2021年05月29日01時12分掲載  無料記事
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欧州

一人のラッパーが気づかせてくれた「労働の日」の意味〜チャオ!イタリア通信

 5月1日は世界的に「労働の日」で、イタリアでは祝日となっています。また、3つの大きな労働組合(イタリア労働総同盟、イタリア労働組合連合、イタリア労働組合)が開催するコンサートがあり、その模様は国営テレビ局のライ3が放送しています。このコンサートは、1990年から行われています。毎年ではないのですが、午後3時か4時に始まり夜中まで続くこともあり、「コンチェルトーネ」(大きなコンサート)と呼ばれています。 
 
 今年は、このコンサートをめぐってある問題が起こりました。ラッパーで歌手のフェデスが出演する際に何を聴衆に話すのか、予め原稿を出すように要請され、その内容についてフェデスがコンサートの主催者たちとライ3側と電話でやり取りする会話がソーシャルネットワーク上で公表され、スキャンダルとなりました。 
 
フェデス「なぜ、原稿を出すように聞いたのか?」 
ライのスタッフ「出演者全員に聞いていることです。」 
フェデス「送った原稿をどうするのか?読んで、その内容がだめだと言うためか?」 
ライのスタッフ「そうではないです。」 
フェデス「でも、今日あなた方がしたことは、そういうことだ」 
ライのスタッフ「ただ、労働組合の立場やライの立場が・・・」 
フェデス「そんなことは興味ない。自分はアーティストとして出演するので、労働組合の旗を掲げて出演するわけでもなく、アーティストとして自分の意見を自由に表現するために出演するんだから。5月1日は自由に自分たちの意見を表現する日だと思っている。もし、この考えに反対なら、自分を呼ばないでほしい」 
ライのスタッフ「反対ではないけど、ここにコンサートの主催者がいるので・・・」 
 
 この時点でフェデスと話していたライのスタッフは言葉に詰まり、コンサートの主催者の一人、マッシモ・チンクエ氏に電話を代わる。 
マッシモ・チンクエ氏は、フェデスの原稿にあった「同盟」の議員の発言を引用している部分をコンサートで引用するのは不適切だと言う。 
例えば、彼が引用している発言の一つに、2016年に「同盟」のリグーリア州議員ジョバンニ・デ・パオリが「もし自分にゲイの子どもがいたら、オーブンで焼いてしまう」という発言がある。 
それについて、チンクエ氏は、コンサートは公共のサービスであり、名前(議員の)が書いてある引用部分をそのまま読んだら問題になるから、その部分は削除しないといけないと。フェデスが、なぜ削除しないといけないのかと聞くと、 
 
マッシモ・チンクエ「引用部分は文脈があっての発言だから、その部分だけ読み上げるのは・・・」 
フェデス「この発言内容は文脈が変われば、発言の意味が変わってくるのか?そういうことを言ってるのか?」 
マッシモ・チンクエ「そういうことを言ってるのではない・・・コンサートはこういう引用発言を読む適切な場ではない」 
フェデス「誰がそういうことを決めるのか?自分は舞台の上で、自分の表現したいことを表現するし、引用発言を読むのは自分で、自分がすべての責任を負う。」 
マッシモ・チンクエ「すみませんが、政治的な発言をするような場ではないから」 
フェデス「政治的な発言じゃない、自分の意見を述べてるだけだ。」 
 
 この時点で、マッシモ・チンクエ氏も次の言葉が出てこなく、フェデスがこれは検閲じゃないかと言うと、今度はコンサートを放送するライ3の副責任者イラリア・カピターニ氏が電話に出てきて、 
 
イラリア・カピターニ「ライは、検閲は絶対しません。ライ3はコンサートの放送権を購入しているだけで、あなたが舞台に出ることや言うことに関して何も責任はないです。」 
フェデス「それじゃ、誰が自分の原稿についてだめだと言ってるのか?」 
 
 イラリア・カピターニ氏はこれに答えられず、今度はコンサートの主催者である音楽プロデューサーのマッシモ・ボネッリ氏が出てくるが、フェデスが「ライ3の責任者はさっき、自分は舞台に出て、自分の言いたいことを言えると発言したが」と言うと、カピターニ氏とボネッリ氏は二人で「それは違う、違う」と慌てて否定する。 
 
イラリア・カピターニ氏「私はそういうことを言ったんじゃない」 
フェデス「それじゃ、自分は舞台に出ることはできないし、言いたいことも言えないんだ」 
イラリア・カピターニ氏「違います。ただ、強調したいのはライは検閲はしないということです。」 
フェデス「それじゃ、自分は舞台に出て自分の言いたいことを言えるんですか?」 
 
 そうすると、誰も答えることはできなくなる。マッシモ・ボネッリ氏については「私たちは難しい状況にいます。どうしたらいいかわからない。」と発言するのみ。 
 
フェデス「自分は舞台に出れますか?あなたたちには不適切な発言をしますけど。いいですか?だめですか?」 
マッシモ・ボネッリ「自分は答えられない」 
 
 結局、フェデスが自分は市民の権利について話すのになぜだめなのか、ただこういう発言があったという事実を話すだけなのになぜだめなのか、と聞いても誰も答えられずに会話は終わる。 
 
電話時間は11分39秒。 
 
 「同盟」は今、大きな投票率を持つ政党である。主催者側、国営放送局ライがそれを考慮したのか。いったい誰のためのコンサートなのか、国営放送とは誰のためにあるのか、「労働者の日」とは本来どういうものなのか、などなど色々と考えさせられる。 
 
 5月1日のコンサートでは、フェデスは自分の言いたいことを発言した。そこでは、「同盟」の議員や候補者たちによるゲイを差別する発言が引用されていた。5月1日のコンサートに出演するのは初めてのフェデス。同性愛者への差別についての言葉だけではなく、パンデミックによる音楽業界での困難に直面している労働者への言葉もあり、私としては彼は彼なりに、このコンサートへ出演するということの意味を真摯に受け止め、今の自分が思うところを発言したのだと思う。すべてのコンサートを見た訳ではないが、フェデスのように発言をする出演者はいなかったようだ。他の歌手は、ただ歌を歌うだけで。 
 
 ちなみに、現在イタリアでは同性愛者への差別を無くすための法律が議論されている。下院では11月4日に265票の賛成で、その法律は通ったのだが、上院では中道右派によるこの法律への訂正案が出されて、まだ認可されていない。ただ、5月7日時点では、上院司法委員会で訂正案は認められていない。 


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