2021年03月12日12時10分掲載
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アジア
ミャンマー・クーデター、新聞社説は政府の絵空事を合唱 問われる日本の民主主義
新聞が読まれなくなった、と言われるようになってから久しい。その背景に、インターネットを中心とするメディアの多様化があることは事実だが、それだけだろうか。紙面のなかで最も敬遠されそうな社説について、その理由をさぐってみよう。私も社説を読むことなどほとんどないが、ミャンマーの国軍クーデターという世界的大ニュース、それも日本と深い関係がある出来事を各紙がどう論じているかが気になって、めずらしく数紙を読み比べてみた。(永井浩)
▽「独自パイプ」というフェイク情報
目を通したのは、朝日、読売、毎日、日経、東京の5紙である。
2月1日のクーデター発生を受けた各紙の社説はいずれも、民主化の成果を破壊する軍の暴挙を強く非難し、日本をふくむ国際社会がアウンサンスーチー氏らの解放にむけて外交努力するよう訴えている。朝日は「日本も民主化の後退を座視せぬ決意を強く打ち出し、国軍への説得に動くべきだ」、読売は「日本は米欧と歩調を合わせながら、平和的解決を促すべきだ」、毎日は「日本は長年、ミャンマーを支援してきた。民主化に対する暴挙を戒め、繁栄への歩みを続けるよう働き掛けていくべきだ」、日経は「軍政復帰は認められない。(日本政府は)断固とした姿勢で非難するべきである」、東京は「加藤勝信官房長官は『当事者が対話で平和裏に問題を解決することが重要』と述べているが、事態打開へより積極的に関わるべきだろう」。
だが国軍は、こうした声には耳を貸さず、クーデターに反対する民主化デモに銃口を向けはじめた。では、日本は具体的にどのような働きかけを国軍にしていくべきなのか、あるいはすでに行っているのか。
その後の各紙社説の見出しは、朝日が「流血を避け民意尊重を」(2・11)と「国軍の退場が民意だ」(2・24)、読売は「国際圧力で軍に暴力停止迫れ」(3・3)、毎日は「民意の封殺は許されない」(2・28)と「国軍止める国際的圧力を」(3・7)、日経は「ミャンマー国軍は市民に銃口を向けるな」(3.3)、東京は「国際圧力で暴挙止めよ」(3・6)。
いずれも、かつての軍政時代のような、欧米の経済制裁と異なる対話による民主化促進を重んじてきた日本の「建設的関与」策より一歩踏み込んだ、国軍への毅然とした対応を求めている。そして一連の論評に通底しているのは、日本政府は軍政時代から国軍とスーチー氏の双方に独自のパイプを持っていて、それをつうじてミャンマーの民主化に努力してきたという言説である。その日本の最大の武器となったのが政府開発援助(ODA)とされる。だから今回も、日本は先進国最大の経済支援国として、民主化を後退させる国軍の暴挙をゆるさず、スーチー氏らの解放への努力をすべきであり、それが成果をあげられるかのような期待が込められている。
しかし、ODAは軍政を民主化に向かわせる効果を発揮しなかっただけでなく、逆に軍政の延命に手を貸してきた事実を、私は本サイトの「日本政府の新規ODA停止は民主化逆行の歯止めになり得るか」(3・1)で指摘した。結果的に軍政から民政化への転換に力を発揮したのは、米欧諸国の制裁などの政策だった。
歴史的な検証を欠いた日本の独自路線の合唱がいかに絵空事にすぎないかは、現在進行中のじっさいのうごきで確認される。
クーデターで政権の座を奪われたスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)の議員らは2月1日、国軍が設けた最高意思決定機関「国家統治評議会」をテロ組織と認定、民意を受けた正統機関として「連邦議会代表委員会」(CRPH)を設立した。5日にオンラインで開かれたCRPHの緊急会合には米国、デンマーク、スウェーデン、チェコの外交官も証人として出席しているが、日本の外交官の出席は確認されていない。
CRPHは、その合法性を国連にうったえ、ミャンマーに駐在する各国外交官や国外に駐在するミャンマー大使らと密に連絡を取って国際社会を味方にし、着々と活動を進めている。ドイツのショイブレ連邦議会(下院)議長はCRPHに書簡を送り、「国軍はミャンマーの民主化を不当に停止させた」と非難。「皆さんが苦境を乗り切るよう願う」とエールを送った。
ミャンマーの若者たちは、実弾使用も辞さない国軍の民主化デモ弾圧を、「国家が資金提供したテロリストによって、非武装の民間人を故意に殺害している虐殺であることは明らかだ」とするメッセージを、ビルマ語、英語、日本語、中国語でフェイスブック に投稿した。事態を憂慮する在ミャンマーの欧米の大使らは、同14日に暴力の停止をもとめる共同声明を出した。だが日本の丸山市郎大使の名前はなかった。
「国連がアクションを起こすにはどれほどの数の遺体が必要なのか」とのプラカードを、ヤンゴンの国連事務所前で掲げていた23 歳のエンジニア、ニーニーアウンテッナインさんは2月28日、胸部を撃たれて死亡した。その2日前、ミャンマーのチョーモートゥン国連大使は、国連総会で国軍を非難する演説をおこない国軍から解任された。国連安保理は3月10日、「女性や若者、子どもをふくむ平和的なデモ参加者に対する暴力を強く非難する」議長声明を発表した。
東南アジア諸国連合(AESAN)は内政不干渉を原則としているにもかかわらず、3月2日の特別外相会議でミャンマーの情勢に懸念を示し、国軍に暴力の自制を求める議長声明を発表した。加盟国のシンガポールのリー・シェンロン首相は同日の英国BBC放送のインタビューで、ミャンマー国軍によるデモ隊弾圧について「容認できず、破滅的行為だ」と批判し、スーチー氏らの解放ももとめた。
ミャンマーの日本大使館は3月8日になって、丸山大使が「ワナマルウィン外相」に市民への暴力停止やスーチー氏の早期解放、民主的な政治体制の速やかな回復を強く求めたとフェイスブックに投稿した。これに対して、ミャンマー市民からは「人びとによって任命された外相ではない」「日本は軍政を応援するのか」などの書き込みが相次いだ。
これに先立ち茂木敏充外相は2月26日の記者会見で、ミャンマーへの新規ODAの決定は見合わせる方向で検討に入ったとしながらも、「今後、情勢も見ながら対応を決定したい。どういった形でミャンマーを動かすことができるのか、こういうことから検討していきたい」と述べるにとどまった。丸山大使は軍政が任命した「外相」に、その後の情勢を判断してODA供与についてどのような日本政府の姿勢を伝えたのか、そうでないかは明らかにされていない。
明らかなのは、社説が持上げる日本独自のパイプなるものが、いかに虚構にすぎないかである。
▽市民の目線の欠落
社説のもうひとつの特徴は、こうした実態とはかけ離れた政府情報の鵜呑みと裏腹の市民の目線の欠如である。
本サイトには、ミャンマーの民主化のために日本政府がとるべき具体的な政策についての市民団体の提言がいくつか紹介されている。
特定非営利活動法人「メコン・ウォッチ」はクーデター直後の声明で、「今回の事態に至ったことは、日本のみならず国際社会のミャンマー民主化への取り組み、特に、さまざまな人権侵害の罪に問われている国軍への対応が適切でなかったことを示しています」として、国連のミャンマーに関する事実調査団が 2019 年 8 月 5 日に発表した、「ミャンマー国軍の経済的利益についての報告書」を引いている。報告書は、「国軍が国内外の商取引から得る収入により、深刻な人権侵害を行う能力を高めている」と指摘、ミャンマーの民主化に不可欠な要素の一つは、国軍の持つ防衛予算とその他のビジネスからの歳入、支出の透明化だとしている。
そのうえで声明は、日本政府は、ミャンマーの情勢が正常化した上で、民主化プロセスが再び軌道に乗り、真に文民統治が確立されるまで、同国へのODA 支援の在り方を見直すべきであり、仮に、ミャンマー国軍が情勢の正常化に応じない場合、人道支援以外のODA は開発協力大綱に則り直ちに停止し、ODA 以外の公的な融資等も停止を含め緊急に見直す必要があると主張している。2015年に閣議決定された新ODA大綱は、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値の共有や平和で安定し、安全な社会の実現のための支援をうたっている。
3月4日には、ミャンマーの民主化を求める32の市民団体が、日本政府や関係機関に対して、新規ODAの停止やミャンマー国軍の資金源を断つよう求める要請書を提出した。要請書は、日本の対ミャンマー公的資金における国軍ビジネスとの関連を早急に調査し、クーデターを起こした国軍の資金源を断つことを提言している。
しかし、こうした市民団体の具体的提言はマスコミではほとんどニュースとして取り上げられず、社説に盛り込まれることもない。日本政府のこれまでの対ミャンマー外交の歴史的検証と市民の目線を欠いた、「独自パイプ」による外交努力のお題目が唱和されるだけである。
▽たかが社説、されど社説
政府間、それも軍政に偏重した日本の対ミャンマー政策は、たとえばミャンマーからの難民受け入れでも顕著だった。
1988年の民主化運動の弾圧後、軍政の追及を逃れて多くのミャンマーの若者たちが日本に逃れてきた。彼らは、民主主義国の日本なら政治的迫害をうけた自分たちを難民として受け入れてくれるだろうと期待した。だが、期待は裏切られた。日本は政治難民にたいして事実上の鎖国政策をとってきたからだ。欧米など先進諸国は毎年万単位の難民を受け入れているのに対して、日本はほぼゼロ行進がつづいていた。
NGO「ビルマ市民フォーラム」は、外務省に何度もミャンマー難民への門戸開放をもとめる申し入れをした。「日本は民主国家ではないか。それなのに、民主主義をもとめて立ち上がったアジアの隣人たちに難民認定を渋るのはおかしい。それに、彼、彼女たちは祖国の民主化が実現した暁には、新しい国づくりの中核を担い、日本とミャンマーの友好の架け橋となる人材ではないか」と説明した。そのために、難民として日本での法的地位を保証するだけでなく、弾圧によって勉学の機会を奪われた若者たちが日本で民主化運動をつづけながら、大学などで学べる制度的保障を整えるべきではないかとも提案した。外務省の担当者のなかには、趣旨には賛同してくれる者もいたが、「現在のミャンマーとわが国との外交関係のなかでは実現は難しい」という答えがほとんどだった。
それでもミャンマー難民の認定は、人権派弁護士や市民団体の活動で21世紀に入るころからやっとゼロから一桁に増え、その後二桁にまで伸びていった。しかし、勉学意欲の強い民主化運動の活動家のなかには一人、また一人と日本から去っていく者が出てきた。出国先は、難民に門戸が開放されているだけでなく、大学などでの難民への教育支援体制が整っている米国、カナダ、オーストラリアなどだった。
そうした在日ミャンマー人たちが、日本のミャンマー政策をどう見ていたか、また新聞の論調がどうであったかを確認しておきたい。テインセイン政権への民政移管にともない、スーチー氏が3度目の自宅軟禁を解かれ、NLDの国政参加が認められ、彼女が下院補選で当選したというニュースが世界で大きく報じられた、2012年4月のことである。
各紙社説には、こうした動きを民主化と評価し、日本のODA再開へむけた動きを評価する論調が並んだ。新聞、テレビなどのミャンマー報道は、それまでの「軍事政権対アウンサンスーチー」の図式から「アジア最後のフロンティア」に変った。社説は、日本政府に経済面をつうじたミャンマーの民主化促進への貢献を期待した。これまでの日本政府の対ミャンマー政策がいかなるものであったかの検証は見られなかった。
政府の流すときどきの言説に無批判に寄り添うだけという姿勢は、それから9年後の今回のクーデターへの論調と基本的には変わらない。
私は、補選後に会った2人の在日ビルマ人の発言を思い出す。いずれも、民主化運動にかかわったために日本に難民として逃れてきた男性で、ひとりはスーチー氏のボディーガードをつとめていたという。
彼らは祖国の政治的変化に慎重な楽観論をしめしながら、日本政府の今後の対応には悲観的だった。「日本の政府はこれまで、わたしたちの民主化のために何もしてくれなかった。これからも期待するのは無理でしょう」。私も同感だった。だけど、それなら政府だけに期待せずに、わたしたち市民同士が力をあわせてすこしでも両国政府の姿勢を変えていくよう努力しようじゃないか、とも言った。
各紙の社説を読んで物足りないのは、こうした声が反映されることなく、軍事政権寄りの外務省サイドの声に沿ったきれいごとの建前論だけがいまも羅列されているからである。
社説は、重要なニュースについての各紙の基本的な主張をしめすものであり、日本が民主主義社会であるからには、多様な視点からの建設的な論評が並んでいるはずである。それなら読者も啓発されて、新聞を開いてみる気になるだろう。だが現実は、ミャンマーの政変論評にしめされるように、政府の言い分をオウム返しにした、横並びのドングリの背比べである。社説に目を通すのはせいぜい霞が関の一部官僚や永田町の関係者ぐらいではないかという自嘲的な声は、社説を執筆する論説委員からも聞かれる。それ自体はあってもなくても人体にほとんど影響のない、盲腸のような存在と揶揄されることもある。
しかし、メディアがいかに多様化しようとも、新聞のジャーナリズムとしての役割は、民主主義社会の健全な発展に欠かせないものと私は信じている。盲腸それじたいは、心臓や肝臓などのように人体にとって重要な役割を担っていなくても、炎症を起こしこじらせると腹膜炎などを併発して人命をおびやかすことになりかねない。
ミャンマーのクーデターで問われているのは、アジアの隣人の民主主義のゆくえだけでなく、私たち日本の民主主義のあり方なのである。
<各紙の社説は以下の各紙デジタル版で読める>
朝日
(社説)ミャンマー 国軍の退場が民意だ:朝日新聞デジタル (asahi.com)
(社説)ミャンマー 流血を避け民意尊重を:朝日新聞デジタル (asahi.com)
(社説)ミャンマー 民主化覆す軍の暴挙だ:朝日新聞デジタル (asahi.com)
読売
ミャンマー情勢 国際圧力で軍に暴力停止迫れ : 社説 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
ミャンマー政変 国際連携で平和解決を促せ : 社説 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)
毎日
社説:ミャンマーでクーデター 民主化の成果を壊す暴挙 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
社説:ミャンマーでの弾圧激化 国軍止める国際的圧力を | 毎日新聞 (mainichi.jp)
社説:ミャンマーでの弾圧激化 国軍止める国際的圧力を | 毎日新聞 (mainichi.jp)
日経
[社説]許されぬミャンマー国軍のクーデター: 日本経済新聞 (nikkei.com)
[社説]ミャンマー国軍は市民に銃口を向けるな: 日本経済新聞 (nikkei.com)
東京
ミャンマー政変 民主化台無しの暴挙だ:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
<社説>ミャンマー情勢 国際圧力で暴挙止めよ:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
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