「小生の真意をありふれた教訓じみている」という「御感想はそっくりお返しします」と。
後で知ったのだが、川内康範が、佐藤栄作から竹下登までの歴代宰相の政権顧問をつとめ、香港で葉剣英と秘かに会って、天皇の戦争責任を問うた小説を書いて右翼から命を狙われたりもした。反戦平和主義者でもあり、憲法9条を活かし「不戦の決意」をすべしとも言っている。私への手紙の中で「貴書に出てくる竹中労は小生の弟分」とあり、竹中労同様左右弁別せずを貫いた文壇の一匹狼であった。
『月光仮面』と『おふくろさん』
川内康範は、あの『月光仮面』の作者でもある。このドラマは、月光菩薩(がっこうぼさつ)からヒントを得たとのこと。日光菩薩(にっこうぼさつ)とともに、人びとの病苦を救う薬師如来(やくしにょらい)の脇仏で、慈悲の光を放ち汚れを照らす。月光菩薩=月光仮面は、「憎むな、殺すな、赦しましょう」をテーマに、戦争否定のこころを子どもたちに訴えた。暴力を用いず悪にたち向かう正義の物語が『月光仮面』なのである。その情(こころ)が『おふくろさん』にも息づく。
森進一のおふくろ
『お母さん』という歌がある。川内康範作詞・作曲で小野慶子がうたっている。「お腹をこわすな 風邪ひくな/雨の降る日は ぬくもりを/たえてくれた お母さん」なぜかハマコウが、テレビに出演したとき、自作の歌だと言い張り涙を浮かべてうたっていた。この歌は、川内が、田中角栄の刎頚の友小佐野賢治の母思いの情に打たれ、彼に供した。『おふくろさん』では、雨の日にあたえてくれたぬくもりが、傘となって「お前もいつかは 世に中の/傘になれよと 教えてくれた」となり、私は、ここに「教訓をたれるお説教」を感じたのだ。が……。
おふくろさん
おふくろさんよ
森進一が、身をふりしぼるように、母に呼びかける。美輪明宏の『ヨイトマケの唄』さながらは母の手一つで育てられた森進一の母への情(おもい)にただならぬ気配が感じられる。
「思えもいつかは 世の中の/傘になれよと 教えてくれた」しわがれた高音で紡がれる。森進一の肉体がこころが響き合い、おふくろの優しさ、弱者への思いやりの情(こころ)が震える。私は、当初の感想を恥じている。おふくろのぬくもりに、川内康範の詩魂(ポエジー)、猪俣公章の旋律(メロディ)、森進一の歌心(ハート)が寄り添った心に染みる情歌である。この詞の前に、作詞家が書いたものでない言葉を付すなど論外である。
母を詩った歌は、たくさんある。美輪明宏の『ヨイトマケの唄』と森進一の『おふくろさん』は、限りなく優しい歌である。(敬称を略させていただきました)。
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