2021年08月27日09時20分掲載
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永井浩著『アジアと共に「もうひとつの日本」へ』 市民社会のつながり拡大に可能性 杉本良夫
あるべきアジア報道とは何か。本書はこの問題を一貫して追求してきた筆者による着地点である。『される側から見た「援助」』から『戦争報道論』まで、数冊に上る筆者の連作の延長線上に、本書は書かれた。
この主題に関する日本の主流ジャーナリズムについての分析は、余人を持って代えがたい。大手メディアが、どれだけ「アジアの民衆」から目をそらしてきたか。日本の支配層に染みこんだ「アジア観」に取り込まれているか。現場からの報道を怠ってきたか。本書でも筆者はこうした問題を具体的な事例を次々に挙げて、説得的な考察を繰り広げる。このような批判的な吟味の内容は、筆者が半世紀近く全国紙の内部に身を置いて、アジアに関するニュースに関わってきたからこそ可能になった側面があり、本書のメディア分析は筆者の職業的実力に支えられている。
アジア報道についてのこうした論考の積み上げの上に、この本はまなざしの対象を市民社会に広げる。とりわけ感銘深いのは、アジア各地に根付く市民的抵抗運動に共感しつつ、独自の貢献をした日本の人びとの仕事を詳説している点だ。宮崎滔天、金子文子、穂積五一、大森実、中村哲など、多様な分野でアジアの市民と関わった人たちの軌跡が、やさしい言葉と例証と共に描かれる。これらの人びとの活動は、福沢諭吉の「脱亜入欧」の思想以来、日本社会に綿々として受け継がれてきたアジア蔑視の感情と立ち向かい、「もうひとつの日本」を構築するための導きの糸となっている。
本書は各所で日本社会の平和主義や革新思想が唱えるインターナショナリズムが、ほぼ無意識にナショナリズムを内包している危険について、繰り返し述べている。「平和憲法を守れ」という呼び声は、国際主義を推し進める運動である側面を持つ一方、自国第一主義の轍に落ちる危うさを持つ。自分たちだけが安全でいられればいいという日本の一国平和主義の逆説から筆者は目を離さない。普遍主義的な憲法9条を持ちながら、自衛隊の軍備拡張、ベトナムやイラクでの戦争への介入、先の戦争への反省の欠如といった好戦的な方向に傾斜していく日本の現状は、アジアの人たちには偏狭なナショナリズムとして投影する。この状況を描く論者の筆致は、極めて説得的である。
このような落とし穴にはまらないために、筆者のいう「蟻の目」、「普通の人」の目線、日常生活者の視点から、アジアと日本の市民社会のつながりを拡げていくことに、本書は将来の可能性を見る。西太平洋での米中対立、ミャンマー情勢の深刻化、香港での衝突、アフガニスタン状況の急変化などが耳目を集めるいま、この地域に心を砕く人たちにとって、読み逃せない一書である。
(豪州ラトローブ大学・名誉教授、社会学)
*東京新聞書評『アジアと共に「もうひとつの日本」へ』(8月14日)米国に偏らぬ世界認識を 評・古関彰一(独協大名誉教授)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/124216?rct=book
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